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名称ミートソース
内容量ミートソース 缶入り 290g 7号×12入り
原材料野菜(たまねぎ、にんじん)、食肉(牛肉、豚肉)、トマトペースト、砂糖、食塩、大豆油、ウスターソース、香辛料、増粘剤(加工でん粉)、調味料(アミノ酸等)、着色料(パプリカ色素、カラメル)、乳化剤、香辛料抽出物、(原材料の一部にりんごを含む)
消費期限36ヶ月
賞味期限缶底に記載
保存方法常温
販売者はごろもフーズ株式会社
静岡県静岡市清水区島崎町151番地
事業者株式会社 静岡伊勢丹
配送方法常温配送
備考※画像はイメージです。


・ふるさと納税よくある質問
・寄附申込みのキャンセル、返礼品の変更・返品はできません。あらかじめご了承ください。

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「橋野川、閉伊川に沿っても、家の娘が淵の主の妻になったという話は二、三に止まらない。有名なのは茂市村腹帯のハラタイ淵の主で、すでに三つの家がこの淵の代々の主と婚姻を結んだと伝えている。(2)

 

 

 

『シュメールの天皇家』 陰陽歴史論より

 鷲見紹陽 明窓出版    2010/1

 

 

 

<高天原はスバルである>

太古、神人はスバル、北極星、オリオンからやってきた

・本書の「陰陽歴史論」とは、高天原の昴(スバル)系の氏族とアースガルトやアガルタの地底系氏族という“陰と陽”の二系統の血脈の関わり、抗争の中で歴史は動いてきたのであり、それが歴史の真相であったことからつけたものである。

 

・さらにこの“陰陽”の二系列は地底信仰の氏族のシャンバラ(セム)系とアガルタ(ハム、ヤペテ)系の二つにも見られ、後者はさらに親高天原と反高天原に分かれた。

 

<スバル、北極星、オリオンの三位一体>

・これまでわが国の天皇家の天之御中主神(あめのみなかぬし)やキリスト教の“天の父なる神”がスバル(プレアデス)信仰にあたり、セム系氏族が北極星、北斗七星信仰、ハム系氏族がオリオン、シリウス信仰であることを明らかにしてきた。

 

なおヤペテ系氏族はスバルと同じ牡牛座のアルデバラン(ヒアデス星団の赤星)信仰と考えられる。

 

・この地底世界の実体は不明だが、一部にはプラズマ亜空間説が出されている。空間が歪曲して異空間へとつながっているという説明もあり地底世界というより、別次元の世界と考えられる。

 

・厳密にはアガルタとシャンバラを区別しなければならないようである。つまり、ヤペテ系やハム系の神域がアガルタで、シャンバラは、セム系の神域ということである

 

・藤原氏の北極星、北斗七星信仰はシャンバラ信仰、物部氏のオリオン信仰はアガルタ信仰となる。

 

・このヤペテ、ハム対セムの対立は天界で天の父なる神に反抗した堕天使に対してヤハウェ(またはミカエル)が天使の三分の二を率いて天の父なる神の側につき、堕天使とそれに従った三分の一の天使を地底世界に落とした事に遡る。セム系対ハム系、ヤペテ系の対立で、後者がヤハウェ側と天使側の半分ずつに分かれたことで、三分の二対三分の一となる。

 

・セム系民族はエンキの北極星、北斗七星信仰、ハム系民族はエンリルのオリオン信仰であった。

 

・我が国の神社の大半がスサノオやニギハヤヒ、つまりバールやミトラを祭祀し、その系列神を祭神とした物部氏の神社で、オリオン信仰であり、ハム系の神々を祀ったものであった。

 

・イザナギの黄泉の国訪問譚はギリシア神話のオルペウスの話がモデルで、途中で約束を破って振り返って見たため永久に妻を失ったエピソードなど同一のものである。なお、イザナミのいた黄泉の国は地底世界でアガルタ(シャンバラ)である。

 

・大伴氏と物部氏は天皇家をはさんで、セム系とハム系の陰陽の関係にあり、東日本を大伴氏、西日本を物部氏が支配したが、本来は対立関係にあった。

 

・ハムもセムもノアの子としてアースガルト、アガルタ、シャンバラという地底に起源をもつが、北欧神話などを読むとセム系とハム系の住む領域も異なり(シャンバラはセム系の世界)、元々は対立していたのが、セム系がハム系に服属して和解したことになっている。

 

・シャンバラとアースガルト(アガルタ)は対立関係にあった。セム系は北極星、北斗七星信仰で、ハム系はオリオン、シリウス信仰で別系統のものが系図で兄弟とされている。

 

・セム系は“文”の性格が強く、ハム系、ヤペテ系は“武”の血脈である。ハム系の中でもカナン人は、ノアによって呪われ、“カナンの呪い”という言葉が残っているが、聖書の中でもキリストが忌々しきものマムシの末裔として避難している。

 

・この我が国におけるセム系とハム系、高御産巣日神系(たかみむすび)と神高巣日神系(かみむすび)が、天皇家を間において対立・抗争してきたのが日本の歴史で、しかもそれは国民の一割前後の民族の抗争であったとするのが本書である。

 

<天孫降臨の地は飛騨である>

・スワティカ(卍)は、もともと宇宙エネルギー発動の神聖な表現である。

 

・北欧神話のアースガルトがインド神話のアガルタという地底世界への信仰を有するトゥーレ協会という一種の秘密結社で、ヒトラー自身が、その地底世界を求め探検隊をチベットに送ったり、そこで知りえたものと思われる。

 

・ナチスとアガルタの結びつきについては多くの人が論じている。有名なスウィフトの『ガリバー旅行記』もケルトによる地下世界探検譚を集めて書かれたものである。

 

 

 

『失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎』

三神たける 飛鳥昭雄  学研   2011/5/11

 

 

 

インディアンは失われたイスラエル10支族だった

・もし仮にユト・アステカ語のルーツが古代ヘブライ語にあるとすれば、当然ながら、インディアンやインディオたちのルーツがヘブライ人、すなわち、古代イスラエル人であった可能性が出てくる。よく誤解されるが、ユダヤ人を含めイスラエル人はもともと民族的に白人ではない。セム系の民族である。アラブ人を含め、アジアのモンゴロイドと同じ人種なのである。

 

・イスラエルの全大学の監督官であり、教育文化省の長官であったアビグドール・シャハンによると、南北アメリカ大陸に失われたイスラエル10支族がやってきていたことはほぼ間違いなく、アステカやマヤなどのピラミッド型神殿は、もともと古代イスラエルの神殿とまったく同じものであると主張する。

 

<縄文・弥生人はイスラエル人だった>

・南北アメリカ大陸のインディアンやインディオは古代イスラエル人の血を引く。だとすれば、だ。当然ながら、同じ環太平洋文化圏に属し、遺伝子的に同じ人種であるアイヌや琉球民族もまた、古代イスラエル人の末裔である。縄文人と弥生人はその文化からは想像もつかないが、実は契約の民だったのである。

 

 イスラエル人がいるとことには、必ず預言者がいる。霊能者や巫女、シャーマンと呼ばれる人々のなかには、絶対神ヤハウェの言葉を預かる者がいるのだ。縄文文化圏と弥生文化圏と、ふたつに分かれてはいるものの、そこには預言者がいたはずだ。

 

・縄文文化を今に受け継ぐアイヌの奥の院には、女性のシャーマンだけから成る秘密組織がある。同様に、弥生文化を継承する沖縄の琉球民族にはユタやノロ、そしてカミンチュがおり、かつて聞得大君という女性の祭祀王がいた。おそらく邪馬台国の卑弥呼もまたそうしたシャーマンであり、預言者だったに違いない。

 

<ユダヤ人徐福の渡来と籠神社>

・日本列島が縄文文化と弥生文化を育んでいた紀元前3世紀、中国大陸から渡来人がやって来る、なかでも大量の民を引き連れてやってきたのがほかでもない、ユダヤ人徐福である。徐福は、同じくユダヤ人の血を引く童男童女と技術者を率いて日本列島へと集団渡来してきた彼らはアケメネス朝ペルシアから東漸し、秦帝国へとやってきた亡命ユダヤ人たちの子孫である。

 

<卑弥呼はユダヤ人預言者だった>

・籠神社が所蔵する国宝「海部氏勘注系図」には天火明命の子、天香語山命を初代として、第8代目の丹波国造に日本得魂命なる人がおり、その娘の名が「日女命」と記されている。日女命はヒメ命、もしくはヒルメ命と読むことができるように、太陽神に仕える巫女を意味する。これは太陽神の巫女=日巫女、つまり卑弥呼のことなのである。

 

<イエス・キリストの降臨>

・皇室はもちろん、漢波羅秘密組織の八咫烏たちが秘かに伝える驚愕の事実。それは、イエス・キリストの出現である。実に驚くことだが、復活して天に昇っていったはずのイエス・キリストが4世紀の日本に降臨したのである。

 

<ふたつの鴨族>

・ユダヤ人原始キリスト教徒である秦氏はイスラエル12支族のなかでも主にユダ族とベニヤミン族から構成されているが、なかには祭司レビ人もいる。彼らレビ系秦氏の中核が賀茂氏である。神道祭祀を一手に握る賀茂氏は「鴨族」とも呼ばれ、全国の神社を支配している。なかでも、京都の下鴨神社と上賀茂神社の鴨族は事実上、神道の元締めといっても過言ではない。

 

<大酒神社の祭神ダビデと物部氏>

・物部神道がユダヤ教であるならば、先の「アブラハム、イサク、ヤコブの神」という表現を踏襲できるだろう。あえていうならば、「ダビデ、物部守屋の神」だ。この場合、物部守屋を崇拝する物部氏たちにはダビデの子孫が含まれていたことを示唆する。徐福に率いられて物部氏になった東ユダヤ人は、南朝ユダ王国の民であった。これはユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏も、まったく状況は同じである。

 

<秦氏を名のった物部氏>

・物部氏=海部氏は物部神道=ユダヤ教から秦神道=原始キリスト教に改宗することによって、ユダヤ人原始キリスト教徒=秦氏となった。もともと血統的にも同じ民族であった物部氏=海部氏と秦氏は、この時点で本質的な区別はなくなってしまった。

 

実は、これこそ徐福伝説につきまとう秦氏の影の正体なのだ。

 

お内裏様=スサノオ命はヤハウェ

・雛祭りにおけるお内裏様はスサノオ命を意味している。スサノオ命は出雲神であり、物部氏の神である。古代出雲王朝は投馬国の領地であり、それを支配した海部氏は物部氏と同族であると同時に、隣の石見には宇摩志麻治命を祀る物部神社もある。

 

籠(この)神社の極秘伝「多次元同時存在の法則」を持ちだすまでもなく、唯一神を祀る物部神道からすればスサノオ命は絶対神である。元初の神だ。物部氏=ユダヤ人ユダヤ教という観点からすればスサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない。

 

スサノオ命は「素戔嗚尊」と表現されるように、荒ぶる神であるといっていいだろう。一方、『旧約聖書』における絶対神ヤハウェは、まさに荒ぶる神である。天変地異を引き起こす嵐の神だ。絶対神ヤハウェが龍神リヴァアサン(レビアタン)を退治するエピソードがあるが、これはスサノオ命のヤマタノオロチ退治そのものであるといっていいいだろう。

 

・また、スサノオ命は出雲神の代表格である。出雲とは雲が出ると書くが、雲を出すとも読める。実際、スサノオ命が詠んだ日本最古の和歌「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」に端的に示されるように、八雲や出雲など、雲そのものがスサノオ命の代名詞ともなっている。

 

・対する絶対神ヤハウェはイスラエル人の前に姿を現すときは、必ず、雲を伴った。大預言者モーセの前に現れたときも燃える紫、シナイ山のイスラエル人を導くときは雲の柱となり、さらに契約の聖櫃アークを収めた幕屋でも、顕現するときは必ず雲が部屋を覆い尽くした。いわば絶対神ヤハウェは雲を出す出雲神と表現できるのだ。

 ユダヤ人ユダヤ教徒であった物部氏は自らが奉じる絶対神ヤハウェを『旧約聖書』に記された故事にならって出雲神、なかでも荒ぶる神として位置づけられたスサノオ命と呼んだのである。

 

お雛様=天照大神はイエス・キリスト

・一方、お雛様の天照大神はイエス・キリストを意味している。天照大神は太陽神であり、天孫族の神、すなわち天津神だ。国津神に対する天津神を祀るのは神武天皇=応神天皇、つまり秦氏である。ユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏が祀る天照大神は、いうまでもなくイエス・キリストにほかならない。

 

・天照大神がイエス・キリストであることは記紀神話の中にしっかりと記されている。天照大神を天照大神たらしめている「天岩戸開き神話」が、それだ。天照大神は弟であるスサノオ命の乱暴狼藉によって体を傷つけられたことがきっかけで天岩屋に籠もる。このとき『古事記』では天服織女、『日本書紀』では稚日女尊が死亡している。いずれも天照大神の分身とされることから、神話的に死んだのは天照大神自身であると解釈できる。事実「隠れる」という表現は天皇陛下をはじめ高貴な人が亡くなったときに使う表現である。

 かくて死んだ天照大神は天岩屋に籠ったのではなく、実際は横穴式墳墓に葬られたことになる。入り口には大きな岩が扉として置かれたという。

 

・さて、天照大神が天岩屋に籠もったことで天地が暗くなり、困りはてた神々は天岩戸の前に大きな榊を立て、そこに八咫鏡をかけた。天鈿女命は裸踊りをし、そばで常世の長鳴鶏が夜明けを告げる。

 

 あまりの騒々しさに、天岩屋に籠もっていた天照大神が不振に思って天岩戸を少しだけ開けたところへ、天鈿女命が八咫鏡を差しだし、そこに映った姿を指して別の尊い神がいると述べた。これに天照大神が驚いた隙に天手力雄神が天岩戸をこじ開けて引きずりだし、天児屋根命が注連縄を張って二度と入れないようにした。こうして再び世界に光が戻ったというのが天岩戸開き神話のストーリーだ。

 

・これはカッバーラの手法で描かれたイエス・キリストの十字架刑と死、そして復活のことなのだ。八咫鏡に映った段階で、天照大神は鏡像反転して男神となり、それが榊にかけられていた。榊とは神の木であり、「生命の樹」のこと。原始キリスト教における最大の「生命の樹」は十字架にほかならない。十字架は木製であり、そこに磔になったイエス・キリストを表現したのが八咫鏡なのだ。天孫ニニギ命に託宣したように、八咫鏡は天照大神の分身であり、榊にかかった状態は、まさに十字架刑を象徴していたのだ。

 

・さらに裸踊りをし、八咫鏡を差しだした天鈿女命は、娼婦とも呼ばれ、最初に復活したイエス・キリストに会ったマグダラのマリア。常世の長鳴鶏とは使徒ペトロがイエスを知らないと嘘を口にしたときに鳴いた鶏のこと。そして、天岩戸開きに関わった天手力雄神と天児屋根命は、イエス・キリストが復活したときに現れたふたりの天使を意味しているのである。

 

・カッバーラにおいて、イエス・キリストは御子なる神であると同時に絶対神ヤハウェである。ヤハウェが受肉した姿がイエス・キリストなのだ。霊のみで肉体を持たない陰なる存在としての御子がヤハウェであり、肉体を持った陽なる存在としての御子がイエス・キリストなのである。

 

・雛祭りでは、お内裏様とお雛様の祝言が行われ、ふたりは結婚してひとつになる。男神と女神が結ばれてひとつになるとは、神話的に同一神であることを象徴する。スサノオ命と天照大神、すなわち、ヤハウェとイエス・キリストが同一神であることを示しているのである。

 

 

 

『宇宙からの黙示録』 

 (渡辺大起) (徳間書店)  (1982年)

オイカイワタチとは何か

 

 

 

<オイカイワタチとは何か>

オイカイワタチとは宇宙語で、ワンダラーの中のある役目を担った人たちの集まりのことを意味する。AZを総帥者とするワンダラーは、神様の命を受け、神様の手足となることを一人一人が心に誓って、進化の大周期の来た遊星(今回は地球)をより良く高く変化させ神の国とするために、その遊星人に生まれ変わっていることは、先に述べた。

 

<宇宙の奉仕者ワンダラー>

 ・宇宙には遊星から遊星へ、太陽系から太陽系へと渡り歩き、そこで果たすべき役目を神様から授かっている宇宙人の集団がある。彼らは、宇宙の“煙突掃除夫”“清掃人夫”である。宇宙の中の一大進化の大周期迎える遊星、言い換えれば塵捨てのように堕落した遊星、“世の終わり”を迎えようとしている遊星におもむき、その遊星とそこに住む同胞に援助の手を差し伸べることが彼ら“清掃人夫”の使命である。このように、神様から、直接使命を頂いて遊星から遊星へ、宇宙から宇宙へと生き続けるので“ワンダラー(さまよう人、放浪者)”といわれるようになった。宇宙のワンダラーは宇宙船に乗って地球にやって来たのではない。彼らは、地球に生まれ変わったのである。ワンダラーの中には、地球人の肉体を着けないで宇宙人の姿のままで働く者もいる。

 

 

 

『河童の文化誌』 平成編

和田寛  岩田書院  2012/2

 

 

 

<平成8年(1996年)>

<河童の同類とされている座敷童子(ざしきわらし)>

・ザシキワラシ(座敷童子)については柳田國男の『遠野物語』によって知られていたところである。

 

<アメリカのニューメキシコ州の異星人の死体>

・回収された異星人の姿は人間によく似ているが、明らかに地球人ではない。身長1.4メートル、体重18キロ前後、人間の子供のようだが、頭部が非常に大きい。手足は細長く、全体的に華奢。指は4本で親指がなく、水掻きを持っている。目は大きく、少しつり上がっている。耳はあるが、耳たぶがなく、口と鼻は小さくて、ほとんど目立たない。皮膚の色がグレイ(灰色)であるところから、UFO研究家は、この異星人を「グレイ」と呼ぶ。

 

・異星人グレイと河童を並べてみると、素人目にも、そこには多くの共通点を見出すことができるだろう。

 まず、その身長、どちらも1メートル前後、人間のような格好をしているが、頭部だけがアンバランスなほど大きい。

 大きな目に、耳たぶのない耳、そして、小さな鼻穴と、オリジナルの河童の顔は、そのままグレイの顔である。

 最も注目したいのは、その手である。

先述したようにグレイは河童と同じ鋭い爪、水掻きがある。おまけに指の数が、どちらも4本なのだ!。

 また、グレイの皮膚の色は、一般にグレイだが、ときには緑色をしているという報告もある。

 河童の色は、やはり緑が主体。ただ両生類ゆえに皮膚はアマガエルのように保護色に変化することは十分考えられる。

・これらが、意味することは、ひとつ。アメリカ軍は、組織的にUFO事件を演出している。

 捕獲した河童を異星人として演出しているのだ。

 

 

 

『口語訳  遠野物語』

柳田國男  河出書房出版社   19927

『遠野物語』は、1916(明治43)年に出版された日本民俗学の誕生を告げる記念碑的な本。

 

 

 

<魂の行方>

・土淵村の助役 北川清という人の家は、字火石(あざひいし)にあります。代々山伏で祖父は正福院といい、学者で著作も多く、村のために尽したんです。

 

・その清の弟で福二という人は、海岸の田の浜へ、聟に行きましたが、先年(明治29年)の大津波にあい、妻と子どもを失いました。その後は、生き残った二人の子供とともに、元の屋敷あとに小屋を作り、一年ばかりそこにおりました。

 

・それは夏の初め、月夜の晩のことでした。福二は、便所に起きましたが、便所は遠く離れたところにあり、そこまで行く道は、波の打ち寄せるなぎさです。

 

・霧の一面に広がる夜でしたが、その霧の中から男女の二人連れが近づいて来ました。見ると女は、たしかに亡くなった自分の妻です。福二は思わず、その跡をつけて、はるばる船越村へ行く岬の、洞穴のあたりまで追いました。

 

そこで妻の名を呼びますと、女は、ふり返ってにこっと笑いました。男のほうを見ますと、これも同じ里の者で、津波の難にあって死んだ人です。なんでも自分が聟に入る前、互いに深く心を通わせていたと聞いていた男です。

 

・「いまは、この人と夫婦になっています」と、女が言うものですから、「子どもはかわいくないのか」と言いますと、女は、少し顔色を変え、泣きだしてしまいました。

 

・死んだ人と話をしているようには思えず、現実のようで悲しく、情なくなりました。うなだれて足元に目を落としているうちに、その男女は再び足早にそこから立ちのき、小浦へ行く道の山陰をめぐって、見えなくなってしまいました。

 

・少し追いかけてもみましたが(相手は死んだ人なのに)と気づいてやめました。それでも、夜明けまで、道に立っていろいろと考え、朝になってからやっと小屋に帰りました。福二はその後もしばらくの間、悩み苦しんだということです。

 

(明治29年の大津波(明治三陸地震))

・明治29615日(旧暦55日)夜8時ごろ、岩手県を中心とする三陸沿岸を襲った大津波のことです。波高は、38.2メートルを記録し、溺死者は22千人といわれ、最大級の津波でした。とくに、大槌町では、日清戦争の凱旋記念花火大会が行われていて、一瞬のうちに全滅という惨状だったといいます。

 

 

 

『よくわかる宇宙の神秘とUFOの謎』 

 (清家新一)  (日本文芸社)  1993/9

(清家博士が教える宇宙の仕組みと未確認飛行物体の真相)

 

 

 

<昭和32年の大学の学生のころからウラニデスとの宇宙人とのコンタクトがあった>

・私のもとへ届く通信によると、地球上に飛来するUFOはやはりプレアデス星団からのものが多い。彼らの科学技術は大変、高度であり、動植物や人間などクローン(複製品)を短時間でつくることができるらしい。彼らは、地球人の我々が認識している以上に、地球や地球人類に対する情報データを数多く収集している。なかには地球人そっくりに変身して、人類に紛れて生活をしている宇宙人もいるらしいのだ。

 

・また別の手紙も届いている。スペースマンより、ドクター清家へ!プレアデス星人よりー私達の星団には、人類が拠点としている三つの星があります。エラ星、フリートス星(大変明るい気分に満ちた惑星との接触)、カーネス星であります。

私達の多くはフリートス星で、カーネス星には、他の星から来た友人たちが住んでいます。リラやベファ、そのほかの多くの友人たちが行き来しています。

 

 

 

『柳田國男とヨーロッパ』    口承文芸の東西  

高木昌史   三交社    2006/4

 

 

 

<伝説><イギリス>

イギリス、特にケルト文化圏の民間伝承を、他のヨーロッパの国々と比べて場合、際立つ特徴のひとつは、妖精やエルフが登場する伝説や民話の豊かさにあるといえるFairy taleという言葉自体、妖精譚に限らず、おとぎ話や昔話など全体を意味し、イギリスの民俗的想像力において妖精という存在がもつ重要さがうかがわれる。

 19世紀以降に行われた民話や伝説の蒐集と研究においても、特に妖精やエルフなど超自然の存在に関する伝承に焦点をあてたものが多い。

 

・そしてイギリスの民間伝承には、2種類の妖精が登場するという。一つは、田園のエルフで、森や野原、丘や洞穴に棲む。村はずれの塚や丘の横腹に入口があって、そこから妖精の世界に入ることができる。もうひとつが、家の精で、人間の生活に仲間入りし、ミルクやクリームを好み、台所の仕事を手伝ってくれたりする。ホブゴブリン、ロビン・グッドフェローなどと呼ばれて親しまれ、陽気で、いたずら好きな性格である。

 

 妖精は人の姿をして、とても小さく、緑色の服をきて赤い帽子をかぶり、森や野原に姿を現す。ダンスを好み、月光の中で輪になって踊るため、翌朝には、草の上にフェアリー・リングという円形の跡が残る。

 

・妖精は時に人間のこどもを盗んで、偽せ者を替わりに置いていく。また、妖精のお産のところに人間の産婆がつれていかれることもよくあり、お産を手伝ったり、妖精の赤ん坊に乳を与え育てると、御礼に宝物をもらったり、まぶたに不思議な薬をぬられて妖精の世界が見えるようになったりする。

 

・柳田は「北部歐羅巴に今なお活動して居るフェアリーの如き、その発祥地である所のケルト民族の特性をよく代表して居る。フェアリーの快活で悪戯好でしかも人懐こいような気風は慥にセルチックである。フェアリーは世界のおばけ中正に異色である」

 

・柳田の書き込みは、「妖精と出産と人間の産婆」、「取換え子」の章にもっとも多くみられる。人間が妖精の国に行ったときには与えられたものを口にしてはいけないこと、妖精の中に見覚えのある顔があったりするため、人々の想像力のなかで死者の国と妖精の国がつながっていたという箇所に下線を引いた。

 

・「取換え子」の話は、妖精が人間の赤子を欲しがって盗み、代わりに年老いた妖精を子供にみせかけて置いていくという広く流布している話だが、柳田は、「生まれたばかりの赤子と神秘の世界との間には特別のつながり」があるとされていた、というところに下線を引いている。

 新生児は超自然の力に対して無防備で特に狙われやすく、子どもを守るために、妊婦の部屋に火を絶やさず、産後は三日三晩ランプを灯し続ける習慣があった、というところにも下線を引き、横に「ウヴ屋の火」と書き込んでいる。

 

・鉄への関心は、例えば、妖精の輪の中に引き込まれて踊り続け、1年後に出てきた男が、1日しかたっていないと思い込んでいたというウェールズ地方の伝説のくだりで、輪の中から若者を引きずり出す時に何か鉄のもので若者の体に触れると若者の命が助かる、というところのironの語にだけ柳田が下線を引いていることでもわかる。

 

・また「取換え子」の話も、妖精が種族の活力を強化するために人間の血を必要とするためだといわれている。

 

・柳田の関心のありかは、妖精の世界と死者の世界の重なりや、赤子と異世界との神秘的なつながり、産婆の妖精界訪問譚に注目していることなどから察するに、むしろ、妖精を媒介とした異界との往還にあったのではないかと思われる。人間の赤ん坊を妖精が盗んで取替え、また妖精の赤ん坊の出産を人間の産婆が手伝うという事は、出産と誕生が、妖精の世界とつながる契機となることを意味し、逆に鉄や塩は、そうした異世界への道を断ち切る手立てとなるのである。

 

<目に見える人間世界と地下の内なる未知の世界の接触交流>

・柳田は異類婚姻譚に関心を示した。リースの本への書き込みで、特に興味深いのは、そうした妖精妻の子孫が村のどこそこに今もまだいる、伝説が真実であることの証拠であるという記述があると、必ず下線を引き、欄外に「子孫あり」、「子孫名家」、「子孫繁栄」などと書き込んでいることである。妖精の子孫であることを誇る人々がここにいる、と柳田が感じ入りながら頁を繰っていった様子を彷彿させる。そして、こうした書き込みも、異界とのつながりの継承性が、柳田にとって重要だったことを示すとみてよいだろう。

 

・柳田が読んだイギリス、特にケルトの民話伝説にみられる妖精の世界は、超自然の異世界でありながら、人間の世界の近くにあり、密な関わりをもつ。行き来があり、人間の生活に加わってくる。

 

・異世界と人間をつなぐものとして妖精伝説に柳田は関心を持ったものではないか。そして、妖精の子孫を名乗る家が今なお健在であるという記述に注目する点に、柳田の面目躍如たるものがあるように思われる。それは『遠野物語』の序文で、山女、妖怪、怪異、霊など異世界との遭遇の物語がすべて今現在の事実の話であると主張したときから変わらない柳田の民間伝承観の一面をあらわすといっていいのではないだろうか。

 

 

 

『最新! 秘密結社の謎』

 世界の裏側で暗躍する組織の実態を暴く

知的発見探検隊    イーストプレス   2011715

 

 

 

 エコロジーを実践しカッパとの共生をはかる「下総カッパ団」

・下総カッパ団は、1724(享保9)年、下総国印旛村の豪農、安田伝兵衛によって設立された人間とカッパの親睦団体だ。大の相撲好きだった伝兵衛が印旛沼で出会ったカッパのシンサクと偶然相撲をとって勝ったことで、意気投合。カッパと人間の共生を目的として旗揚げされた。設立当初は、うなぎ釣りや川相撲、水泳などの各種の催事を開き会員数は増え続け、最盛期には300名もの会員数を誇ったという。

 

ナチスを生みだした秘密結社トゥーレ協会

・ナチスは1926年から1942年まで毎年、チベットや中央アジアに遠征隊や調査団を派遣しました。何を探し求めていたのかといえば、アガルタです。

アガルタとはフランスのオカルティスト、J・A・サン=ティーヴ・ダルヴェードルが詳しく紹介した一種の桃源郷です。

 彼はその死後の、1910年に出版された『インドの使命』という著書で、世界の中心に当たるアジアの地下深くに不可視の王国があると述べています。

 

 <グレート・ホワイト・ブラザーフッド>

 神智学協会やゴールデン・ドーンを生んだ謎の集団

 多くのオカルト結社に影響を与えた存在

・ブラヴァツキー夫人が神智学協会を創立する際、多大な影響を受けたとされているのが、ヒマラヤで出会ったグレート・ホワイト・ブラザーフッドだ。

 

未知の上位者との交信で真理に近づく

・グレート・ホワイト・ブラザーフッドは、太古の昔より天界や宇宙の超存在と交信し、授かった智恵で人類を導き続けてきたという。

 

・交信できるのは、マスター(導師)と呼ばれる一部の者だけで、そうそうたる人々の名が連ねられている。超存在が何者であるかは不明だが、その導きに従えば、人間の内に秘められた真理に近づけるとされる。

 

・こうした神秘性を高める構造は、オカルト系秘密結社でよく見られる「未知の上位者」のシステムと呼ばれる。

 

・オカルト要素に満ちたグレート・ホワイト・ブラザーフッドは、未知の上位者からの情報を伝えることで、そのカリスマ性を維持していた。

 

 <地球外生命体の正体>

 地球を揺るがす秘密をNASAと秘密結社が隠蔽

 <エリア51には宇宙人がいっぱい!?

・地球には既に知的な宇宙人が到来しているという説がある。そして、宇宙人とアメリカ合衆国とNASA既に接触しているというのだ。

 

・また、ネバダ州にあるアメリカ空軍の実験施設エリア51周辺ではUFOらしき未確認飛行物体が何度も目撃されている。

 

・そして、エリア51には極秘裏にロズウェル事件の残骸が運び込まれ、地球外生命体から得た技術でUFO研究が行われ、リトル・グレイと呼ばれている宇宙人が存在しているなど、様々な憶測が飛び交っている。

 

 <信じられている噂>

 <地球外生命体を隠し続けるNASA

・NASAは実は地球外生命体と既に接触しているという噂が後を絶たない。

 NASA中枢には根強い秘密隠蔽派が存在し、秘密結社と結びついて、これまでの発見や地球外生命体に関する情報を隠し続けているというのだ。

 

 

 

5次元世界はこうなる』

(ゲリー・ボーネル/高橋克彦)(徳間書店)2007/11/9


 
アカシック地球リーディング
・神道というのは、実は「ホワイト・ブラザーフッド」から分かれてきているんです。「ホワイト・ブラザーフッド」は悪いことは何もない。ずっと長い間人類に恩恵を与え続けてきて、確かにヒトラーは悪用した。情報を間違って使った。だけど、薔薇十字団、フリーメーソン、テンプル騎士団全部そこから出てきた。悪い子達がいたかもしれないけれど、こういう組織そのものは決して悪いものではありえません。

・人類の意識というのもスピリットを持っています。神のスピリットがあります。「ホワイト・ブラザーフッド」はスピリットに関する知恵をずっと守り続けているグループなのです。全ての知恵を集め、そして保存しようとするのが目的のグループ。

・さて、地球上に生死を繰り返していないもう一つの輪廻の輪から離れている存在のグループがあります。彼らは、地球と人間と神々のスピリットの知恵を守るという使命を渡されている。そのグループというのが「ホワイト・ブラザーフッド」なんです。

・これらの存在たちというのは、もう輪廻の輪から離れているんだけれども、まだ人類意識なんですね。人間の意識の守護神なんです。だから、この存在たちが神道に霊感を与えて、神道の中に全てのインフォメーションのピースが入っている。また、仏教、キリスト教にも、イスラム教にも霊感を与えて、それぞれ一つがこの全体のピースを持っているんです。

・最後に世界的な一つの理解が得られるまで、一つのグループがほかのグループをしないようにわざわざとグループごとにばらばらにしたのです。

テレポーテーションができる異星人の存在が理解できない
・日本では「ホワイト・ブラザーフッド」とは、秘密結社の一部という認識で、そういうふうに思っている人もたくさんいるんだけれど、本来の形というのは「菩薩」と呼ばれるような人たちの存在、そのために、「菩薩」は自分たちがそういう存在だということを明らかにしないんです。だから、秘密のままです。

・なぜ明らかにしないかというと、信じないからです。例えば、「時」という概念は、知性が生み出したものにしかすぎないということを理解するのも大変なのに、この人はテレポーテーションができるとか、そういうことを到底人は信じられないでしょう。

・ノストラダムスも『ホワイト・ブラザーフッド』のメンバーだった。聖ジャーメン(サンジェルマン伯爵、フランス革命前のパリの社交界に姿を現した予言者、魔術師、薔薇十字会の流れを持つといわれている)、J・L・ベーコン、シェイクスピア、レオナルド・ダ・ヴィンチとかレンブラントとか、アインシュタインも「ホワイト・ブラザーフッド」だった。このメンバーのグループが、地球と人間と神々のスピリットを保存している。


 

『「宇宙人と地球」の超真相!』 

 工学博士 深野一幸  (徳間書店)   1997/10

 

 

 

 オスカー・マゴッチの「深宇宙探訪記」の分析(宇宙の霊的存在)

・「宇宙の霊的存在」 肉体を持たない様々な意識体(霊的生命体)を、マゴッチの情報で分類してみると。

 

 1、 ガーディアン(守護神)―昔、人間であったが、霊的に進化し、霊的存在となった。人間世界の指導をしている。

 

 2、 アセンディド・マスター(高級教師)ガーディアンより、さらに進化した霊的存在の生命体。7人存在し、7色の虹のように輝いている。第7密度であり。7次元にいる。

 

 3、 創造主(偉大な潜在界)さらに上位には、金白色のとてつもなく大きな光で全てを包含する存在がある。グレート・マニフェスト(偉大な潜在界)と呼ばれている。神・宇宙意識などとも呼ばれる。

 

 4、 コズミック・トラベラー(宇宙の旅人)-ガーディアン委員会の下で、ガーディアン委員会の特命事項を遂行する宇宙人。ガーディアン委員会の代理人であり、実行部隊の隊長である。5次元(第5等級)に存在する。肉体を持った人間になったり、目に見えない透明な人間になったりすることができる。宇宙人のクェンチンは、コズミック・トラベラーの一人である。

 

・その下に肉体を持ち進化した宇宙人(人間)がいる。肉体を持つが、地球人の目には見えない。3次元及び4次元に住む。地球人は、波動が低い3次元世界に住む。霊的に向上すると波動が上がり、レベルが上がる仕組みになっている。

 

  

 

『銀河のスクロール』

 (星乃遊子)(太陽出版)     1999/1

 

 

 

日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、天使の存在だった

 <現代人はテレパシー能力を失ってしまった>

 シリウス人の贈り物  「シリウスの幾何学模様のネット」>

・地球の次元上昇に積極的に係わる決定をした宇宙の存在たちは、縄文時代に肉体を持ち、日本に居住していました。日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部や岩手県全域に渡り活躍していました。

 

・非常に博学で穏やかなシリウス人は、縄文人に文明の手ほどきをし、精神性を高める導きをしました。そして、東北の地で統合を目指す人種の交配に携わり、その種を縄文人に植え付け、『統合を目指すアジア人種』を作り出し、幾世紀にも渡って種を増やし、人間のグリッドとして存在し続けるように計画したのです。この混合種を生み出す遺伝子操作の知恵を与えてくれたのは、外宇宙(私たちの住む銀河の外)の創造の役割を担う大マゼラン銀河の存在でした。

 

・現在も東北地方一帯は、大切な役割をする地場としてボルテックスやグリッドが設定され健在であり、崇高なエネルギーを感じとれる場として静かに控えています。シリウス人の居住範囲は、北海道、東北、信越、関東、中部、西から南は瀬戸内周辺全域に広がりましたが、日本海側の新潟、北陸、鳥取、島根までは、グリッドの設定も限られており、居住という形はとっておりません。

 

 シリウスの黄金のネット>

・「宇宙の中心太陽とシリウス、プレアデスのエネルギーが点火され、さらにマヤ、天王星のエネルギーが添加、黄金色に光り輝くエネルギーグリッドが完成しました」。

 「惑星ニビルと木星、土星の生命体は、宗教で地球人を簡単に洗脳できることを見抜き、『示し申したもの=神』となりました。ニビルや木星、土星の選民になりたがった者に権力支配の力を与えたのです。そこで、高次元の存在をはじめシリウスの存在は、三次元の地球上の生命体全てが四次元以上の彼らと同様に、魂の自由な選択ができ、多次元宇宙とテレパシーで交流ができるようにするため、太古の昔から今にいたるまで、努力をしているのです」。

 

 

 

「新しい時代への啓示」マシュー・ブック2

スザンヌ・ワード    ナチュラル・スピリット 2009/12/3

 

 

 

<高次元の高等知性体の存在>

<メンタ>

・私たちは、十億ほどの集合魂(グループ・ソウル)からなる巨大でパワフルな力の場(エネルギー・フィールド)です。私達が、肉体化するときは、リラ星座を超えたある銀河系のレトルノという惑星に住んでいます。

 

<プロテロ>

・私は、あなた達が天国と呼ぶ領域の住人だ。マシューがあなたに言ったように、その正しい名前はニルヴァーナだ。私は、前世のほとんどを地球で暮らしたが、全てではない。シリウスと呼ばれる宇宙領域での経験もある。そこでは人類の起源を持つ他の文化を知るようになった。

 

レプティリアン(爬虫類型ヒューマノイド)

・レプティリアンは宇宙人達や超人間とは違って、地位や身分などはどうでもよく、戦闘力を大事にする。彼らの考えでは軍隊や軍事技術に裏打ちされない権威はパワーがないとされる。

 

・彼らは、あなた達の想像を超えるほど知能が高い、彼らの脳は人類の脳よりもはるかに大きく、僕が見たところ、彼らはその能力をフルに使っている。

 

・僕が会ったのは、普通の成人の人間より背が低く細かった。けれど弱々しい感じはなかった。皮膚はグレーで、頭には髪の毛がないけれど体型は魅力的だ。目は黒で鋭い感じで、誰もその目を見て心を読むことはできない。女性の体格は男性よりもなめらかで丸みがあると言われる。

 

・それがここにいる彼らの姿だけれども、他の者たちもそうなのかは言えない。彼らの具現化能力は非常に高いので同様なレベルの能力がある他の文明人たちのように、どのような形の魂の住まいでも好きなように創造できる。もちろん、好きな時に姿を変えることができるんだ。

 

<小さなグレイ人>

・当初は、戦闘が目的ではなかったので、軍隊というのは正確ではありませんが、はい、数の上での大軍と言えます。地球の地底に広大な居住空間があることを、もし地球市民たちが知ったら信じられないでしょう。

同様に、もし地球人ではない存在がこの惑星にずっと住んでいることを知ったらびっくりするでしょう。

あなた達が“小さなグレイ人”と呼ぶこれらの存在たちは、地球人類よりも身長がかなり小さく、医学実験と複製の目的で拉致された人間達が描いたものにそっくりです。

 

・地球に閉じ込められたわけですから、拉致者たちはもう“地球外生命体”ではありません。彼らの宇宙船は地底に沈んでしまい、宇宙には戻れません。

 

<ラザラス>

・ラザラス;我々の宇宙船にはいくつかのタイプがある。快適な8人乗りの小型偵察船がある。あなたたちの付近にいる最大のものは、我々の母船で大きさは、ニューヨーク市ほどあり、その人口をすべて収容できる。

我々の小型宇宙船が着陸する地域は大まかに選ばれているが、まだ地点は特定されていない。

 

・最初の着陸は軍や他の政府軍による即時対応行動が予期される地域から離れた地球全体の辺鄙な地域に約100機の小型船が同時に着陸すると思う。着陸隊には、成人の男性と女性の両方がいるだろう。我々は、ほとんどのあなたたちより、背が高いが、それと我々のユニフォームを除けば、我々は、地球人と極めて同じように見える。

 

我々は、シリウス文明から始まった。集団で進化することを望んだが、メンバーの中に知的能力の低い者たちがいたために制限されてしまった

 

・我々のエネルギーが全体で肉体を持ったことはまったくないが、そのエネルギーの流れで具現化するものは、その姿と容貌があなたたちの白人種に似ている。

・その集中力のお陰で、我々の惑星軌道を安定化できて、我々の肉体を救うことが、出来た。その数は、50億人を超えたが、シリウス人全体のわずかなパーセンテージにすぎない。我々は、天使たちから我々のために直接吹き込まれた音楽を持ち続けている。その音楽は、我々のエネルギーの中核をなす最も本質的な部分だ。我々の故郷の一部はシリウス星にある。

我々は、兵士ではない。むしろもっと技術的な専門知識を持っている存在だ。

 

・あなた達が言う、“自然災害”の影響を抑える、または“ちらす”ことで、起こりうる広範囲な破壊を防いでいる。

 

・我々だけではない。宇宙旗艦船や母艦に集まった他の者たちがあなた達の時間で言う半世紀前からあなた達の空に現れている。

 

オリオンのプロメテウス

・プロメテウス;私たちは、これらの光の存在たちの仲間です。そして、あなた達人類の一部の祖先です。私たちは、オリオンという名の星座の中のある惑星系から来ています。私たちの社会には個人という存在はありません。でも私たちが、光に向かう道を絶えず求めて律動運動する内には完全な調和があります。私たちは、進化する中で肉体を必要としなくなりました。知的進化とスピリチュアルな啓示によって私たちは、集合魂のエッセンスと何十億の魂たちの心を表わす薄い層でできた形状に物質化できるようになりました。

 

ニルヴァーナは我々が天国と呼ぶ霊界の正式名称

ニルヴァーナと地球との間のテレパシー通信

1998年、マシューはニルヴァーナ100人評議会のメンバーになるか、高度に進化した文明人として転生するか、肉体を持つ文明社会の招待を受けて、彼らのスピリチュアルな領域のレベルを向上させる手伝いをするか、という選択が与えられた。彼は最後の道を選び、それ以来、この銀河系やそれ以外の宇宙をアストラル体、あるいは宇宙船で旅行している。彼が訪れる際は、その文明社会に相応しい体に肉体化する。

 

<イカルス>

・私たちが浄化と保護プロジェクトを知らされたのは、最近のことで、同じく地球/ガイア/テラ/シャンの救出に来ている多くの人達よりも遅れて、シリウス星近くの私たちの故郷のドンドーレからやって来ました。

 

・私たちは、想像したり真似しようと思えば、ちょうどあなた達のような姿になるように、どのような形にでも正確に肉体化することができます。

 

・私たちは、地球人の姿になってあなた達の中に存在している地球外生命体のグループの一部です。

 

 

 

「人類の黙示録」

 20122030年世界最終戦争のすべて

枡谷猛  文芸社  2006/1/1

 

 

 

<日本は世界の青写真>

ハルマゲドン、世界最終戦争の原点は、必ずこの日本に存在する。>

・しかし、人類史上、数千年にわたり演じられてきた人事のすべての中から「総数666の獣の如き人間たち」を見つけだすのは不可能に近い。

しかし、同じ「ハルマゲドン」の予言は、ペルシャ生まれのザラスウシュートラすなわち、「艮の金神」も、明治から昭和にかけて、日本の京都で行い、「大本神諭」、「日月の神示」と呼ばれている。

 

・彼をして高貴な神の使いと言わしめた「出口王仁三郎」、すなわち、月読尊系のスサノオ神人がかく述べている。

「日本は、世界のヒナ型である」「日本で起こったことは必ず世界で起きる」・・・と!!彼は「尊待ち」、すなわち神の声を聞き、神霊の姿を拝することが出来た神通力者であった。もちろん雨を降らすことなど簡単にやってのけている。その彼が断言するのだ!!「月読尊」の化身とも言えるスサノオ神を魂に持つ彼が断じるのだから、これこそハルマゲドンを暴くもう一つの鍵とも思える。

 

 

 

「裏金神―原爆をこの世に送り出した神」

西郷武士   文芸社  2001/2/1

 

 

 

鬼門信仰(艮{うしとら}の金神について)

・さて、ナオについたこの艮の金神とは果たしてどのような神なのか。金神とは陰陽道系の祟り神で、古来その方角をおかすと『七殺の祟り』を受けると恐れられ、艮(丑寅、東北、鬼門)と坤(ひつじさる)(未申、南西、裏鬼門)の方角は民衆の畏怖の対象でもあった。古くは家を建てる時、鬼門として艮の方角(東北)を嫌い、もしこの禁を犯して家の増改築などをすると、その家に、災厄を及ぼす祟り神として忌み嫌われてきた民間信仰的な神であった。

 

艮の金神を祭ることで災厄を免れ、祟り神から人に幸福をもたらす神へと変わった。>

・「次に成れる神の名は、国之常立神、次に豊雲野神。此の二柱の神も、亦、独神として成り坐して、身を隠したまいひき」

 

・これだけの記述で、初期に誕生した重要な神にもかかわらず、空白の多い神なのだ。

ところで、後にナオの娘婿となる出口王仁三郎は「この神は神界を統治していた大地のもとの神であり、律法を定め神々を従えていたが、余りにも厳しく律法を守るようにさせたため、部下の神々が騒ぎ出し、一番偉い天の神がこの事態をついに見かね、泣く泣くの思いで国常立命に隠遁を迫り、そのため妻神と共に地に落とされ、艮の金神と坤の金神となった」と説く。

 

・そして、この国常立命の隠遁劇の晩が、ナオが神がかった節分の晩の日に当たり、よろずの神々がこの日を記念し、煎り豆をまいたのが節分の始まりであった。この艮の金神の復活するのが、「煎り豆から芽が出るとき」とされ、その意味からこの神を永遠に閉じ込めようとする呪い言葉にも思える。また神々たちは、この神を世に出さないため、正月に立てる角松はこの神の墓のしるしとし、その神のはらわたを叩き潰して雑煮として喰らい、二十日の二日には骨正月としてこの神の骨になぞらえて焼いて食べ、お盆にはからだの筋をソーメンにたとえて食べるなどして、徹底的にこの神の復活を嫌った。そして、今日まで年中行事を通して「鬼は外」と呪いの言葉を投げかけられ続けてきた。

 

九鬼家には『九鬼文書』という古史古伝の文書が伝わり『宇志採羅根真(うしとらこんじん)大神』を祭神としていた。>

・「艮の金神、変性男子(へんしょうなんじ)とあらわれるぞよ。つぎに変性女子(へんしょうにょし)があらわれて、男子には世界のことを書かすなり、女子には世界にあるこまかいことを説いてきかせるぞよ」

・これは大本の独特の表現である。変性男子とされるナオは肉体的には、女の体だが、霊魂は男。王仁三郎は肉体的には男だが、霊魂は女であると示された。

 

・「こんどは北から艮の金神があらわれて、世界を水晶の世にいたして、善と悪とをたてわけて、善悪の見せしめを明白にいたして、世界人民を改心させて、万劫末代動きのとれん、善ひとすじの世のもちかたをいたすぞよ」

北に押し込められた艮の金神は、いよいよ姿を現すとお筆先を通じて予告していた。

 

 

 

『宇宙語・宇宙人』

ジョージ・ハント・ウィリアムスン (宇宙友好協会)1961

 

 

 

<収穫者>

 ・ 過去においては、円盤の大挙出現ということはきわめて稀ではあったが、やはりなかったわけではない。たとえば、中世のクメール族は、ほとんど一夜のうちに、地上から姿を消してしまった!クメール人の起源は、不明だが、インドシナのカンボジアに土着して、ヒンズー教と仏教の素晴らしい文明を発展させていた。最近、宇宙人が教えてくれたことだが、クメールの首都アンコール・ワットが住む人もなく荒廃してしまったのは、大宇宙船が彼らを一人残らず、インドシナから連れ去ってしまったからであるという。

 

1700年代のポルトガル人の日記にブラジルのマット・グロッソの奥地に残る古代の巨大な廃墟のことを書いたものがよくあるが、このギリシャ風の大都市から莫大な数の住民が突然にどこかへ移住させられてしまったらしいことは、あらゆる点でハッキリしている。彼らが、徒歩で立ち去ったのではないとすれば、それならば、何かの痕跡が発見されるはずだ。やはりクメール人と同じように宇宙船で運ばれたものに違いない。このような例には、色々とあるのだ。

 


<放浪者・ワンダラー>
・“思念の子”が世に教化するため初めて地球に来たさい、同道したのが、この特別の集団だった。長老である、“思念の子”と共に地球を訪れた小アバタル、つまり霊魂は、144000人にのぼるという。


・ 宇宙機の乗員も、放浪者も共に“太陽十字の騎士団”という集団に所属している。太陽十字の本来の意味は、光が強いため、太陽を中心として光波が十字状に放射しているように見える光学現象のことである。月でも同じような現象が起こるが、これは月十字という。


・ 中世の武者修行者のように、冒険を求めて諸国を遍歴する騎士のように、放浪者は、太陽系の色々な惑星を遍歴する太陽十字の騎士の武者修行者なのだ。

・ 最近になって、本来は地球人でない人たちが、相当数地球に住んでいることを示す証拠が、続々と集まりつつあるのだ。


・ 宇宙には、普通の人と異なって遊星から遊星へ、太陽系から太陽系へと移り歩く特殊な階級、集団の人々がある、という意味である。


・ これらの放浪者が、地球に来るのに宇宙船を使ったのではないとすれば、いったいどうやって来たか?地球行きを志願して、地球に生まれ変わったのである。別の言葉で言えば、地球に生まれたのだ。

 

 

 『神々のルーツ』

(ジョージハント・H・ウィリアムスン)(ごま書房)1997/5

 

 

 

<太古の昔から宇宙人は地球に来ていた>

 <邪悪な宇宙生命体オリオン>

・「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか。あなたは、十二宮をその時にしたがって引き出すことができるか。北斗とその子星を導くことができるか。」(ヨブ記)

 遠い昔、オリオンはプレアデスに魔手を伸ばそうとしたので、鎖につながれる運命となったーがいまやオリオンはその魔の手を地球に伸ばそうとしているのだ。オリオンはプレアデスを従えさせようと企てたのであろう。つまり、彼らは、“死の陰”にいたわけであり、オリオンは宇宙法則によって制裁を受けた。

 

 <神話の中のオリオン伝説>

・オリオンの否定的宇宙人たちは、直接にこのオリオン星雲からやって来るわけではなくて、オリオンのごく近くにある太陽系から来る。宇宙人が用いるオリオンという言葉は、邪悪な勢力の源となっている区域一帯を意味するものである。

 

・古代人は宇宙機を示す形として円板を用いていたからである。たぶん、オリオンも、あのルシファーのように万物の王者たろうと企てたのであろう。ルシファーは水爆を武器として使用したが、オリオンは宇宙機(円盤)を使った。

 

・バビロンのタルムードには次のように述べてある。「オリオン座の熱がなかったら、プレアデスの冷気のため世界は滅びてしまうだろう。プレアデスの冷気がなかったらオリオン座の熱のために世界は滅びてしまうだろう」

これは善と悪という二つの極性なしには創造はありえないことを示すものだ。オリオンという否定力(悪)がなかったら、肯定力(善)プレアデスにも進歩のための刺激がなくなる。否定力があるからこそ、肯定力も螺旋を描きながら向上してゆく。否定力がなかったら宇宙に進歩はないのだ。いや宇宙そのものさえ存在しないだろう!

  

 <侵入者に肉体を奪われた地球人>

・オリオンの周囲を無数の小さな丸い天体が取り巻いていますが。これらの天体はオリオンの戦闘部隊で、戦争の種を求めて目を光らせています。オリオン人は、ほかの遊星の平和を乱し、その正義の機能を妨害します。彼らは、旧式な宇宙機をまた使用しており、科学的にはそれほど進歩していないのですが、ただ自己投影にかけては名人であって、他人にも干渉し妨害することに専念しています。

 

・オリオン人は私達と違って宇宙連合には属していません。

オリオン人は地球への侵入者です。その故郷はオリオン星雲の中の無数の太陽系です。オリオン人は目的とする攪乱に失敗すると、オリオンには帰らないでシリウスに行きます。それが彼らの輪廻なのです。彼らは、やはり完全への大道を学びとらねばならないのですから。

 

古代の伝説に登場する「蛇人」というのは、オリオン人の霊魂が地球に投影されたものと思われる。伝説や神話にある南の果ての“虹の都”とはこの投影の中心地だったのではなかろうか。“蛇人”“反キリスト”“侵入者”―これらはみな同一のもの、否定的極性を表すものなのだ。古代人は悪魔、魔神、魔法使いなどを恐れた。現代人でも未知なものに対しては恐怖を感じる。

 

 


 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

 

2021/9/18

 

・「日本の河童はグレイの一種で、現在も(異次元の)海底基地にいる」とクラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロが述べています。

マオリッツオ・カヴァーロによると「グレイも人間タイプが増えている」といわれます。また、「ブラジルにはクラリオン星人の(異次元の)地下基地がある」という報告もあります。

河童と「異人」は同時に論じられたことはありません。その昔、邦画には、河童が宇宙船を運転して帰っていくというストーリーのものもありました。河童も純然なる動物タイプと、人間とコンタクトしたり、女性と性交したりできるものにも進化していくようです。挿絵は、ほとんどが「動物タイプ」の河童です。人間に異次元から憑依現象をおこす河童もいたといわれます。

河童も進化した宇宙人(異人)が創造して、遺伝子操作等で人間とコンタクトできるように進化させたのかもしれません。河童も異人も明治の文明開化でどこかに消え去ったようです。現代人にとっては幻想の「妖怪」になってしまいました。

河童も異人も低層4次元、パラレル・ユニバース(並行宇宙)へ異次元移動ができたようです。異人の伝承には、人間の死後の世界の精霊界やアストラル界の往来に幽体や霊体で自由にできる話が少なくないようです。異人の神隠しやアブダクション(誘拐)にも関係があったようです。

アストラル界の住人が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だそうです。

ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」といわれます。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔という説もあります。異人はオリオン星人だったのかもしれません。中世のドイツの領主はほとんどが「異人」か「異人」の末裔ともいわれます。

 

『最新! 秘密結社の謎』 世界の裏側で暗躍する組織の実態を暴く 知的発見探検隊    イーストプレス   2011715日 

 エコロジーを実践しカッパとの共生をはかる「下総カッパ団」

「下総カッパ団は、1724(享保9)年、下総国印旛村の豪農、安田伝兵衛によって設立された人間とカッパの親睦団体だ。大の相撲好きだった伝兵衛が印旛沼で出会ったカッパのシンサクと偶然相撲をとって勝ったことで、意気投合。カッパと人間の共生を目的として旗揚げされた。設立当初は、うなぎ釣りや川相撲、水泳などの各種の催事を開き会員数は増え続け、最盛期には300名もの会員数を誇ったという」とも伝えられています。

 

河童も一部は人間とコンタクト・交流できるように進化して、ゼータ・レチクル人のグレイのような異星人に進化していったのかもしれません。宇宙人の方が進化の速度が非常に速いといわれます。動物の河童が「人間化」して、「女性とセックスするという特徴が現れた」という話も「事実は小説よりも奇なり」で、「知る人ぞ知る」話なのかもしれません。

「地球人が小柄なゼータ・レチクル人と遭遇していることには大きな意味があります。ゼータ・レチクル人は、多くの意味で地球人とは対照的です」といわれます。

「人は皆、記憶喪失の異星人だ」といわれますので、「人間化した宇宙人」や「宇宙人化した人間」のパーソナリティーが多いそうです。

神人や異人が社会に同化して識別できないと指摘されています。「神々や進化した宇宙人(天使)は、背後霊や守護霊となり人間に憑依している」ので誰も分からないそうです。

 

・ヨーロッパ中世の「妖精の伝説」は非常に多く。小柄な「妖精」のイメージが強いですが、毛むくじゃらの獣人の「妖精」や人間を襲う「悪魔」の伝説も多いといわれます。河童も日本独自のものではなく、世界中に似たような「妖怪」話があるといわれます。奄美大島のケンムンや沖縄のキジムナーのように地域が違いますと形態も変化してくるようです。日本全国の河童も多種多様のようです。妖怪についても、同様な妖怪が世界中に存在したという説もあります。「天狗は中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ」といわれます。

「水神」と「河童」のかかわりも私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。

天皇と神との繋がりをする職務が昔の「藤原氏」の役割だったという怪説もあるようです。「藤原氏の祖は中臣氏と同じく天児屋命(あめのこやねのみこと)と伝える。通称、「春日大明神」と言われる」が、「魔神」の系列の「海神」も崇拝していたとも伝えられています。「海神」の竜宮と河童やザシキワラシの繋がりがあるのかもしれません。

藤原氏の北極星、北斗七星信仰はシャンバラ信仰、物部氏のオリオン信仰はアガルタ信仰となるといわれます。

スサノオ命については多くの書籍がありますので、私たち一般人は、把握できません。例えば「ヒンドゥー教の主神のひとりシヴァと、日本の荒ぶる神スサノヲには、意外にも似ている点が多く見られる」そうです。そして「スサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない」という奇説もあります。

西洋神界はスサノオ神とその系統の神々が1万年ほど前に拓いた地域で、シュメール族は「スサノオ神系」だといわれます。

多次元同時存在の法則によればスサノオ命はギリシア神話のポセイドンである」という怪説もあるといわれます。「ゲルマン神話の神々は日本の神々だった。まず、主神・オーディンは「須佐之男神」だった」という説もあります。

ちなみに、「シバ神は、核を作った神様と言われていますが、日本でも国常立(くにとこたち)の神は核を作った神様です」という説もあります。つまり異星人の技術者だったようです。

 

「ヴィシュヌから生まれたこの梵天こそ、本朝の国常立尊の本体(本地)だと、それら著作はいうのである」、「日本にコンタクトしてきた外国の神・国常立神は、ゲルマン神話に登場するアスガルドのトール神ではないかという推測を先に行った」とも伝えられています。また国常立神(くにのとこたちのかみ)はヘルメスだと言っているらしいといわれます。「日本はヘルメスが統治する国だ」そうです。「シリウスの大天使の代表であるというヘルメスは、ギリシア神話に登場する青年神です」といわれます。

 

「神々」と人間の異種交配は、世界のどの地域でも常に繰り返されてきたテーマだそうです。「妖精の取り換え子」の話も豊富にあるそうです。

神々の世界は「パラレル・ユニバース(並行宇宙)」を通じて非常に近いといわれます。異人や神人等、人間タイプは識別ができないといわれます。

 

著者たちは「橋野川、閉伊川に沿っても、家の娘が淵の主の妻になったという話は二、三に止まらない。有名なのは茂市村腹帯のハラタイ淵の主で、すでに三つの家がこの淵の代々の主と婚姻を結んだと伝えている」「いわゆるザシキワラシにとどまらず、河童をはじめとしてウントクやヒョウトク・ヨゲナイ・ハナタレ小僧などの童形の神もしくは妖怪、さらにはイヅナ狐やモゲンなどの、家を富み栄えさせるさまざまな存在について論じられている」、「栃木県佐野市には俵藤太秀郷が竜宮からもらって来た童子、竜太、竜次の二人の子孫という家があり、水の神の使者だから水に手足をひたしても冷くないといって紙すきを家業としていた」、「代において陸墓を増築し埴輪を製作した土師氏が始祖神とするノミノスクネは日本神話において初めて相撲をとった神でもある」と主張しています。

 

・西洋の石工のフリーメーソンのように異人・宇宙人が技術者の大工として来ていたのかもしれません。「大工と河童」の伝説も多くあるようです。大工の中には、進化した異人が混じっていたのかもしれません。

秦氏のような文化神の部下の技能集団の異人が来ていたといわれます。ちなみに聖徳太子が「大工の神様」といわれます。秦氏も「文化神」「技術神」の要素があったそうです。実際のところ、秦氏の末裔は、日本中にくまなく存在しているのであると指摘されています。セム系とハム系、高御産巣日神系(たかみむすび)と神高巣日神系(かみむすび)が、天皇家を間において対立・抗争していたといわれます。

聖徳太子が法隆寺を建立したことや大工道具の曲尺(かねじゃく)を発明したという伝承のためか、中世以降、大工の神様として信仰を集めた」と伝えられます。

 

 

2020/10/12

 

 ・『関西弁で読む遠野物語』は、『遠野物語』を「関西弁」で書かれたものですが、若干、当ブログで本文を修正しました。方言や俗語などは、コンピュータの「機械翻訳」でどの程度対応できているのか、知りません。詳しく検証したことはありません。一般的にコンピュータの「機械翻訳」は、70%程度の正確性があるそうですが、グーグルの「翻訳機能」がどの程度なのかは検証したことはありませんが、現代の標準語が一番効率がよいようです。したがって、文語や方言が入る文章は、当ブログで若干、修正しています。口語の標準語が一番、反応しやすいと思います。昨今の印刷文字は「ひらがな」が多くて、漢字に慣れた者にとっては、違和感を覚えるといわれます。一般的に外国人にとっては、日本語は非常に難しいそうですが、方言や俗語が混じるとより理解不能になるといわれます。国際化で方言にも日本語の上手な外国人も増えていますが、近未来は、通訳や翻訳のAIの機械が進化して外国語を学ぶ必要がなくなってくるともいわれます。

 

・『遠野物語』45話「猿の経立はよく人に似て、女色を好み里の婦人を盗み去ること多し。松脂を毛に塗り砂を其上に附けてをる故、毛皮は鎧の如く鉄砲の弾も通らず」。

『遠野物語』では異人の神隠しや獣人による人さらいがあったといわれます。「猿神」の人身御供の伝承も各地にあるようです。『遠野物語』は農民の「作り話」ではなく「事実」と柳田国男は主張しているようです。「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」といわれています。『遠野物語』はウェブサイトでも閲覧できるので非常に便利です。実際に「神隠し」にあった者たちは、そのまま行方不明になった者が多いといわれます。現場近くの異次元に隠されていたという事例もあったようです。昔から人間の女を襲う「獣人」のような妖怪や異人は少なくなかったようです。

 

「<45話 頑丈な毛並みで女をさらう

猿の経立(ふつたち)は人にえらい似てきて、里の女をなんべんも連れ去るようになります。

 経立(ふつたち)は毛に松脂塗ったくって、その上に砂をつけとるもんやさかい、毛皮は鎧みたいで鉄砲の弾も通らへん」ということで、大型の猿ではなく、人間を襲う「獣人」も出没したようです。猿の経立(ふつたち)は「女を好む」といわれます。女を襲う獣人は、多くの事例があったそうで、昔の中国では「玃猿(かくえん)は、人を、ことに女性をかどわかして行っては犯す、淫なるものとされている」といわれます。

飛騨美濃の人の心を読む妖怪「覚(さとり)」は獣人だったといわれます。現代でも「獣人」のビッグフットやサスカッチの「獣人」を「空飛ぶ円盤」から降ろしているという報告もあるといわれます。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。4次元の宇宙人と5次元の宇宙人の対立・戦争、神と堕天使ルシファーの対立・戦争が延々と続いているといわれます。世界中に現代でも「獣人」の出没話がありますが、オリオンETグループの「空飛ぶ円盤」から降ろされたエイリアン・アニマルかバイオロボットだったのでしょうか?

 

日本に最初に降り立ったのはシリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部や岩手県全域に渡り活躍していたといわれます。シリウスのレベルは、もうすでに非物質のレベルです。当時は、3次元の地球に「物質化」して人類とコンタクトしていたようです。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。『遠野物語』の異人はオリオン星人だったのかもしれません。「河童もゼータ・レチクル星人系列のバイオロボットの一種かもしれない」そうです。異人が「河童」というエイリアン・アニマル、バイオロボットを実験室で創造して、空飛ぶ円盤で地球に降ろしていたようです。太古から「獣人」と「人間」の異類混血の生体実験をオリオンETグループは実施していたようです。

オリオン星雲で60万年続くオリオン戦争で、これは何億ものポジティブな人間型生命体とレプティリアンと呼ばれるネガティブなヒト型爬虫類人との間で起こったものだったといわれます。異類混血がスター・ウォーズの原因だともいわれます。

東北地方にはプレアデス人とのコンタクト話が現在でもあるといわれています。東北地方の様々な「不思議現象」の背後には、太古から地球に来ている宇宙人の介入の実体化だったのかもしれません。

東北地方は「空飛ぶ円盤」の目撃事例も豊富な地域です。異次元には時空を超えた宇宙人が存在しているといわれます。

「すぐそこ、あなた方の真下には、まるまるひとつの世界“パラレル・ワールド”が存在しています」と指摘されています。パラレル・ユニバース(並行宇宙)が実体化してくることもあるようです。進化した異星人は人間の幽体や霊体を操作・調整できるし、「異次元移動」もできるといわれます。

オリオンETグループが異次元のモンスター・タイプの生物を創り、人間と異種交配・混淆させ「人間化」させようとしたのかもしれません。「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」といわれます。オリオン星人は、エジプト文明など地球に文明をもたらした異星人だとしても知られています。ネガティブなオリオン人は、地球に来ている地球外生命体の中で、最も発達レベルの低い存在で、地球に暗黒をもたらそうとしていると指摘されています。「シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている。奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった。シリウス人と爬虫類人は互いに取引しており、シリウスAの生命体はドラコに武器を売っている。本当に複雑な政治状況だ」という説もあるといわれます。

  

異人も河童も明治の文明開化の電気で世の中が明るくなると、どこかに消えていったようです。目に見えない世界に戻っていったのでしょうか。マオリッツオ・カヴァーロによると「グレイも人間タイプが増えている」といわれます。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「ブラジルにはクラリオン星人の(異次元の)地下基地がある。日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」という話もあります。「河童もゼータ・レチクル星人系列のバイオロボットの一種かもしれない」そうです。シャンバラの支配者(世界の王)のサナト・クマーラ がルシファーであると指摘されています。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。

「下総カッパ団は、1724(享保9)年、下総国印旛村の豪農、安田伝兵衛によって設立された人間とカッパの親睦団体だ」という伝説もあったようです。UMA(未確認動物)のイメージだった河童も人間と交流できるくらい進化したのでしょうか。進化した河童は、ゼータ・レチクル星人のように人間を異星に連れて行ったのでしょうか。河童が「空飛ぶ円盤」を操縦している邦画もありましたが。オリオン星人の「異人」が「河童」をエイリアン・アニマル、バイオロボット、「実験生物」として創造したのかもしれません。

「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」といわれます。そのように、進化した宇宙人によって、一方的に支配されることもあるといわれます。

「ナチスは邪悪なマスターに操られ、金髪碧眼のノルディックの血族間で交配を行うプログラムを煽動したのである」と指摘されています。

宇宙人は科学の進んだ国に現れるといわれます。そのためにUFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象だと指摘されています。宇宙人情報を人類に知らせないとする邪悪なサイレンスグループが支配しているともいわれます。

 

・日本の河童や沖縄のキジムナー、奄美のケンムンは画像では猿のような動物のイメージです。しかしながら、人間と交流できた、進化したグレイのような「実験生物」だったのかもしれません。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。グレイもバイオロボットから、人間以上の異星人に進化していっているように、動物タイプのキジムナーも人間と交流できるように異星人が遺伝子操作の実験を繰り返していたのかもしれません。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといわれます。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」といわれます。河童やザシキワラシ(座敷童子)、沖縄のキジムナーやケンムンも西洋の妖精や小悪魔、デーモンに似てくるようです。河童もキジムナーもUMA(未確認動物)に分類されることが多いようです。近年、偶然に撮影されたというキジムナーの写真は、まるで異次元移動ができるグレイのようなイメージでした。

 

現代においてもビッグフットやサスカッチのような「獣人」を「空飛ぶ円盤」からオリオンETグループが降ろしているといわれています。昔には、「獣人」が人間の女を襲ったり、「猿神」が人間の女を人身御供にした伝説があります。異類混血の残酷な「実験生物」をオリオンETグループが異次元で創造し、地球で生体実験をしていたのかしれません。ネガティブなシリウス星人が遺伝子操作等でモンスター・タイプの生物を創り神に嫌われたといわれます。「神を怒らせよ」というのが堕天使や悪魔の思考行動パターンともいわれます。そこで、神は地軸を動かして天変地異を起こし、モンスター・タイプの生物を全滅させたといわれます。

しかし、今なお、底層4次元にモンスター・タイプが生存しているともいわれます。宇宙人には動物タイプは3割ほど存在するともいわれます。3割の動物タイプの中には犬頭人の宇宙人もいるといわれます。動物タイプが異類混血や「人間化」を全宇宙ですすめており、それがスター・ウォーズになったといわれます。「ルシファー一派の動物タイプの異星人連合」と「神の人間タイプの異星人連合」がスター・ウォーズをするシナリオなのかもしれません。「オリオン星雲で60万年続くオリオン戦争で、これは何億ものポジティブな人間型生命体とレプティリアンと呼ばれるネガティブなヒト型爬虫類人との間で起こったものだった」といわれます。爬虫類人は、男と女、男神と女神というコントロールの仕組みに基づいた宗教を編み出したのであるといわれます。「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人が異常に進化したといわれます。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配している」といわれます。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だといわれます。現代でのUFOのアブダクションが昔からオリオンETグループによって行われていたのかもしれません。人間をゴキブリ以下に考えるエーテリアン(異次元種族)がいる」といわれます。「爬虫類人の目的は、昔も今も、破壊と同化活動を手伝わせる奴隷にするために人間の難民を手に入れることであり、生命維持の栄養源として人間の血とホルモンを手に入れることである」という説もあります。

 

・ザシキワラシ(座敷童子)と「大工」との関わり合いについても伝承があるようです。

すなわち、「大工の呪い説

座敷わらし正体が家を建てた大工の呪いだという驚くべき説も存在します。当時の大工には気持ちよく仕事ができなかったり、職人に無礼を働いた家人がいた際にはその家に呪いをかける習慣があったという話があります。そうした場合、大工は木片で作った人形を家の要所に埋め込んでいたといいます。これらの呪いが座敷わらしという不思議な現象を生んだのではないかといわれていますが、座敷わらしを目撃すると幸福になるという話には結びつきません」という説もあるようです。

 

・キムジナーと「大工」の伝説もあるようですが、東北地方のザシキワラシ(座敷童子)も神のような大工が創造したという伝承もあったといわれます。ザシキワラシ(座敷童子)にしろ、河童、沖縄のキジムナーやケンムンは、ルシアファーのような神人や異人が遺伝子操作で創造した「バイオロボット」「実験生物」だったのかもしれません。河童は当時の「異人」が空飛ぶ円盤で連れてきたのかもしれません。異人はオリオン星人だったのかもしれません。異人も昔からさまざまな人間社会との繋がりがあるようですが、詳しくは分かりません。河童やキジムナーはエイリアン・アニマルで「実験生物」だったのかもしれません。大工の神様は「聖徳太子」といわれますが、神人や異人の「大工」が建築技術を教えたのかもしれません。フリーメーソンも当初は「石工」の集団から始まったといわれます。

 

・「事実は小説よりも奇なり」といわれますが、このような伝承は、どこまでがフィクションで、どこまでがナンフィクションなのか不明の伝承のようです。しかしながら、奇妙にも一致する点が多いのも事実を物語る不思議な話です。

「「キジムナー考」と題する本書は、キジムナーという妖怪についての研究ではあっても、柳田にならって言えば、キジムナーの怪異談の真偽そのものの解明が目的ではなく最終的には、キジムナーの怪異談を「空想」した人間についての研究であることを強調しておきたい」と指摘されています。人間が夢の中で不思議な体験をする「明晰夢」でしか、異次元世界は認識できないといわれます。神仏や死者が夢枕に立つといわれます。夢の中での「異世界の体験」記憶を持つ明晰夢の人々も増えているのかもしれません。

しかしながら、柳田国男は『遠野物語』は民衆の作り話ではなく事実だと述べています。

河童にしても文明開化で世の中が文明化で明るくなると、異人と共にどこかに消えていったようです。「異類混血ができなくなったからだ」という説もあったようです。キジムナーの性器はどうなのかわかりませんが、人間の女を襲った事例もあるといわれます。河童にもそのような事例があるので驚きです。猿神の人身御供の伝承もありました。

宇宙人の遺伝子科学者が、遺伝子操作で動物のような「実験生物」を「小人」にまで進化させたのでしょうか?「神人」の眷属とは、別系統の生命体系を作ったのかもしれません?「クラリオン星の人々というのは今から約18000万年前に人類創造計画に参加した数多くの民族の一つなのです」といわれます。「我々人間は、地球上に住む水生の爬虫類を遺伝子操作することによって生まれたもの」といわれます。

 

獣人が昔から人間の女を襲ったのは世界中に伝承があるようです。

『中国の鬼神』

著 實吉達郎 、画 不二本蒼生  新紀元社 2005/10によりますと、

玃猿(かくえん)

人間に子を生ませる妖猿

・「その中で玃猿(かくえん)は、人を、ことに女性をかどわかして行っては犯す、淫なるものとされている。『抱朴子』の著者・葛洪は、み猴が八百年生きると猨(えん)になり、猨が五百年生きると玃(かく)となる、と述べている。人が化して玃(かく)になることもあるというから、普通の山猿が年取って化けただけの妖猿(ばけざる)よりも位格が高いわけである。

 古くは漢の焦延寿の愛妾を盗んでいった玃猿の話がある。洪邁の『夷堅志』には、邵武の谷川の渡しで人間の男に変じて、人を背負って渡す玃猿というのが語られる。

 玃猿が非常に特徴的なのは、人間の女をさらう目的が「子を生ませる」ことにあるらしいこと、生めば母子もろともその家まで返してくれることであるその人、“サルのハーフ”はたいてい楊(よう)という姓になる。今、蜀の西南地方に楊という人が多いのは、みな玃猿の子孫だからである、と『捜神記』に書かれているもし、さらわれて玃猿の女房にされてしまっても、子供を生まないと人間世界へ返してはもらえない。玃猿は人間世界に自分たちの子孫を残すことを望んでいるらしい」と記載されています。

 

・クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」と指摘しています。異次元世界とこの世をキジムナーというオリオンETグループの「実験生物」が往来していたのかもしれません。悪の帝国(正式名は『正義を任ずる諸世界帝国同盟』の本拠地は大熊座にあり、ドラコニスを主要作戦センターにしているといわれます。

「時空間を超えてこの地球にやってきて、人類をアブダクション(誘拐)し、受精して、子孫を作りました」。それがエササニ人のバシャールだそうです。エササニ人の様にすでに交雑種が異次元に存在しているようです。

グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。堕天使ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われていますが、人間の姿形を変えて、神を怒らせようとしているのでしょうか。「実験生物」のキジムナーも宇宙人とともに低層4次元にいるのかもしれません。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。堕天使ルシファーが天使団の3分の1を率いて神に反乱したという「天の戦争」が続いているそうです。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」といわれます。「ダルシー基地の地下6階の遺伝子実験室では、人間を多肢化させたり、人間とグレイ族の混血種をつくったり、グレイ族のクローンを作っている」という話も喧伝されています。

 

・沖縄の妖怪キジムナーは本土の河童に少し似ているといわれます。どちらも異次元移動ができたようです。「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」という異人が河童を宇宙船で連れてきたのかもしれません。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。異人もオリオン星人だったのかもしれません。当時の警察が「異人」をどの程度、把握していたのかは不明です。中世のドイツの領主はほとんどが「異人」か「異人」の末裔ともいわれます。異人の「非条理な話」も多いといわれています。人間の感覚では「異人の非条理」が理解できないそうです。異人も昔からさまざまな人間社会との繋がりがあるようですが、詳しくは分かりません。社会に同化した異人は、誰にも分からないそうです。

クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「グレイも人間タイプが増えている」といわれます。クラリオン星の人々というのは今から約18000万年前に人類創造計画に参加した数多くの民族の一つといわれます。

 

・「小さなおじさん」の都市伝説は、ヨーロッパの中世の妖精の小人の伝承と似ているような話です。集団幻覚、集団ヒステリーの一種という説もあるようです。『遠野物語』の座敷童子のように、子どもの妖怪もいますが、小人の存在の伝承は、一寸法師や少彦名命のように昔からあったようです。グレイも10センチ前後の小人タイプも報告されているようです。南米では、グレイの小人のミイラも発見されています。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。小人も異次元移動ができるようなのです。ヨーロッパの中世の妖精は、小人の伝承でした。現代でも小人の出現の話はあるようです。グレイは核戦争を繰り返した人類の未来の姿だという奇説もあったようです。人類はどれだけ進化しても「神人」にはなれないようです。「はるかに遠い未来には、神人と“小人に退化した人類”の2種類になる」と指摘されています。

 

・グレイも1メートルくらいの小柄な存在が普通の認識です。しかし、人間のような長身なグレイのリゲル人というように遥かに進化して、レプタリアンの部下のような働きをしている異星人もいます。リゲル人も人間化しているのかもしれません。エササニ人の様にすでに交雑種が異次元に存在しているようです。「時空間を超えてこの地球にやってきて、人類をアブダクション(誘拐)し、受精して、子孫を作りました。それがエササニ人のバシャールだ」といわれます。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。「地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船である」といわれても誰も信じることはできないでしょう。以下の情報は荒唐無稽、奇妙奇天烈、支離滅裂、眉唾物で疑念がわきます。現代の科学者では、信じる人はいないようです。

 

・オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も利用しているそうです。オリオン星人は昔から人間社会に同化してきたのかもしれません。セム系民族はエンキの北極星、北斗七星信仰、ハム系民族はエンリルのオリオン信仰であったといわれます。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズ・グレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「どう彼らを追跡しても、あなた方の祖先はレプテリアン(爬虫類)であることを発見するでしょう」と語られています。レプテリアン(爬虫類)がさまざまな支配者の黒幕であると述べられます。「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」といわれます。人間化した「龍神」「神」として君臨しているといわれます。

 

 『地球を支配するブルーブラッド 爬虫類人DNAの系譜』(スチュアート・A・スワードロー   徳間書店  2010/6/18)から引用しますと、

<りゅう座人(ドラコ) このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティ>

  地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船である。分断して征服することを画策する彼らは、リゲルとともに海を沸騰させたり、大地を焼き焦がしたりしたように、暴虐さで有名である。

  りゅう座人は、地球に巨大な地下基地、金星にコロニーを持っている。地球には二番目の月が配置されている1997年にヘール・ボップ彗星に隠れて到達した。そこにいるのは、純血爬虫類人である。交配人種であるイルミナティは地球の支配を行っている。

 

<リゲル  米政府と協定を結んだオリオン連盟リーダー>

・この集団は1954年に米国政府と協定を結び、彼らの技術と科学情報を米国に与えるのと引き換えに、米国民を誘拐する(ただし傷つけない)許可を米国政府から得ている。

  こと座の内戦とそれに続くこと座星系へのりゅう座人の侵略を通じ、彼らの惑星は戦争で痛ましい損害をうけたため、肉体的にも遺伝子的にも弱々しい存在になっている。

  彼らは、りゅう座人のために働いている。りゅう座人が攻略の前準備をできるように侵略予定ルートを偵察する仕事である。

  軍隊型の厳格な階層制の文化を持っている。特にゼータ・レティクリ12のグレイが絡む場合はそうである。また肉体から肉体へと魂を移す能力を持っている」と記載されています。

 

 ・ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)でみると「独脚鬼(도깨비、トケビ、トッケビ、ドケビ、Tokebi)は韓国の妖怪。文字通り一本脚の鬼で悪戯好きだが頭はあまり良くなく、人間に上手く使われてしまうことも多い。鬼と言っても日本の天邪鬼のようなどこか憎めない存在である。独脚鬼は当て字で独甲鬼とも書かれた」とのこと。これでみると「河童」とは違うようです。「神とその眷属」という言葉がありますが、この「眷属」も多種多様のようなのです。ヨーロッパでは「妖精」や「デーモン」などの小柄やとても小型の「眷属」の種類も非常に多く、「妖精辞典」や「妖精図鑑」もあるそうです。河童もいわゆる「眷属」なのでしょう。河童も人間にちかいものから動物タイプまでいろいろと種類があるようです。人間が動物(河童)と相撲をとることは考えられません。

 

・「河水鬼やヴォジャノイ、ヴォドニーク、ハストルマンは髭を蓄えた老人とされ、湖底で自分の財産である牛馬の群れや財宝を守って暮らし、機嫌が悪いと川を荒れさせるという固陋な存在である。ニクスやネッキ、ニッカールは成人男性の姿で現れて、荒々しく牛馬や子どもや婦女子を奪い去る肉体派である」ということですが、河童というよりも老人、翁、“神人”とか人さらいをする“異人”のイメージです。日本でも「神人、異人、河童その他」の組み合わせのようです。神とその眷属ということでしょうか。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」そうです。

 

・太平洋戦争後、米国に現れた小柄な「グレイ」もバイオロボットという説もありました。グレイも種類がいろいろとあるようです。一説では「ゼータ・レチクル星人」ともいわれます。またエササニ人がアリゾナ州のセドナに来ていたともいわれています。「エササニ人は、地球人とゼータ・レチクル人の融合によって生まれる混血種属の一つだ」そうです。「米軍のエリア51」等のアメリカの秘密基地で、様々な異星人が活動しているともいわれます。

  「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球の爬虫類人(レプティリアン)」が活発に活動していたといわれます。またハリウッド映画にもなったメン・イン・ブラック(黒衣の男たち)の超能力は凄まじく、オリオン星人ともいわれています。マオリッツオ・カヴァーロによると「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」そうです。長身のグレイである「リゲル人」も科学技術がとてつもなく進化しているようです。

 

・「米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人」といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。小柄な宇宙人のグレイが来て、その後に金髪碧眼のノルディックや赤毛のオレンジの人間タイプの異星人が飛来して、その後に東洋人が来た」という米軍筋の話もあります。日本に関係する神々も来ていたのでしょうか。

  「二派の対立とは火星由来のアーリア人に対するアヌンナキ・レプティリアン(爬虫類人)の争い、戦争」であり「牛神と龍神」が戦争をしていたようです。現代でも「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。「火星霊人と金星蛇人の対立・戦争」ともいわれています。彼らは、「驚嘆すべき牡牛なす双神」と表現され、発進母星は65光年先の牡牛座(地球から観測する最も明るく輝く恒星アルデバラン)に発するといわれています。

 

・ヒトラーのナチスが崇拝したアーリア人、金髪碧眼のゲルマンの神々、“超人”たちは、アルデバランの異星人だったようです。グレイとともに米国に現れた金髪碧眼のノルディックは、人類に6千年進化しているプレアデス星人といわれています。異星人については、金髪碧眼が多いようですが、金髪碧眼にこだわる必要はなく、人間タイプもさまざまな種類があるようです。米空軍は133種類の異星人を認識しているともいわれます。アメリカ空軍士官学校の教科書には異星人の種類が載っているそうです。

 

・「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれています。「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承がありますが、この「異人」はオリオン星人のようです。「異人、河童、その他」という具合です。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。

  「人は皆、記憶喪失の異星人だ」といわれますが、様々な異星人の遺伝子を持っているようです。

 「中世のドイツの領主はほとんどが異人か、その異人の末裔だった」ともいわれています。昔から、世界中で「神人、異人、グレイその他」がアストラル界から現れたのかもしれません。

 

・「昼間は人間には見えないので、キジムナーの悪口を言うと、意外に側にいて聞いていて、夜になって仕返しされるという」ことですが、キジムナーは異次元移動ができたようです。沖縄のキジムナーも、沖縄が激戦地になり姿を消したともいわれています。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいるといわれます。河童や天狗、鬼なども異次元移動ができた宇宙人生物だったともいわれています。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。この異次元移動の現象が長い間、人間に理解されなかった理由のようです。鬼についても、聖徳太子は、「鬼」の一族であったともいわれています。赤鬼や青鬼の昔の図絵で鬼のイメージが固定化されてしまいました。実際は人間タイプもいて、異形の宇宙人で、その超能力が、当時の大衆から大変恐れられたようです。天狗もさまざまな伝承から宇宙人であったという説もあるといわれています。鬼の末裔も地方の村々には存在するともいわれています。コロポックルもザシキワラシも宇宙人現象であったようです。米国のUMA(未確認動物)イエティも宇宙人の現象といわれています。日本のUMA(未確認動物)も宇宙人が関係している現象かもしれません。

 

・小人の存在は、さまざまな伝承にありますが、グレイの小人体が米国で報告されています。おとぎ話のような話ですが、異星人とのコンタクト話の洋書『ウオッチャーズ』というペーパーブックでは、20センチメートルくらいの小人のグレイの存在が図絵と共に載っています。3メートル以上の巨人タイプの異星人も報告されていますが、小人タイプも存在するようです。コロポックルは身長は1尺(30センチ)くらい。それよりも小さい、12寸(36センチ)の小人は【ニングル】と呼ばれるといわれます。

 

・小人伝説はヨーロッパの中世に非常に多かったようです。また、グレイも人間の大人の身長の種族もおり、人間化している種族も存在するようです。グレイは、バイオロボットから人間タイプまでいろいろと種族が存在するようなのです。ちなみにグレイは異次元移動ができたそうです。妖精の取り換え子の伝承も多いといわれています。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。また堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。

  コロポックルも異星人だったのではないでしょうか。アイヌとの接触を避けるようにして消えていったようですが、異次元移動ができたようです。また「日本神話に登場する少彦名命とコロポックルが同じ種族ではないのか」という説もあるようです。「小さな神」というイメージがあるようですので、宇宙人だったことが窺われます。

  河童も宇宙人説が有力になりつつあるようです。イタリアのクラリオン星人のコンタクティ、マオリッツオ・カヴァーロによると「カッパも(異次元の)海底基地に現在も存在している」と述べています。異次元の妖怪のようです。動物タイプから人間タイプと、河童はさまざまな種類があったようです。ゼータ・レチクル星人ともバイオロボットともいわれる小柄な宇宙人グレイは、いくつもの種類があるようです。またグレイの人間タイプも増えているそうです。米国では、グレイは金髪碧眼のノルディックという人間タイプの異星人の部下的存在だったようです。

 

・河童もグレイの一種なのかもしれません。コロポックルもどの程度人間化しているのか分かりませんが、宇宙人としての超能力があったことが窺われます。小人伝説は、ヨーロッパの中世のフェアリー伝説のように海外に多くありますが、日本の小人コロポックルは、日本全国に数百の異名を持つ河童にはかなわないようです。河童は異人とともに飛来していたのでしょうか。異人の「非条理な話」も多いといわれています。人間の感覚では「異人の非条理」が理解できないそうです。

 

・来訪神と蛇や動物が非常によく結びつけられる伝説が多いようです。来訪神とのコンタクトに伴うイルージョンでしょうか。高次元の来訪神とのコンタクトでは、人間は変性意識状態になるようです。宇宙には動物タイプの宇宙人が3割ほどいるといわれています。レプティリアンもオリジナルは、モンスター・タイプのようです。しかし、遺伝子交配や異類混血などで人間化しているようです。「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」とクラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロは述べています。沖縄のような本土と隔絶された地方では、来訪神や異神は特徴があるようです。沖縄のノロやユタも本土とは別の精神世界のようです。

 

・異類異形の異星人は、住民から怖れられたのでしょうか。沖縄のキムジナーも本土で言う河童に似た生物なのかもしれません。沖縄の来訪神や異神やもののけは、本土と同じくオリオン星人系列の宇宙人だったのかもしれません。米国政府と秘密協定を結んだオリオン星人は、人類に5万年進化しており、「人間の魂の交換」ができるそうです。ラージノーズグレイもオリオン星人で、米国と秘密協定を結んだともいわれますが、トラブルが起きているともいわれています。また河童に似たキムジナーはゼータ・レチクル星人系列のバイオロボットだったのかもしれません。東北地方のザシキワラシ(座敷童子)のように「子供の神」もいたのかもしれません。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」ということですから、オリオン星人は地球人との関わり合いが強かったようです。

 

・「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」ともいわれ、神々の人間タイプとか、モンスター・タイプとかの関係は複雑なようです。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)が秘密基地で生体実験を行っている」ともいわれます。「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか」(旧約聖書、ヨブ記3831節)という奇妙な文章がありますが、スター・ウォーズの「オリオン大戦」もあり、アバブ・トップシークレットのようです。近年、オリオンに向かった日本人もいるという与太話もあったそうです。プレアデス星座には6時間で行けるといわれます。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」といわれます。プレアデス人は古代リラ星人の末裔といわれます。ホロコースト(大虐殺)にプレアデス人が関係していたとは驚きです。

 

・北海道のコロポックルやさまざまな異神、もののけも宇宙人との繋がりが窺われます。ミンツチも河童に似た宇宙人だったのかもしれません。フィクションとナンフィクションの割合は、現代では分かりませんが、全部が全部「現地の住民やアイヌの作り話」ということはいえないようです。後講釈しても理解不能なことも多いようです。米国での小柄なグレイのアブダクション(誘拐)事件やキャトルミューテレーション(動物虐殺)事件も数十年経つと、その事実さえも忘れ去られるようです。目に見えない神々や天使の世界は、不可視のために注目されないことが大部分のようです。

 

・“UFO銀座”といわれる北海道もUFO目撃談が多いそうですが、アイヌの伝承のコロポックルは、グレイのような一種の高等知性体で、アイヌとの交流があったといわれます。 自衛隊のパイロットも北海道で多くUFOに遭遇していると指摘されています。

  コロポックルは、小柄ですが、人間に捕獲されたことはないそうで、グレイと同じように異次元移動ができたのでしょうか。 グレイ・タイプの異星人は、81種類以上もあり、生体ロボットという説もあるようですが、「北海道のUFOは、コロポックルやグレイや異人が乗っている」のでしょうか。

  (コロポックル) 

出典フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

コロポックル (アイヌ語コㇿポックㇽ, koropokkur) は、アイヌの伝承に登場する小人である。アイヌ語で、一般的には「蕗の葉の下の人」という意味であると解される。

 

・現代の米国にグレイのようなバイオ・ロボットや金髪碧眼のノルディックの宇宙連合の一派が飛来しているということと、日本に昔から河童(グレイ)やコロポックル、異人が飛来していたということは相似現象のようです。

  河童(グレイ)やコロポックルは、高等知性体で異次元移動などができるので、捕獲されたことはないのでしょうか。エイリアンと農民との交流などが伝説に残っているといわれます。

  異類混血や遺伝子操作などで、グレイ・タイプも一部は人形(じんけい)に近づいてきているという説もあるといわれます。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。

  日本に昔から伝わる異類異形の者は、異星人だったのではないでしょうか?「鬼や童子や天狗」も異星人と考えられもしますが、人類を創ったといわれる爬虫類人(レプティリアン)が地球を去ったように、人間の目から消え異次元の別宇宙・平行宇宙に到達したのでしょうか。

  伊吹弥三郎の伝説は、『超人』の存在を窺わせるようです。「鬼」の一族に美女が混じっていたという伝説も多く、『異人』の飛来を物語るのでしょうか。

 

・「異形でない異類の異星人はとうに地球を訪れていて、地球人社会にまぎれ混み、密かに地球と我々の文明を監視・調査し社会生活をしている」とも言われていますが、人間へのウォークイン(憑依)やワンダラー(転生)によって地球にくる異次元の高等知性体の存在とその超能力については、分かる人は非常に少ないといわれます。

  遥かに進化した宇宙人(神々や天使など)が昔から地球に飛来しており、日本では鬼の伝承となっているようです。鬼の中には創造神とか美女の宇宙人がいて、記録に残っているようです。

  現代では「神々は市井の人となり普通の生活をしているので識別ができない」そうです。現代の神話はアバブ・トップ・シークレットで、メディアには載らないようです。

  天理教や大本教の新興宗教の話では、ウラの世界の神々が活躍していることが分かりますが、私たち一般人には認識不能のようです。

  日本でも宇宙人とのコンタクト話が少なくなく、プレアデス星人とのコンタクト話があります。プレアデスのとある惑星が日本民族の原郷だという話もあり、すばる星に関する民話を多いようです。異星人と国家的にコンタクトして超テクノロジーを入手したほうがよいと思いますが、何もかもがアバブ・トップ・シークレットのようです。「エイリアン・エンジニアリング」は、ロシアも研究しているのでしょうか。また「エイリアン・エンジニアリング」は米国の一人勝ちでしょうか。

 

・ちなみに全宇宙を創造した“虹の神々”も地球に来ているという与太話もあるそうですが。見えない世界の天使や堕天使の動きは、私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。

  異人は昔も今も正体不明の存在だったといわれます。異人は神だったのでしょうか。異人はオリオン星人だったといわれます。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。米国のメン・イン・ブラックの超能力は凄まじく、オリオン星人ともいわれています。

  河童の正体が、動物ではなく異星人(グレイ)であるという説が広く支持されだしたようです。

  「宇宙人がいるかどうか」を真面目に議論している学者も多くいるそうですが、現代の『地動説』『天動説』ということでしょうか?公務員の守秘義務もコンプライアンスの徹底で厳格に守られているようです。

 

・鈴鹿御前は「天女」だったのですが、「鬼」の集団の中にいたそうです。鬼のタイプの中には「人間タイプ」も混じっていたといわれます。「天女」はどこから来たのでしょうか。天国からか、異星か、分かりませんが、昔の伝説には「天女」がでてきます。シリウス星人のようにかなり進化した異星人のようです。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」ともいわれます。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。オリオン星人もいろいろと種類があり、異類異形の宇宙人も多かったようです。「鬼」もオリオン星人系列の異星人だったのかもしれません。

 

・河童がグレイの一種なら、人間タイプのエイリアンは、異人・鬼・童子として民間伝承が残っているのかもしれません。河童も「ゼータ・レチクル星人」の系列かもしれません。オリオン星人のグループは、「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)などがいるといわれています。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」といわれます。

  鈴鹿御前の「光輪車」とは、宇宙船UFOのことかもしれません。日本の昔話や記紀にもでてくる「天磐船」のように「空飛ぶ円盤」の記録があるようです。天女のような異星人が関与しており、「空飛ぶ円盤」としか思えないような「乗り物」も登場します。異人伝承は、異星人を窺わせるものも多いようです。日本の場合は、”魔女”といわず”鬼女”というようですが、《鬼道をよくした邪馬台国の卑弥呼》もエイリアンではなかったのでしょうか。“鬼女”たちは、歴史の闇に隠れたようです。

 

・天竺(インドの旧名)との異界も昔から繋がっていたようなのです。インド神界もシリウス星人とか、オリオン星人系列の神々もいたのかもしれません。映画『男はつらいよ』シリーズの場所となった「柴又帝釈天」がありますが、帝釈天(インドラ)のマハーバーラタ(紀元前10世紀頃に起きた大戦争を語り伝えた“バラタ族の戦争を物語る大叙事詩”)の神々とも繋がりがあったのでしょうか。神々は種族別にランクがあったようです。北欧神話もラグナロク(最終戦争)、善と悪との両極端にわかれての戦いを予定しています。ヴァン神族とアース神族が最終戦争をするといわれています。

  当初、小人のグレイ・タイプの異星人の映像がハリウッド映画などで全面的に出され、世界中の人々にエイリアンのイメージの印象を強烈に与えました。しかしながら、人間タイプのエイリアンもさまざまな映画になったようです。動物タイプも3割存在するといわれますし、多肢のバイオロボットも宇宙母船にいるそうです。

 

・NASAや米軍は地球に飛来しているエイリアンの種族として、133種族を確認しているそうです。当然ながら、米軍は異星に向っており、膨大な情報が蓄積されているといわれます。NASAも人間タイプの異星人には驚いているといわれます。

  「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承もいろいろと異説があるようです。「伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある」といわれます。酒呑童子、茨木童子、伊吹童子、八瀬童子、護法童子などのイメージは、人間タイプとモンスター・タイプが混ざるものが多いようです。人間タイプですが、超能力があったようです。伊吹与三郎は、「龍神」や「神」のような性格があったといわれます。

 

・「過去の伝統的存在、鬼・天狗・山姥達は金髪・碧眼(黒以外の目)などの「白人的特徴」を持っていた……」という話はよく言われています。異人は、背が高く顔が赤く、目が輝いていたと良く語られています。顔が赤い異人も異類混血を繰り返したか、遺伝子操作等で「人間化」していったのかもしれません。金髪碧眼の特色はヨーロッパ系の異星人の特徴にもあるようです。中世のドイツの領主はほとんどが「異人」か「異人」の末裔ともいわれます。異人も昔からさまざまな人間社会との繋がりがあるようですが、詳しくは分かりません。社会に同化した異人は、誰にも分からないそうです。ヨーロッパでは同化の進んだ異星人種族として、金髪碧眼のウンモ星人が知られています。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となったといわれます。ノルディックとオレンジは、両方ともプレアデス星座の“アルテア45”から来ているといわれています。グレイの「空飛ぶ円盤」に同乗していた「ナチス」とも言われている金髪碧眼のノルディックは、プレアデス星人といわれていました。

 

・わが国の天皇家の天之御中主神(あめのみなかぬし)やキリスト教の“天の父なる神”がスバル(プレアデス)信仰にあたるといわれます。プレアデス人は古代リラ星人の末裔といわれます。プレアデスに日本人の原郷があるともいわれます。プレアデスやオリオンには日本人が多く住んでいるそうです。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。ですから、オリオン星人は、太古から日本の原住民とコンタクトをとっていたようです。ですから、オリオン星人の遺伝子が、日本人の遺伝子の中に混じっているようです。異類混血で、だんだん現地人化してその社会に同化していったようです。

 

・オリオン星人が太古からコンタクトしており、人間化したようです。鬼や天狗や山姥が異星人だったとすれば、容貌が当時の現地の人々と大きく違うのは当然のようです。異人が徘徊した地域には昔から「光物」、つまりUFOの伝承が多くあるようです。『金髪碧眼の鬼達』という本を「とんでも本」と見る向きもあるようです。「鬼」は、絵画では凄まじく巨大なモンスター・タイプに描かれることが多いようです。しかし、伝説では人間タイプの鬼であったという伝承も多いようです。また鬼の仲間に美女が存在していたという伝説もあります。オリオンやプレアデスに多くの日本人が住んでいるという法螺話もあるそうです。

 

・「大本教の出口王仁三郎は、自分はオリオン星から来たと語っている」そうです。藤原氏の北極星、北斗七星信仰はシャンバラ信仰、物部氏のオリオン信仰はアガルタ信仰となるといわれます。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるといわれます。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」という伝承もあり、大変な結末になっているようです。「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。

 

・日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部に広がったといわれます。シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物であるといわれます。米国には、シリウス星人がウォーク・イン(憑依・人格転換)やワンダラー(転生)の形態で飛来しており、その数は、非常に多いといわれます。「世界の王はサナット・クマラと共に金星から降りてきた。この神人の一団はシリウス星と繋がりがある」といわれます。シリウスのレベルは、もうすでに非物質のレベルです。「源平合戦はハム系とセム系のオリオン、シリウスと北極星、北斗七星の戦いということになってくる」といわれます。「シリウス星からやってきた宇宙の神である彼らは、今もなおオリオン座との絆を大切にしています。それはひとえにオリオン座が、彼らの祖先である太陽族の故郷であるからです」と述べられています。金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、といわれます。

 

・「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。人類は45 万年前に地球にやってきたアヌンナキという異星人が、遺伝子操作によってつくった存在だそうです。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。オムネク・オネク『私はアセンションした惑星からきたー金星人オムネク・オネクのメッセージ』(徳間書店)があり、よくわかります。イスラエル政府と契約の「宇宙の商人」が シリウス星人だそうです。「ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」と語られています。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だともいわれます。「キリストの転生歴を持つ金星のマスター(長老)、サナンダと宇宙母船上で会見したという日本人がいた」といわれます。

 

・友清歓真は、異次元の異星に行ったと思われます。神仙道の世界は「霊界」と「異星界」とかが、混ざっているような世界のイメージのようです。月世界は、神仙から月球人にいたるまで、全て地球より「遥かに卑しく劣る」そうなのだが、リゲル人やグレイの基地が多くあるからなのでしょうか。さて、月周回衛星「かぐや」は、エイリアンの痕跡を発見できたのでしょうか。

  仙人も異星人のことのようです。また、異星の世界や神智学でいう高次元のアストラル界やエーテル界の世界を描写したものとおもわれるのですが?! 神仙の世界も極楽あり地獄ありで、“勧善懲悪”の世界のようです。アストラル界の住人が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だそうです。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」そうです。「アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」と述べられています。

  旧帝国陸軍の中国での戦線に白い衣服を着た神人が現れたり消えたりしたという話を昔、何かの本で読んだ記憶があるのですが、“加納天狗”のことだったのでしょうか? 愚賓(ぐひん)とは、メン・イン・ブラックのようなオリオン星人なのかも知れません。

  昔、天狗は実在したようですが、河童とともにどこに消え去ったのでしょうか。あまりに事例が多すぎて、民衆の作り話とは思えないといわれます。柳田国男は『遠野物語』は民衆の作り話ではなく事実だと述べています。

 

・神智学では4次元以上の上位次元にあるというアストラル界やエーテル界にも都市があるといわれているようです。そして、様々な天使や異人が存在しているようです。河童(グレイ)が異次元移動ができるようなら、天狗も異次元移動ができたようです。無形体の元素が目に見えない霊妙な物質のことでエーテルのことなのでしょうか。神仙道の世界は、神智学流で言えば、アストラル界やエーテル世界の様相を表現したものなのでしょうか。「アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」といわれます。アストラル界の住人が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だそうです。

 

・宇宙の「明在系」と「暗在系」で、「あの世」と「この世」を説く科学者も増えているようです。目に見えない4次元以上が認識できないので、霊能者以外は、「霊界」の存在が理解できないそうです。

  金髪碧眼の超人とは、アルデバラン星人のことでしょうか。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。地球から68光年の距離にある牡牛座のアルデバラン太陽系の二つの惑星からなる“スメーラン帝国”は、今も存在しているのでしょうか。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。幽霊現象や心霊現象も「宇宙人現象」と理解すればかなり分かるようです。

  現代では、「グレイの後に金髪碧眼のノルデックといわれている人間タイプの異星人が飛来して、その後に“東洋人タイプ”が来た」といわれていますが、そこで情報漏洩はストップしているようです。東洋人タイプには日本関係する神々(異星人)も混じっていたのかもしれません。

 

・日本の原郷に関係する異星人情報もスイスのビリー・マイヤーが、報告しているように“日本の神人”も飛来しているのでしょうか。昔の全国各地の“河童”がグレイとすると、“異人”もオリオンから飛来していたということになるのですが。オリオン星人といわれる映画にもなった米国のメン・イン・ブラックの情報もストップのようです。ドイツ民族を狂わしたのはネガティブなシリウス星人(オリオン星人)やアルデバラン星人なのでしょうか。

  ヒトラーもユダヤ人の血が入っているとも言われ、容貌は金髪碧眼とはかけ離れていたそうです。ナチスとかヒトラーは、ヨーロッパ人の持つ悪魔性を示したものなのでしょうか。ヒトラー自身、完全に人格転換された魔術師だったようです。現代の人格転換はゲイ(LGBT等)にみられるようです。ヒトラーとナチスの狂気は、誰も説明できないといわれます。

 

・超人や神人の伝承は、多いようです。グレイとともに「人間タイプの金髪碧眼の異星人が来て、その後に、東洋人タイプが来た」ようですが、彼らは地球社会に溶け込んだのか、地球から去ったのかは、分からないそうです。政府の中に政府があってアメリカ大統領といえどもコントロールできないといわれます。アメリカ空軍の士官学校の教科書には宇宙人の種類が載っているといわれます。アメリカ空軍は133種類の宇宙人を確認しているそうです。アメリカは太陽系の他惑星と外交的対話を続けており、ワシントンには金星・火星・冥王星公使館があったといわれます。

  地下世界とは異次元の世界・宇宙空間の世界、異星と考えれば、現代でも理解できましょう。昔の人々は、地下世界の入り口を探して洞窟探検を繰り返したそうです。地上から異次元の隙間に入るという考え方も多くあったようです。現に小柄な異星人のグレイは、地上から異次元移動を繰り返しているようです。壁を通り抜けるように侵入してくるグレイは気味が悪いですね。異次元の地上空間「時穴」を求めてジプシーは放浪を繰り返したという奇説もあるようです。

 

・天狗は、日本中に多くの伝説がありますが、その正体を知る者は、少ないようです。天狗は、オリオン星人系列の宇宙人だったようです。天狗の棲む異界は、非常に細かい粒子の世界で、人間の死後の世界の幽界や霊界に似ているアストラル界やエーテル界のようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。牛若丸と鞍馬山の天狗の伝承のように、源氏はオリオン星人との繋がりがあったようです。人間の肉体を離れた幽体や霊体で、自由に宇宙人は、幽界や霊界で活動しているようです。天狗の生態を描いた内容では、天狗が宇宙人の現象を呈していたように思われます。幽体離脱が、人間には希に「夢(明晰夢)の中」でおこります。しかし、異星人は幽体離脱を自由自在にできるようなのです。「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」そうです。

  日本初の本格的「霊界探訪記」の『異境備忘録』を著した宮地水位も一種のコンタクティであったのでしょう。天狗は、実際は人間の姿をしており、世界的にも「異人」として原住民とコンタクトしていたようです。「異人」のオリオン星人が世界的にアストラル界に棲んでいたのかもしれません。

 

・全国の伝説にある異人や天狗は、オリオン星人系列の宇宙人だったようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説があります。太古から、プレアデス星人やリラ星人、オリオン星人やその他の多くの種類の異星人が日本に飛来してその末裔が現在の日本人であるという説もあります。多くの異星人のDNAを日本人は持っているそうです。オリオン星人系列のモンスター・タイプの異星人は種類も豊富だったようです。「ネガティブなシリウス星人がモンスター・タイプの生物や異星人を遺伝子実験でいろいろと造り神に嫌われた」という神話もあるようです。

 

・米国に現れた金髪碧眼のノルディックという人間タイプの宇宙人と小柄なバイオ・ロボット、ゼータ・レチクル星人のグレイと言う組み合わせがリークされました。また何度もハリウッド映画にもなったMIB、メン・イン・ブラックはオリオン星人であったという話もあります。メン・イン・ブラックは人間に似ていましたがとても奇妙な容貌であったともいわれております。そして超能力も凄まじかったともいわれます。テレポート(瞬間移動)もしたようなのです。「家の中からテレポート(瞬間移動)して異界に移動できる」ということが理解できないといわれます。

  あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくるそうで、異次元移動ができたようです。またグレイはアイゼンハワー大統領の前で空中浮揚をしたともいわれています。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動している」ともいわれます。エリア51で白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」といわれます。

 

・異人や天狗や鬼や河童も異次元移動ができたようです。天狗の世界に連れて行かれた江戸時代の仙童寅吉の記録もあります。異人や天狗の世界はアストラル界にあったのでしょうか。天狗は神々の最下層のランクともいわれました。人格も劣り、人間が仲間に入りたいとおもうようなランクではなかったようです。モンスター・タイプも多いオリオン星人の系列の異星人だったのかもしれません。人間タイプの異人は、人間社会に紛れると分からなくなるようです。現代でもオリオン星人は階級意識が強いそうです。金髪碧眼のノルディックがグレイを使役していたという話もあり、異人が河童を使役していたのかもしれません。

 

・「遠野郷の民家の子女にして、『異人』にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」とあるように明治時代以前には「神隠し」や「人さらい」事件が多かったようです。異星人のアブダクション(誘拐)事件ではなかったのでしょうか。女や子供たちはどこへ連れていかれたのでしょうか。歴史の闇に葬られたようです。当時の警察は「異人」をどの程度把握していたのでしょうか。

  旧帝国陸軍の中国での戦線に白い衣服を着た神人が現れたり消えたりしたという話を昔、何かの本で読んだ記憶があるのですが、“加納天狗”のことだったのでしょうか。アストラル界の住人が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だそうですが、また「神人」もアストラル界から出てくるのでしょうか。「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」といわれます。

 

・愚賓(ぐひん)とは、メン・イン・ブラックのようなオリオン星人なのかも知れません。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。羽の生えた口ばしのある烏天狗は、有翼のドラコ人のバイオロボットだったのかもしれません。

  昔、天狗は実在したようですが、河童などとともにどこに消え去ったのでしょうか。文明開化が契機だったようです。「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」とイタリアのマオリッツオ・カヴァーロが述べています。あまりにも伝承事例が多すぎて、民衆の「作り話」とは思えないといわれます。

 

 『遠野物語』の世界は、遠野地方に特有な話ではなく、全国にもあり、世界的にも似たような伝説があるといわれます。ザシキワラシも世界中に「子供の神様」として普遍的な伝説はあるといわれます。ザシキワラシは現代人も関心があり、伝説のザシキワラシの遭遇を求めて、東北を旅する人々もいるようです。ザシキワラシのような存在は、東北地方ばかりではなく、探してみれば、全国的なもののようです。

著者(木瀬公二氏)は、岩手県遠野市に移住して、200812月の朝日新聞記者の定年後は、盛岡総局所属の朝日新聞シニアスタッフライターとして活躍中とのこと。Amazonの「本」のカテゴリーに『遠野物語』といれますと、364件の書籍が分かります。関連した本は、もっと増えそうです。

「柳田国男」ですと1000冊以上の本がわかります。私たち一般人は、到底、把握できない量ですが、関心を持つ研究者も多いのでしょう。

 

・小人やカッパの伝承、子供の神様、異人や神人の伝説は、日本特有の伝承ではなく世界的なもののようです。ビッグフットやサスカッチ当の「獣人」の伝承も日本ばかりでなく、世界中に現代においてもあるといわれます。ビッグフットは空飛ぶ円盤から降ろされているのが目撃され、エイリアン・アニマルではないのかという説もあります。現代の日本でもヒバゴンの話がありました。世界的にオリオンETグループの関係するモンスター的な生物が存在するのかもしれません。今なお、底層4次元にモンスター・タイプが生存しているともいわれます。河童は、全国に伝承がありましたし、沖縄のキジムナーや奄美群島のケンムンも河童と全く同じではないのですが、似ている形態のUMA(未確認動物)ともいわれます。人間との交流もあり、総てがUMA(未確認動物)ではなかったようです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると、日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいると指摘されています。異次元の海底基地という話なのでしょう。河童も異人が空飛ぶ円盤から降ろしたバイオ・ロボットだったのかもしれません。「河童もゼータ・レチクル星人系列のバイオロボットの一種かもしれない」そうです。河童や天狗や鬼は、異星人だったのかもしれません。

「モースさんは、『遠野物語』に書かれていることは、どこの国でも、どの地方にでもある普遍的な話だとし、「そういう意味でも、『遠野物語』は世界的な文学だ」と話した」と指摘されています。

 

・「異人、天狗、童子、河童」などの様々な農民達の伝説が載せられてありますが、これらは昔、日本に飛来した異星人ではないのでしょうか。ヨーロッパに豊富に見られるサタン(悪魔)・フェアリー(妖精)伝説に共通するものがあるようです。現代でも『垣間見たあの世』の話はあるのでしょうか。ロシアや中国にもカッパに似た未確認動物(UMA)の伝承が多くあるといわれます。

  ついでながら、『河童』は、欧米で目撃例が非常に多かった小柄な宇宙人グレイの一種であるという説が、現代では有力になってきているそうです。人間との関わりもあったそうです。遠野地方には、明治時代頃まで、異次元と交わる場所が多かったのでしょうか。 

  米国では小柄なグレイばかりでなく「大柄のグレイ種」も報告されているそうです。グレイの長身タイプがリゲル人といわれます。リゲル人と爬虫類人の交配人種が築いた国が現在の日本と中国であるといわれます。リゲル人は、米政府と協定を結んだオリオン連盟リーダーであり、この集団は1954年に米国政府と協定を結び、彼らの技術と科学を導入しているといわれます。リゲル人も太古から、人間社会に同化しているのかもしれません。リゲル人は、こと座の内戦とそれに続くこと座星系へのりゅう座人の侵略を通じ、彼らの惑星は戦争で痛ましい損害をうけたため、肉体的にも遺伝子的にも弱々しい存在になっていると語られています。

  さまざまな怪奇現象は、「農民の幻視・幻覚、共同幻想」というよりもシリウス星人が人間の姿を装い現れた現象なのでしょうか。

 

・(ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より引用)

2009/10/4、緑風荘、岩手県二戸市金田一の温泉郷にある旅館で火事が起きて座敷わらしを祀る中庭の亀麿神社以外が全焼したそうです。本館と別館で構成され本館母屋の奥座敷「槐(えんじゅ)の間」に座敷わらしの目撃例が多く文化人・著名人が多く宿泊することで有名ですが、「槐の間」は人気が高く20111231日まで予約で一杯だったといわれます。再建運動が起こって、最近では、再建されたようです。

(よくあるとされる不思議体験)

槐の間に限らず、客室を撮影するとオーブが写ることが多いとされる。

客室に奉納されている玩具(槐の間に限らない)のうち、発条で動くものは、誰も触っていない(発条を巻いていない)にも関わらず、夜中に勝手に動くことがあるとされる。

宿泊客が睡眠中金縛りにあう。髪を引っ張るなどいたずらをされる。深夜、廊下や枕元で走り回る足音が聞こえる。布団の上に乗ってくる。

 

・明治時代の柳田国男の『遠野物語』は不思議な話が多い民話集のようです。しかも柳田国男は、「全て事実」だというのですが。

  明治時代の遠野地方に現れた異人とは、オリオンETグループだったのでしょうか。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。リゲル人と爬虫類人の交配人種が築いた国が現在の日本と中国であるといわれます。欧米イルミナティは、日本のイルミナティは竜座人階層の下等な種の末裔であると主張しているといわれます。

  明治時代の『遠野物語』に現われた異人たちの話は、彼らが昔から地上を徘徊してきたことを物語るのでしょうか。山男は里人にとっては恐怖の対象である異人として語られていたようです。山男や山女の話も「農民の作り話」ではないと柳田国男は言うのですが、彼らの正体は不明です。柳田国男は当時の警察の「異人」の情報を調べなかったようです。

 

「スサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない」という奇説もあります。「天照大神はイエス・キリストのことである。天照大神を天照大神たらしめる天岩戸開き神話は、イエス・キリストの死と復活の場面を描いた物語にほかならない」という話も胡散臭い話です。しかし、天照大神クラスの異星人は、アプ星人のように、はるかに進化した宇宙人種族のようです。アプ星人は現代では南米にも飛来していると述べられます。金星人オーソンは、“真理”という意味、実は仏教では明星天子、キリスト教ではイエス・キリストであり、アダムスキー全集では“オーソン”といわれます。夢の中でアストラル・トリップしてクリスタル・シティでキリストに出会ったという欧米のチャネラーが多いそうです。「キリスト(アプ星人)の一族が地球を管理している」という奇説もあるそうです。キリストの出身星はアプ星だったそうですが、アプ星人は国際連合の設立に尽力したという話もあるようです。世界中に「自称イエス・キリスト」が数百人いるといわれます。キリストは新約聖書黙示録で輝く明けの明星(=金星人)であると述べ、またマタイによる福音書でも天雲(UFO)に乗って来るといわれます。青森県新郷村(しんごうむら)戸来(へらい)という村にキリストの墓があるというオカルト説が昔から言われております。キリストもアプ星人という宇宙人と理解すれば説明がつくといわれます。

 

・「あのバイオ・ロボットのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」と指摘されています。進化した異星人は、容易に幽体離脱ができアストラル界で「幽体」や「霊体」でみえない世界で活動できると述べられます。幽霊現象や心霊現象も「宇宙人現象」と理解すればかなり分かるようです。「霊界ははるか遠いところにあるのではなく地上1メートルのところにある」といわれます。「アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」といわれます。人間の死後の世界、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も似ている世界ですが、私たち一般人は、当然詳しくはありません。「彼らは、シャンバラのアストラル界における天使団の代表者なのです」といわれます。「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」といわれます。細かい粒子の世界のアストラル界も現代の科学では解明されていません。

 

世界の神々は、宇宙人種族として共通性があるといわれます。わが国の天皇家の天之御中主神(あめのみなかぬし)やキリスト教の“天の父なる神”がスバル(プレアデス)信仰にあたります。観音がプレアデス星人、菩薩がリラ星人、如来がシリウス星人に対応するのかもしれません。プレアデスに日本人の原郷があるともいわれます。プレアデスやオリオンには日本人が多く住んでいるといわれます。プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く神でも天使のような宇宙人でもありません。プレアデス人は古代リラ星人の末裔といわれます。プレアデス星座には6時間で行けるといわれます。プレアデスは日本人の原郷でもあり、金髪碧眼のプレアデス人もいます。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。金星蛇人と火星霊人の対立・戦争もあったようです。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」といわれます。もし事実とするならば、驚愕すべき話です。アシュターコマンドというのは金星の人で、イエス・キリストやお釈迦様で構成される12人のカウンシル(評議員)のうちのひとりといわれます。またここでいう金星というのは副金星、異次元の金星、アストラル界にある目に見えない金星のことのようです。金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、といわれます。サナトクマラは、シャンバラと金星を往復しているマスターで、彼は、百戦錬磨の戦士だといわれます。シャンバラは異次元に突入した都市型の超巨大宇宙母船なのかもしれません。この“陰陽”の二系列は地底信仰の氏族のシャンバラ(セム)系とアガルタ(ハム、ヤペテ)系の二つにも見られるといわれます。

  ナチスをはじめ歴史のおぞましい虐殺・戦争の歴史には、ハム系とかセム系とかの血流の対立・抗争が底流にあるという説もあるといわれます。堕天使ルシファーが天使団の3分の1を率いて神に反抗したという太古の物語は、現代では「天使と悪魔」、「キリスト教会とイルミナティ」の争いとかの流れになっているようです。

 

・フランス人のラエルというコンタクティで有名なサタンと呼ばれるリラ星人は「実験室で人間を創った」といわれ、一方、シリウス星人は「思念で人間を創った(?)」と指摘されています。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。人類は45 万年前に地球にやってきたアヌンナキという異星人が、遺伝子操作によってつくった存在だといわれます。

  また、シリウス星人は遺伝子操作で人間がぞっとする生物を作ったので、神に嫌われたそうです。「フランスの『美女と野獣』の話は、異類婚姻譚だ」そうです。竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配していると指摘されています。

 

・以上の説は、オカルト的な奇説なのかもしれませんが、神々の世界は、世界的にも似ているところが多いといわれます。神々=異星人と考えれば、共通性があるのではないでしょうか。人間の死後の世界で出会うという天使たちも、世界的には共通のようです。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」ともいわれますが、死後に誰でも天使的な異星人、シリウス星人に出会うようです。幽界は世界の各国で文化のレベルの違いがあるのかもしれませんが、パラレル・ユニバース(並行宇宙)だそうです。この世に似ているが、大きく違う世界のようです。やはり米国人の死後の世界、サマーランド(常夏の国)が一番すすんでいるようです。昔の西方極楽浄土のことでしょうか。

 

・天使的な異星人、シリウス星人はポジティブ・グループとネガティブ・グループが存在して、大宇宙を一層、複雑にしているようです。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれますので、不思議な話です。善と悪の世界がそれぞれ衝突しているのでしょうか。「人類の歴史は、平和な時代よりも戦争の時代が長かった」といわれます。今も、中東情勢は、戦闘が激化して、多くの難民が生まれております。

  古代イスラエル人やユダヤ人と渡来人たちを結びつける説も奇説でしょうが、そのような繋がりも全て否定することはできないようです。

「お内裏様=スサノオ命はヤハウェ」説も荒唐無稽な奇説のようですが、日本神話からはスサノオ命の正体は分かりません。スサノオ命はオリオン星人かシリウス星人系列の神なのでしょうか。

 

・「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」ともいわれ、人類に5万年進化しているオリオン星人が昔から日本社会に浸透していたのかもしれません。神々の世界は目に見えない世界なので、預言者やチャネラーからの情報に頼る以外は方法がないようです。またスサノオ命は旧約聖書の「牛神」という説もあるようです。サナンダという金星のマスター(長老)に葉巻型の巨大宇宙母船で会見した日本人もいるそうです。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。かつてイエスであった存在は現在「サナンダ」と名乗っており、アシュタールとともに彼の宇宙船に住んでいるといわれます。イエス・キリストの転生した長老だそうです。高級神のイエス・キリストは非常に多くの異星人に同時に憑依できる能力があるそうです。これが「多次元同時存在の法則」というものでしょうか。

  「お雛様=天照大神はイエス・キリスト」という荒唐無稽な奇説もあります。が、イエス・キリストはアプ星人で非常に多くの転生をしているそうです。アプ星人は南米にも現れており、国際連合の設立に協力したそうです。

 

・「<山田の蜃気楼>海岸の山田では、毎年蜃気楼が見えます。いつも外国の景色だということです。それは、見たこともない都会のようです。道路をりっぱな馬車がひっきりなしに通り、人の往来もびっくりするほど多いそうです。家の形など毎年少しも違いがないということです」という話も異次元に突入した都市型の宇宙母船でも幻影として見えるのでしょうか。単なる蜃気楼の話にしかすぎないのかもしれませんが。

  「この度の大地震に被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、犠牲になられた方々と、そのご遺族の皆様に深くお悔やみ申し上げます」という常套句が、これからも未来において、しばしば使われるのでしょうか。この頃は、全国で地震が起こっているようで、地震大国で止むを得ないのですが、不気味です。

  さて「専門家の想定外の大津波」で壊滅的な約30兆円の被害と約3万人の死者がでた東日本大震災ですが、チリ地震の津波を基準にして作成された防災計画は役に立たなかったことは、非常に残念です。なぜ明治29年の大津波の40メートル(明治三陸地震)を基準にしなかったのでしょうか。昭和8年(1933年)の昭和三陸地震の教訓は生かされたのでしょうか。昭和三陸地震の際、津波が襲来した後の田老村は、家がほとんどない更地同然の姿となったそうです。

 

・3階以上も超えてくる大津波ではたまりません。原発の津波の防災レベルも5メートルの津波基準で低かったので未曽有の国家危機となりました。放射能が東京まで飛んできたら大変な危機でした。東京の住民が避難する懸念もあったそうです。松下幸之助が「国土の狭さが諸悪の根源だ」と言ったことが思い出されます。

  防災計画は日本の津波災害史上で最大の被害となった明治29年の大津波40メートル(明治三陸地震)を基準にすべきだったそうです。「東日本大震災は、すべて行政の責任だった」と指摘されています。

 

明治三陸津波の到達高は、全般的に10メートル程度、最大で38メートル。防潮堤の高さは、資金面から限られますが、避難基準に「明治29年の大津波(明治三陸地震)」のものを参考に適用すべきだったそうです。 「明治29年の大津波(明治三陸地震)」教訓は、一部の民間人の教訓にも活かされたようです。

 

・宇宙人が地上に着陸するという現象よりも、ウォーク・イン(憑依現象)やワンダラー(転生現象)の現象は、高次元の知的生命体による霊的な精神界の現象として考えられるのでしょうか。人は皆、前世から転生する時に記憶を消去される“記憶を失った異星人”だという説もあるといわれます。

  河童やグレイと共に飛来した宇宙連合の神人や異人、遥かに進化した宇宙人たちは、ウォークイン(憑依)やワンダラー(転生)のような何らかの形で人間社会に浸透しているそうです。人間を造った遥かに進化した異人の有様は、私たち一般人には識別不能のようです。

  コンタクティの話から、宇宙人の地球におけるネットワークがあるそうです。闇の権力のように高等知性体のネットワークは、現代の知識人にとってタブーのようです。

  イタリアのコンタクティ、マオリッツオ・カヴァーロによると河童はグレイの一種で、現在も異次元に存在しているそうです。河童とともに飛来した異人のネットワークは昔からあるのでしょうか。そしてグレイ種は「人間タイプ」が非常に増えていると語られています。

 

・バイオロボットといわれるグレイとともに飛来した金髪碧眼のノルディックは、エンジェルともプレアデス星人ともアルデバランからきた宇宙人とも言われています。その後の話ですとノルディックとオレンジは、両方ともプレアデス星座の“アルテア45”から来ているといわれています。米国が宇宙連合とコンタクトしてから60年、宇宙でははるかに進化の速度が速くて、「プレアデスからシリウス星人の世に変わる」とも言われているそうです。2012年はアセンション(次元上昇)の時代といわれました。アセンディド・マスター(高級教師)が人間の姿を装い地上にでも出てきていたのでしょうか。

  天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人はパラレル・ワールド(並行宇宙)に棲んでいるそうです。歴史のシナリオを描くというシリウス星人は、どのようなシナリオを描いているのでしょうか。彼らが、人間に憑依しても誰も識別できないそうです。「宇宙人と普通の人間が区別できなくなっている」と語られています。

 

・清家博士は、昭和32年ころからの体験を述べています。大平総理から研究資金を援助してもらった逸話があったといわれます。しかしながら、当時の学界から無視された学者であったようです。あまりにも進み過ぎた学者であったようです。「当時から火星人も地球人に同化していた」のかもしれません。

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)をみますと、

清家 新一(せいけ しんいち、1936年(昭和11年)4 - 2009年(平成21年)12月)は、日本のUFO研究家。

 

愛媛県宇和島市出身。東京大学理学部大学院修了後、茨城大学機械工学や愛媛帝京短期大学物理学教室で教鞭を取る。本人の弁によれば、学生時代に火星人の女性からのラブレターを受け取ったという1969年(昭和44年)に「超相対性理論」を発表し、1973年(昭和48年)に宇和島市長堀、三島神社下に「重力研究所」(現「宇宙研究所」・同市、野川)を設立してUFO研究や宇宙人の研究に本格的に取り組む。重力消滅の実験、「空飛ぶ円盤」の試作やタイムマシンの理論と試作、重力子反応炉などの研究に取り組み、完成間近であるかのようなタイトルの著作を何冊も刊行と論文発表(識者の査読はなされていない)したが、未だに完成はしていない。1973年(昭和48年)より雑誌『宇宙艇』を刊行していたが、1998年(平成10年)の163号を最後に休刊している」とのこと。

 

ヨーロッパのフェアリーの伝説は、日本のザシキワラシ(座敷童子)や米国の リトル・グリーンマン、また道教の家の神様との相似性を強く印象づけます。小柄で異形で、異次元移動をしていたので、特に伝説に残ったようです。ヨーロッパを徘徊していた当時の服装をしている人間タイプの異人は、誰も分からなかったようです。現代ではウンモ星人がヨーロッパの社会に潜伏しているそうです。戦後、米国に金髪碧眼のノルディックとともに空飛ぶ円盤に同乗していた小柄なグレイと呼ばれる宇宙人は、バイオ・ロボットともゼータ・レチクル星人ともリラ星人系列の宇宙人とも言われています。米国で2万頭ものキャトルミューテレーション(動物虐殺)をおこないました。鋭利な刃物のようなもので内臓がえぐり取られていたそうです。グレイの栄養補給に使われたと語られています。

 

・アブダクション(誘拐)やキャトル・ミューティレーションでは米国のマスコミや警察は大騒ぎをしたようですが、アバブ・トップシークレットの情報統制により沈静化したようです。米国政府とゼータ・レチクル星人との密約が喧伝されました。現在ではタウ星人とロシアの密約とか、米政府とイスラエルとシリウス星人との通商協定の密約がリークされているそうです。

  キャトル・ミューティレーションの現場では小柄な異星人グレイの存在が確認されており、UFOも確認されています。ゼータ・レチクル星人の一部は遺伝子上の問題を抱え、種族全滅の危機に瀕しており、人間の遺伝子を求めて地球に飛来したという説もあるそうです。また、牛の内臓の栄養物を皮膚から吸収して生存しており、食道器官や排せつ器官もないともいわれています。

 

・グレイは壁を透き通るようにして部屋に侵入してくるともいわれ、メン・イン・ブラックのオリオン星人も異次元移動ができたようです。グレイはアイゼンハワー大統領の前で空中浮遊をしたともいわれております。あまりにも凄まじい超テクノロジーのためにアバブ・トップシークレットにしたようです。フェアリーと人間の「取換え子」の伝承は豊富にあるようです。また人間タイプの異人との「取換え子」の伝承もあるそうで、こちらの事例は容易に識別ができないため、伝承にもならなかったようです。

 

・フェアリーとの異類婚姻譚は伝承に多くありますが、異人との異類婚姻譚は誰も分からないようです。異人や神人の「取換え子」の伝承は、昔からあったようです。「中世のドイツの領主はほとんど異人の末裔だった」という説もあるそうです。超太古は、天使のような異星人と人間の女が交わり、徐々に人口が増えて文明や文化が育ち始めたそうです。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。またオリオン星人は非常に階級意識が強く、グレイを使用人として使役しているともいわれています。そこで異次元世界については、私たち一般人は、理解不能のようです。

 

・ホワイト・ブラザーフッドが地球上の宗教の元だそうですし、フリーメーソンもホワイト・ブラザーフッドからの流れだそうです。ヒトラーは、かってホワイト・ブラザーフッドの一員だったのだけれど、フォースを悪用したという説もあるといわれます。神様というのも善神ばかりでなく、魔神もおり、全ての物語のテーマとなっているようですし、悪がなければ善も光らないという論理なのでしょうか?
 神様といえば、「愛の神様」と『戦争の神様』がイメージに浮かぶほど、両極端のようです。かっての光の大天使ルシファーが、天使団の3分の1を率いて神に反乱し、地獄に落とされ、サタン(悪魔)の王となったというストーリーでしょうか。日本の神道もホワイト・ブラザーフッドの流れだとすると、神道の探求も必要になってくるのでしょうか。
 「菩薩」と呼ばれる存在も異星人だったそうです。シリウス星人は、地球人に憑依(ウォーク・イン)したり人格転換(ゲイなどか)をおこなったり、自由に人間に転生(ワンダラー)したりできるといわれているそうですが、ホワイト・ブラザーフッドと関わりがあるのでしょうか。ちなみにホワイト・ブラザーフッドの本拠地は、アンタレスにあるそうです。アンタレスに本拠地があるというホワイト・ブラザーフッドは、日本の「神道」と関係があるというよりも、そのものであると指摘されています。

 その昔、アンタレスにエーテル質量を操作できる異星人がいて、自由に宇宙旅行をしたといわれます。「アンタレス人は、トルコ人、ギリシャ人、スペイン人のDNAに関係し、同性愛者で生殖目的でのみ女を使用すると考えられているといわれます。

・陰謀論で話題になる、爬虫類人(レプティリアン)は、進化の程度が人類よりもはるかに高度なようです。異次元に膨大な数の高等知性体が存在するようですが、人類とのコンタクトは制限されているようです。現代になって、天使的な宇宙人の情報は増えてきているそうです。レプティリアンの米国のテレビ映画としては、1983年の「ビジター V」が製作され、日本でも放映されました。内容は、「爬虫類人(レプティリアン)が食料として人間を捕獲するために巨大なUFOのマザー・シップが地球に飛来した」というものでした。

爬虫類人(レプティリアン)に関しては、英国のデーヴィッド・アイクが、『大いなる秘密』などで、イルミナティ、フリーメーソンリー秘密結社などと結び付けて紹介していますが、彼らが自在に人間に姿を変えることができるということが理解できないという人が多いそうです。

ニルヴァーナ(涅槃・天国)の世界でも、遥かに進化した宇宙種族として爬虫類人(レプティリアン)が紹介されています。爬虫類人(レプティリアン)についても、宇宙人情報は、核兵器などの国家安全保障上の最高機密(トップシークレット)を数段階上回る『厳秘』扱いのため、詳細は不明だそうです。大昔は、食人する鬼のような宇宙人もいたのでしょうか。天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人ですが、ポジティブなシリウス星人とネガティブなシリウス星人がおり、「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なために、しょっちゅう戦争が起こる」という奇説もあるそうです。「対外戦争をすることによって、国内体制矛盾による大衆の不満をそらす」という政治手法もあるといわれます。

 

・ニルヴァーナ(涅槃・天国)にいる事故死した息子のマシューからのチャネリングを記録したもの。ニルヴァーナ(涅槃・天国)の状況や、異次元の異星人の存在が分かる貴重なチャネリングだそうです。すでに「天国の真実―マシューが教えてくれる天国の生活」が出版されています。天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人の実態もチャネリングにより分かり始めているようです。高次元の高等知性体も人間に憑依したり転生により人間を装い、地上に出てくることもあるのでしょうか。

 

・個人の人生も「あの世」で起こったことが、時を経て「この世」の人生に降りかかるといわれているそうですが? 「超太古、日本は世界の中心で、天皇が宇宙船(天の浮き船)で世界を巡航していた」という『竹内文書』の記載の内容が甦ります。大本教の出口王仁三郎の『霊界物語』の評価は、識者の間では非常に高いそうです。現代に出口王仁三郎を超えるようなチャネラー(霊的交流者)が登場しているのでしょうか。神々が、その時代、その時代に応じて、チャネラー(霊的交流者)を通して、語りかけるそうなのですが?

  20世紀中には、核戦争などによる「世界終末論」「1999年7月に人類が滅亡するというノストラダムスの大予言」などが非常に多くマスコミに登場しましたが、さすがに21世紀になるとぴたりとなくなり、マスコミもそのことは、忘却しました。

しかし、『2012年のアセンション』に関して、終末論がマスコミや映画に登場するようになりました。インターネットが情報基盤となる中での出版大不況下において「世界終末論ビジネス」はおいしいということでしょうか。神戸地震やハイチ大地震などを見れば、常に『警戒論』としては意味があるのでしょうか。

 

・「出口王仁三郎は自分はオリオン星から来たと語っている」ということは、シリウス星人系列の存在からの憑依を受けたと考えられます。オリオン星人は、「オリオンの邪体霊」ともいわれ、[宇宙の悪役]を演じている宇宙人だといわれています。「変性男子(へんしょうなんじ)」とは、ゲイのことでしょうか。「ゲイ(LGBT等)は、宇宙人の多い地域、例えばカリフォルニアやオーストラリアに多い」という説もあるそうです。「ゲイはシリウス星人により『人格転換』を受けた」という話もありますが、ゲイの発生の原因、歴史は現代の科学でも説明できないそうです。「原理、原則にやけに忠実な連中がいるらしい」ということだそうですが、その正体とは、宇宙人でしょうか? チャネラー(霊的交流者)に人気のある「艮の金神」については、多くの者が言及しているそうです。

 

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

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・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

「シリウス星人の故郷である天体イジュニュは、もっと高い周波数で共振する6次元の天体であり、地球の宇宙と同時に存在するパラレル・ユニバースに存在するのだろうか」

 

グーグルのブロガー(多言語翻訳)にも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

  

 

 

 


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「橋野川、閉伊川に沿っても、家の娘が淵の主の妻になったという話は二、三に止まらない。有名なのは茂市村腹帯のハラタイ淵の主で、すでに三つの家がこの淵の代々の主と婚姻を結んだと伝えている。(1)

 

 

 

『河童』

怪異の民俗学  3 

小松和彦  責任編集   河出書房新社 2000/8/1

 

 

 

千葉徳爾 座敷童子

私が主として説明を試みたのは、この信仰の基くところと、何故この地方のみに濃厚な伝承を留めているかである。この点については、最上孝敬氏の論考「家の盛衰」に啓発されるところが多かった

 ザシキワラシの伝承に付随して研究されるべき多くの興味ある話題については、単にその方向のみを注意することにとどめ、更に稿を改めて論じたいと思う。

(注) たとえば隠れ里に行ってもらって来た品物が、富の根源となるという話などがその一つである。

 

・こういっては失礼であるが、この研究を最も熱意をもって進められた佐々木氏などは、事例を追加しようとするあまりに、今から考えるとザシキワラシの本質から遠いものまで、資料として集積報告しておられたところがあるように見受けられる

 ザシキワラシの数多い呼びかた、ザシキボッコ、クラワラシ、クラボッコ、ノタバリコ、ウスツキコなどが、すべて童児を意味することから、それが童形のものと考えられていたことが確かである。また、これが居ると家が豊かで、それが居なくなると家が衰えるということも欠くことのできぬ性格である。憑物とちがって、一定の家系に永久的に附属しないこと、その家屋に居ていたずらなどはしても、決して「たたり」といった種類の行為をしないことなども注意してよい。

 以上の要素をそなえず、単に屋内に住む精霊(ホソテ、ナガテと呼ばれるもの)、そうしたものが示す

 

姿の有無に拘わらず、座敷に寝る者を安眠させず、枕返しをし、床の中に入り、押しつけ、押出すなどは、およそこの地方でザシキワラシの特性のように伝われている。寝ているときに、このような感覚を受ける場合は、他の地方では「もの」に憑かれる時に語られており、それには生理的原因があるらしい。例えば就床前に胃が満ちていたり、調子のよくないときがそれである。しかし、このような理由以外に、既に忘れられた潜在意識も作用しているのではあるまいか。

 

・ザシキワラシが童形にしてその存在が家の富貴繁昌をもたらす精霊とすれば、名は異なっても日本のフォクロアに類例の求められない存在ではない。「紫波郡昔話集」にのせられた福の神ヨゲナイなどが、最も近い場所の一例といえる。

 

 昔、南昌山(岩手県紫波郡煙山村)に門松迎えに行くと、笊淵に鴨が一羽浮いていた。門松を投げつけると鴨も門松も沈んでしまう。すると淵からアネサマが出て来て門松の礼を云い、自分の家にまねく。そして家で門松の礼に何か与えると云うから、ヨゲナイを欲しいといえと教えてくれる。行くと立派な座敷でもてなされ、ヨゲナイというみたくないカブクレワラシをもらう。それを家のでこに隠しておくと、よくかせいでくれるので、キシネビツに米があふれ、財布の銭がいつもあるようになった。夫が朝晩にでこに入って、にかっと笑って出てくるのをみた女房が、でこに入ってさがすと、みたくないワラシが居ったので箒で追出したところ、家は前のように貧しくなってしまった。

 

竜宮もしくは水神のおくりものとしての竜子ならば、天竜川の流域にも数多い話が伝えられている静岡県引佐郡鎮玉村のクルメキ淵から出て来た童児は、竜宮小僧といわれて、村の家々の田植の手伝いをしたり、夏のにわか雨にはすぐ出て来て干しものを片づけてくれた。長野県下伊那郡大下条村川田では、大家という家の後にある一坪ほどの井戸のような池から、カハランベが出て来て、田植の手伝いをしたり、膳椀鋤鍬の類を貸してくれたり、進んでは竈の火をも焚いてくれた。愛知県北設樂郡富山村市原の田辺家でも、屋敷の下の青淵について同じような話が伝えられる。ここから出て来た小僧は来客の時には必ずアメノウオを二尾ずつとってくれた。農業の手伝もしてくれるし、平日は竈の上もしくは釜の蓋の上に居て食事をしたとも伝え、その食事につかった御器は、欠けているが今も尚残っている。欠けた一方はこの家の親類の豊根村下黒川の荒川家にあるが、ここではこれを河童が竜宮から持って来てくれたのだといっている点は注意してよい。同郡振草村小林の大谷池という家もスミドン淵という淵に臨み、ここから出たカハランベが田植の手伝いをし、また膳椀の入用なときは貸してくれた。

 

・しかし、竜宮から来た子供の話が関東にもなかったわけではない。栃木県佐野市には俵藤太秀郷が竜宮からもらって来た童子、竜太、竜次の二人の子孫という家があり、水の神の使者だから水に手足をひたしても冷くないといって紙すきを家業としていた。そして家伝のひび薬を売っていたというのは、後にふれる河童相伝の医薬と考え合せるべきことなのである。

 

一般にザシキワラシが居るとか、家が衰えてワラシが他の家に移ったということはよくいうことであるが、元来これがどこからやって来たかを説くものは少ない。岩手県では上閉囲軍大槌町に、猿が山から下りて来て家の守神となった話があるが、これをザシキワラシと呼んでいるか否かは明らかではない。土淵村の阿部家のザシキワラシはフチサルというものだといわれるが、淵猿は河童の一名である。

 

・猿ガ石川に沿う多くの旧家で、家の子供が淵の主のたたりで育たぬとか、河童が娘のところに通って来て河童の子が生まれたとかを伝えるのは、やはり家と水の神との縁を語る神話の零落した姿であろう。橋野川、閉伊川に沿っても、家の娘が淵の主の妻になったという話は二、三に止まらない。有名なのは茂市村腹帯のハラタイ淵の主で、すでに三つの家がこの淵の代々の主と婚姻を結んだと伝えている。例えば釜石の板沢家では、娘がこの淵の主に嫁入りして、毎年一度帰って来るといい、その日玄関に水をたたえたたらいを置き、新しい草履をそろえておくと、翌朝必らず草履が濡れているのを、娘の帰ったしるしとしていた。更に上流の川井村でも、長者の娘が淵の中で機を織っているのを、その家の奉公人が落とした斧をとりに入って発見した話がある。この類話は小本川の流に沿っても岩泉町に語られており、それぞれ昔話のモティーフが、土地の旧家の淵や泉に臨むものと結びついて根をおろしたものである。

 

馬淵川にそっては、河童(メドツ)が旧家の事跡に関して淵ごとといってよいほどに語られている。或は馬を引き込もうとして捕えられ、詫証文や薬を残し、或は角力をとるなど、さまざまのいたずらをする点はザシキワラシとも似ている。やはり淵ごとに特定の家がその神を奉じて住んでいたためではなかろうか。

 

・腹帯淵にはまた、水神の文使いの話も結びついているが、同じ形は遠野郷の物見山の沼についても伝えられている。遠野の町の池ノ端という屋号の孫四郎という人、物見山の沼の主から大阪の姉神のところまで手紙をたのまれて往復し、その礼に使っても尽きぬ銭百文と、米一粒を1日に入れて一回転すれば、金の粒一つを挽出す臼とをもらった。そして長者になったが、その妻が「おれもホマツをすべえ」と思って、沢山の米を入れてがらがらと挽き廻したために、神棚から臼がころび落ちて庭の水溜りに入って消え失せてしまった。この臼が転び入った池は、明治23年の遠野大火の時に埋ってしまったというが、池ノ端の屋号はこのためにできたものであろう。「老媼夜譚」には同じモティーフの話が沼宮内にあったこととして黄金を生む子犬の形で語られており、気仙郡、胆沢郡でも黄金を挽出す臼の同じモティーフで採集され、この地方にひろく分布しているらしい。

 

・竜宮に門松や薪を奉ってその礼に小童をもらって家が栄えたというモティーフと、水の神の手紙をもって往復した礼として黄金の挽臼や尽きぬ銭をもらって富んだという語りかたとの関係をたずねる上に、参考となるのは、吉里吉里浜の善平長者の話である。

 

・ただこの一例ならばあった話が消え失せたとも考えられるが、私がこれまでに知り得た限りでは、北上地方の代表的豪家と考えられる地頭の家には、ザシキワラシが居た、または居るという家が極めて少ない。

 

・土淵村山口の孫左衛門長者はザシキワラシをもっていたが、その没落に先立ってワラシは泣きながら気仙郡日頃市村の稲子沢の長者のところに移った。

 

・このことは、遠野地方でも、九戸郡でも、ザシキワラシは旧家でしかも繁昌する家に出るもので、成上りの家にはどんなに豪家でも出ないのだといっていることが、単なる噂でなく、かなり根拠のある伝承であることを示すのである。

 

・当時、村の物持は村会議員か区長のような職をもつのが普通だったと思われるが、約80のうち17ばかりがそうした公職をもつだけだから、他の約60は財産がそれほどない家とみられる。つまり、ザシキワラシの居る家の富の程度は県内指折りというほど大きくなく、せいぜい近郷の物持として評判される程の家にすぎない。

 近世中期以後に急激に富を増加した豪家は、いろいろの事情から、ザシキワラシを水の神から与えられるような神に愛される性格をそなえているとはみなされぬことが多かった。江刺郡、胆沢郡地方でもモゲンといわれるのは一代分限であるが、呪詛や法術といった正道ならぬもので富を積んだ家のことで、かなり多くきく話である。モゲンは関西で無間筋といい、無間の鐘をついて得たゆえに、来世は地獄におちると評判される。北上地方の富豪の多くが関西出身の商人で、その蓄財法もかなり冷酷な手段のあったことが、このような噂の発生の源になっているのであろう。

 

・前に述べた上閉伊郡土淵村山口の孫左衛門長者は没落の前に狐を飼って富を得ようとした話をもつ。九戸郡山形村の豪家清水家でも盛岡から迎えた嫁が持参したという狐の像をまつり、毎月八日をマメシトギをあげていた。狐が富を与えてくれるという信仰はこの地方では比較的新らしく入ってきた文化らしく、特に小さいイヅナという狐を使って他人の秘密を知り、または貨財をひそかに盗むといった方法で、一代に分限となるという話は北上山地北部、八戸、鹿角などにひろがっている。二、三の昔話集にみられる盗人人形の話も、越中地方のヒンナ神と同じく、イヅナ系統の憑物による富の形成を意味している。従ってザシキワラシは富豪の成立には結びつかず、その衰亡にあたって出現するに止まることが多くなった。

 

・「奥州のザシキワラシの話」で、さまざまの要素の混在する伝承を一括して居られた佐々木氏は、大正十三年の「人類学雑誌」の上告では、主としてザシキワラシが女性であるものに注意されたが、昭和4年の「東北文化研究」には河童との類似に関心を向けて居られた。氏の20年の成果からのこの方向は、私の、ザシキワラシが海神小童信仰の残留であろうという推定を裏づけるものと考える。

 

・このことは、ザシキワラシの伝承が完形のモティーフとしてその出自までを説くものとすれば、北上川平地や気仙地方ではそれが脱落していることを示したものといえる。また北上山地北部で、伝承例数が絶対的に乏しいことは、やはり統計的に意味あることとして注目される。

 

・再びいうなら、ザシキワラシの出自を説く例が、一例を除いてはことごとく水中から来たといい、その分布は最も古い生活様式が残存した猿ガ石川、小本川にそう地域である。

 

収納論文解題  丸山泰明

折口信夫「河童の話」1929

・折口自身によれば、「河童が、海の彼岸から来る尊い水の神の信仰に、土地々々の水の精霊の要素を交えて来たこと」を論じたものである。しかし、本文を見てみるとその内容はそれだけにとどまらず、河童のさまざまな属性に言及している。さらに折口特有の論証抜きの解釈と想像が繰り広げられており、安易な要約を許さない論考である。おそらく、折口の文章を直線的にまとめてしまえば、その魅力は半減してしまうだろう。根拠がないからこそ豊かな想像力が発揮されるのであり、それにより生み出される発想から学ぶことも多いのではないだろうか。

 

柳田國男「河童の話」 1954

・柳田は妖怪の発生を、かつて神とされていた存在が人々の信仰の衰退により零落したものだと考えていた。河童についても例にもれず、河童の諸特性に着目しながらも、水の神が零落したものが河童であると主張している。現在では、妖怪は信仰の衰退により零落した神であるとする仮説はすでに多くの人々によって批判されているが、柳田の説いた「河童=水神零落説」はその後の民俗学における河童研究を方向づけていくことになった。

 

千葉徳爾「座敷童子」1952

・本論文では、家に住みついて富をもたらし悪戯をする、いわゆるザシキワラシにとどまらず、河童をはじめとしてウントクやヒョウトク・ヨゲナイ・ハナタレ小僧などの童形の神もしくは妖怪、さらにはイヅナ狐やモゲンなどの、家を富み栄えさせるさまざまな存在について論じられている。

 千葉はザシキワラシを「海神小童信仰の残留」と推定し、社会の生産段階・経済団塊から河童から小童への変化を説明している。すなわち、自給中心の経済社会では、人の労働力が最も重要な資本であり、よく働くことが家を繁昌させる要因であり、交換価値のみで使用価値の乏しい黄金は遠い空想に過ぎなかった。このような社会の農業段階では水利を得ることが重要であり、水の神の恩賜が家の歴史に結びつけられ、富貴の原因として河童が語られる。しかし、交通路が開かれると商品作物や手工業が流入し、ザシキワラシも河童に近い姿から色白く愛らしい小童の姿に美化され、水の神との関係が忘れられていったとしている。

 

・実際に河童からザシキワラシへと変わったかは検討を要するが、富貴譚のモチーフを生産段階・経済段階の変化と関連づけているのは興味深い。なお、千葉には本論文の他に、河童が農作業を手伝う話を分析した「田仕事と河童」(1958年)がある。

 

野村純一「河童が火を乞う昔話」 1968

・河童が火を乞う昔話を入口にして、水の精霊である河童と火のかかわりを考察した論考である。なぜ水の精霊である河童が人間に火種を貰いに来るのかという問いを野村は立てる。そして対照的に見える水と火の関係を、柳田國男の『山島民譚集』や他の伝説集の記述をひきながら考察し、「水をよく管掌するものにして、はじめて火をも管理する資格がある」とする論理が流れているのではないかと推測する。

 

・ところで、野村が河童が火を乞う昔話として引用しているふたつの話は、両方とも尻を求めてきた河童に火を与えて追い払った話であり、野村がいうように河童が火種を求めて人間に近寄ってきた話ではない。また、河童が火を嫌うことも不知火や出火の原因であることも一緒にして河童と火のかかわりについて論じようとしており、これらの点で野村の議論は錯綜しているといわざるを得ない。しかし、だからといって河童と火のモチーフのかかわり自体を考察する意味がなくなったわけではないだろう。

 

神野善治「建築儀礼と人形――河童起原譚と大工の女人犠牲譚をめぐって――1983

・本論文は「大工と人形」にかかわる河童の人形起源譚と大工の女人犠牲譚の二種類の説話を比較することにより、建築儀礼における人形の役割を考察したものである。寺社の建築に際して大工が人形を作り仕事を手伝わせ、仕事が終わったあと川や海に捨てられた人形が河童になったという説話の発生を、かつて大工が人形を作り祀った建築儀礼のなごりではないかと推測し、さらに棟上げのときに祀る人形と、その由来譚としての建築に際して女性が犠牲になった説話の構造の中で同等の位置をしめていることから、両方の説話の背景に大工が建築儀礼として人形を作ったことがあるのではないかと想像している

 本論文は、河童を主題にして考察した論考というわけではなく、建築儀礼における人形についての論文である。しかし、それまでの「河童=水神零落説」とは異なる河童の人形起源譚に注目したという点で画期的な論文であり、その後の河童研究に大きな影響を与えることになる。

 

川田牧人「妖怪の交響楽――奄美・加計呂麻島における妖怪譚の構造分析試論――」1987

河童と似たような外見的・能力的特徴をもつ奄美地方の妖怪「ケンムン」を分析したものである。それまでになされた先行研究が、ケンムンと河童の相同性を見出しケンムンを山の神の系譜だとしているのに対し、川田はケンムン譚を奄美の民俗社会・文化の中に位置づけることにより、その論理構造をとらえることをこころみている。奄美の加計呂麻島において、生業や年中行事のサイクルなどの人間の生活・神観念・動物観の三者はそれぞれ、海-山・畏憚-招迎・恩益-害悪という対の構造があり、これらが組み合うことによって3次元の二項対立構造を形成している。そして個々のケンムン譚を集積することにより得られるケンムンの全体像は、この3次元の二項対立構造を一身に体現しているとされる。

 

若尾五雄「河童の荒魂」19721975

・河童の属性のひとつである「尻子玉を抜かれる」ことを水死した状態であるとし、水死するような川の淵は渦を巻いていることから、渦巻きは河童の荒魂であり、河童は渦巻きの和魂であるとしている。そして渦巻きは水流が交叉して回転することから「河童は<交>である」というテーゼを引き出し、河童のあらゆる属性をこのテーゼにしたがって読み解く。のちの河童研究において議論されることになる河童と建築・土木事業との関係や、「河原者」との関係についてふれている部分もあり、この点では先駆的だったといえる。

 

小松和彦「河童――イメージの形成――」1987

現在のような河童のイメージが近世に形成された歴史的過程について考察している論文である。後の研究にとって重要なのは、農民とは異なる生業を営み、賤視・差別されていた「川の民」「非人」「河原者」の役割に着目したことであろう。大工が仕事を手伝わせるために作った人形を川に捨てたところ河童になったという河童の人形起原譚と、近世の資料である「小林新助芝居公事扣」の記述にある「非人」の起原譚が非常に似ていること、「川の民」「河原者」に対する当時のゆがんだイメージに関連する諸属性が河童にも見られる。これらのことから、賤視された人々のイメージが核となり、カワウソやスッポン・猿などの動物のイメージが付与されて、河童のイメージが形成されたのではないかと推測している。

 

神野善治「木子としての傀儡子」1991

神野による先の「建築儀礼と人形」と同様、河童を主題として考察した論文ではなく、木の人形である「傀儡」について論じたものである。全体の構成としては全国各地の人形芸能を紹介しながら傀儡について考察し、その一部として河童の人形起原譚についてふれている。

 奈良時代末には、人形は「ひとがた」と呼ばれ一般的に進行儀礼に用いられて、それには木製の人形も含まれていた。それにもかかわらず「木の人形」が「クグツ」と呼ばれて区別されていることに注目し、「クグツ」とは生きた人間のように動く「木の人形」のことであり、やがて人形遣いも「クグツ」と呼ばれるようになったのではないかとしている。さらに「木の人形」を操る人形遣いは特殊な能力をもっており、息を吹き込んで魂を与えることができると考えられていたのではないかと推定している。

 その上で河童について論じられており、河童起原譚と河原者起原譚が同型であることが認められ、これらの説話が源を同じくするものである可能性を認めるにしても、だからといって小松が主張するような「河原者」の実像が河童のイメージの根源になったとする三段論法は誤りではないかと批判している。

 

中村禎里「河童の誕生その他」199192

・古代において信仰され、また畏怖の対象にもなった「わに」の系譜に河童を位置づけて、歴史的な資料にもとづき、その変遷を考察している。論述は多岐にわたるが、大筋において「零落」もしくは「衰退」のあとをたどっている論文だといえるだろう。

 

小馬徹「河童相撲考――『歴史民俗資科学』のエチュード――」1996

・それまでの河童人形起原譚に批判的検討を加えた上で、小馬は河童が相撲を好む属性を考察する。代において陸墓を増築し埴輪を製作した土師氏が始祖神とするノミノスクネは日本神話において初めて相撲をとった神でもあることそして渋江氏が祖先とする橘島田麻呂(島田丸)が春日神社を造営した際に内匠頭某に人形を使役させ、造営ののちに人形を川に捨てたところ河童になったことから、渋江氏がノミノスクネ神話をもとにして島田麻呂神話をつくり、そのために河童が相撲を好むとされたのではないかと論じている。

 

毛利龍一「河童をヒヤウスベと謂うこと」1914

・著者は、河童の主である渋江氏を祀る佐賀県の潮見神社の神職であり、神社にまつわる河童の話が報告されている。

 

小池直太郎「河童資料断片」1927

・その内容は長野県を中心として集めた河童に関する話の聞き書きである。

 

中田千畝「河童の妙薬」1928

・河童に膏薬や傷薬などの病気の薬・骨接ぎの方法を教えてもらったという話は実に多い。本報告において、中田が埼玉県の熊谷で実際に聞いた河童から傷薬を教えてもらった話を記述し、さらに筑前博多の接骨医の話三篇を紹介している。また、文末には河童に関する江戸時代からの文献があげられている。

 

金久正「ケンモン(奄美大島)」  1943

・河童に似た妖怪である奄美大島のケンモンの属性と体験談の報告である。

 

丸山学「肥後葦北のヤマワロ」1950

・本報告は、丸山が昭和2412月から翌251月にかけて、当時の熊本県葦北郡の佐敷町・湯浦町・津奈木町での調査で得たものである。「一切私見を加えず、聞いたままを整理して記載」したものであり、ヤマワロのさまざまな属性が紹介されている。

 

楳垣実「河童考」1959

・「川殿」の項にある<河童の異名は元来忌み言葉だった>という仮説にしたが、忌み言葉以前の河童の本名を全国各地の「河童」に該当する妖怪の呼び名から探ろうとしている。

 

・本書では民俗学において「河童」と名づけられていた妖怪が、実際にはさまざまな名称をもっていたことを示す資料として収録した。

 

矢口裕康「日向の河童伝承――伝承存在と意識――」1981

・宮崎県域の昔話集・伝説集、および宮崎県諸塚村における河童の話を整理し、さらに矢口自身が調査で得た河童の話を報告している。そして収集・整理した資料を分析することによって、河童に対する意識は零落したと述べている。

 

河童     解説   小松和彦

「河童」とはなにか――近世に発見された「河童」

・「河童」は、数ある妖怪のなかでももっともよく知られた妖怪である。最初は恐怖を抱いていた人びとも、それが架空の生き物であったことがわかると、グロテスクでありながらひょうきんさを帯びた顔かたちに親しみを覚え、自分たちのさまざまな思いを託す手段にさえしてしまった、あの「河童」である。しかし、「河童」とは何者だったのか。改めて問い直すと、わたしたちはほとんど何も知らないことに気づくのではなかろうか。

「河童」は、川の淵や沼などの水辺に出没し、人間や家畜にさまざまな怪異をもたらすと信じられてきた「生き物」である。

 

・「河童」という語は現在では全国に知られる語である。だが、以前は地方によって呼称が異なっており、カッパは関東から東北にかけての地方の人びとの間に流布していた語であった。それがやがて共通語になり、さらに民俗学でもそれに従って学術用語として用いるようになったのである。

 民俗学者の報告に従って「河童」伝承を整理した石川純一郎によれば、河童の地域語(方言)は、おおざっぱにいえば、青森地方がミズチ系、関東から東北にかけての広い地域がカッパ系、長野・愛知地方がカワランベ系、佐渡や能登半島がカワウソ系、奈良・和歌山地方がガタロー系、四国から広島・山口地方がエンコー系、九州の大分地方でドチ系、宮崎地方ではヒョウスベ系、熊本から鹿児島にかけての地方ではカワワラワ(ガワッパ)系、奄美地方ではケンモン系である。

 

・たしかに民俗学者たちは「河童」という総称の普及には貢献した。しかし、「河童」を発見し「河童」という総称を創り上げ、その研究に本格的に取り組んだのは、近世の江戸を中心とする知識人たちであった。とくに本草学者(博物学者)がとりわけ熱心に「河童」研究をおこなっていた。自分たちが作る事典に入れるべきかどうかが大問題だったからである。

 

・そこで、文献調査と聞き書き調査などをおこなって「河童」に関する情報を収集することになった。そして分析・考察を重ねた結果、たしかなことはまだわからないが、と断わりつつ、本草学者たちは、とりあえず「河童」が実在する動物らしいと考えたようである。そして、それは、中国の「水虎」と呼ばれる動物にほぼ相当するとした。つまり、簡単にいうと、中国名「水虎」、和名「河童」、地方による異名多し、というように分類・記述されたわけである。

 これから百年ほど後の江戸後期、日本の本草集成として記述された、小野蘭山の『本草綱目啓蒙』(1802年)には、その後情報がたくさん収集されたことを反映して、きわめて詳細な記述がなされている。

 

・江戸の知識人のあいだでは、「河童」は口頭伝承から文字表象と絵画表象になっていった。このような作業を通じて、わたしたちが思い浮かべることができる河童の性格とその姿かたちが、幕末までにほぼ完成をみたのであった。

 ところが、近代に入ると、「河童」は、画家や小説家などが描く想像世界のなかに活動の舞台を移していくことになるわけである。

 

「河童」の民俗学的研究

・ところで、近代になって、この「河童」を再び学問の対象として見出した人がいた。柳田國男である。柳田國男は『山島民譚集』(1914年)のなかで「河童駒引」と題する一章を設けて「河童」について論じた。もちろん、実在の動物かどうかを吟味するのではなく、伝説上の生き物、つまり幻想動物としてである。柳田は近世の文献を博捜しながらその諸特徴を分析し、その河童伝承の本質を明らかにしようとした。すなわち、柳田がおこなったのは、本草学者が集大成した河童の性格を、逆に「河童家伝の妙薬」「馬を水中に引く河童」「河童の詫び証文」「河童の異名」等々に腑分けしながら、柳田なりの解釈をおこなったことにある。いったい、いかなる理由で、近世に全国各地に、「河童」のような幻想動物が発生したのか。その謎を解こうとしたのだ。

 

・こうして、近代の河童研究が民俗学によって開始された。だが、柳田の弟子たちは、主に河童に関するデータを民俗社会から収集することに力を注いだ。本館にもそうした調査報告のいくつかを収録してみた。かれらが柳田が提出した「河童駒引」の解釈を妥当なものと受け止め、それを疑うことをせずに、むしろそれを補強するようなデータを集めようとした。報告者が解釈を加えることがあった場合でも、河童=水神零落説にそった解釈がほとんどであった。

 

・ところが、民俗学者が民俗社会から「河童」伝承を採集していたとき、

隣接の民族学の側から、柳田國男の「河童駒引」の研究に刺激され、いわば柳田の仮説すなわち水神零落説をユーラシア大陸の文化史に視野を拡げて探るという研究が現れた。

 

・ところで、「河童」信仰(民俗学では「俗信」)の原型としての「水神」信仰を想定し、「水神」信仰から、「河童」伝承を説明しようという、いささか迫力を欠いた民俗学的研究が多いなかでも、いくつか注目すべき研究が存在している。

 

「河童」研究の新しい展開

1974年に「河童」の民俗誌的データのダイジェスト版集成ともいえる、石川純一郎の『河童の世界』が刊行されて以降、民俗学では、ときおり調査報告はあるものの、研究という言葉に値するような論文はほとんど現れなかった。

 

・こうした、いわば広い意味での河童ファンによる河童論の流行は、昨今の妖怪ブームや「闇」の文化史への関心の高まりと無縁ではない。もっとも、こうした河童論は示唆に富んだ大胆な仮説も随所に見られ、興味をそそるものがあるが、従来の河童研究を実証的な手続きをふんで更新するといったものではない。

 

・次の第二章で、「河童の行動」のパターンが検討される。すなわち、近世初期(17世紀)の第一段階の「河童」の特徴を、文献資料によりながら析出する。

(1) 人を手中に引き入れるという特徴をもつが、これは中世のヘビや近世同時代のスッポンなどの行為を反復しているにすぎないが、河童に生息地が川の淵・用水・堀などに特定される傾向があるという特徴をもつ。

(2) 河童は人だけでなく馬にも執着する。

(3) 人に捕らえられると謝罪するどころか祟るという性格をもつ。

(4) 河童が人に相撲を挑む現象、および人に憑く現象は、この時期に始まったらしい。

(5) この時期の河童の行動には、人への攻撃と人の反撃、河童の敗北と帰順といった民間伝承にみられる定型パターンはまだ現れていない。

(6) 人に捕らえられると謝罪と赦免、その返礼としての魚類の贈与、という特徴が現れる。

(7) この時期に、女性とセックスするという特徴も現れる

 

次いで、18世紀前半の第二段階での、以下の特徴が現れる。

(8) 河童が手を切られる。

(9) 手を返して貰う見返りに、手継ぎの秘伝を人に伝授する。

 

・そして第三章では、18世紀末からの第四段階の、中村が「先祖がえり」と評した新しい特徴が加わることになる。

(10) いくつかの地域で、これまではどちらかといえば忌避すべき水の精霊=妖怪であった河童が祭祀の対象になる。

(11) 九州地方では、山童との季節的変換つまり山と里の去来伝承がうまれる。

(12) さらにまた、この時期に、河童が海に出没するという伝承が現れるようになる。

(13) この結果、水神関連の伝承たとえば、「竜宮童子」系の昔話とも連絡するようになる。

 

 このような分析に従うならば、河童伝承は、近世に生まれ、その特徴を次第に増やし、その活動領域を拡張していったということになるだろう。

 

 

 

『関西弁で読む遠野物語』

読んでいるっていうより聴いている感じ。ええ感じ。ええ感じの『遠野物語』

柳田国男(著)  畑中章宏(著、翻訳)

エクスナレッジ  2020/4/1

 

 

 

岩手県遠野市出身の佐々木喜善(鏡石)から聞き書きした話

・『遠野物語』には、妖怪や亡霊が登場し、さまざまな怪異現象が記録されています。こうした現実離れした話の数々を、柳田は「目前の出来事」、「現在の事実」だと主張し、近代的知性や合理的思考では計り知れない世界を世に知らしめようとしました。「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」という有名な言葉には、柳田の発見と驚きと反響への期待が示されているのです。

 

当ブログ註;本文修正

 

<地勢>

1話 遠野は大昔、湖だった ⁉

5話 山男山女を避けて回り道

・遠野郷から三陸海岸の田ノ浜、吉利吉里の方に超えるんやったら、昔から笛吹峠の山道があります。山口村から六角牛の方へ入っていくさかい、だいぶん近道やねんけど、最近この峠を越えようとしたら、山の中で必ず山男や山女に出くわしまんねん。

 そんなんやさかい、みんなが怖がってしもて、人通りがだんだん少なくなってきて、境木峠とゆう方にべつの道を開いてん。和山を馬次場にして、二里以上も回り道やのに、みんなこっちばっかし超えるようになってしもてます。

 

98話 石塔の多く立つところ

 

神の始 いちばんええ山もろたんは、何番目の姫神?

2話 姉神が寝ているすきに、妹が……>

 

【解説】

・遠野三山のそれぞれを、三人の姫神のだれが領有するか。母神の名は明らかにされてないが、さぞかし気高い神なのでしょう。

 早池峰山は山地の最高峰で「日本百名山」のひとつ。北麓の集落に伝わる「早池峰神楽」でもよく知られています。

 

カクラサマ 子どもと遊ぶのが大好きな里の神様

72話 遊びを止めたら祟られる>

73話 信仰されていない神>

74話 神名は地名に由来する

 

解説

・題目では大きなくくりで「星の神」として98話だけが取り上げられ、「カクラサマ」と「ゴンゲサマ」は、それ以外の星の神の話として分類されています。

 カクラサマの「カクラ」は漢字で、神楽・角羅・賀久羅・神楽・神座などと記され、遠野ではかつて堂宇の中に祀られていたようですが、信仰や祭祀の詳細はわからないようです。

 カクラサマは子ども好きの神様だとされます。子どもが神仏と遊ぶのをとがめたため祟りにあったという話は、『遠野物語拾遺』の51話や52話にもみられ、前者では馬頭観音、後者では阿修羅が登場します。

 

ゴンゲサマ   火伏の神様は、片方の耳がない

110

・「ゴンゲサマ」ゆんは、神楽舞の組ごとに一つずつ備わってる、木でできたお像のことで、獅子頭によう似てるねんけどちょっと違てます。せやけど、なかなかご利益のあるものなんやていいます。

 

解説

・「ゴンゲサマ」は権現様のことで、「権現」というのは仏・菩薩が衆生を救うために仮(権)の姿をとって現れること、また現れた姿を言います。

 遠野を含めた南部領では、神意を獅子頭に移したものを権現様と呼びますが、柳田は獅子頭とは「よく似て少しく異なれり」と書いています。遠野の権現様は「火伏せ」に霊験があるとされていますが、各地では愛宕権現、秋葉権現などの権現が火伏せの神として信仰されました。

『遠野物語拾遺』にも新張八幡の権現が喧嘩して片耳を失う話があり、そこでは本編110話とはまた別の権現様が片耳を喰い切られています。柳田国男は『一目小僧その他』(1934)所収の論考などで、動物の片耳、片目片足などについて、かつての供儀との関連性を示唆しています。

 

オクナイサマ お祀りしたら幸せになる神様

14話 神様の顔に白粉を塗る風習

15話 神様は泥にまみれて田植えを手伝う

16話 コンセ様とオコサマ様

70話 木像や掛け軸でお祀りする

 

【解説】

・題目「家の神」にはコンセサマを取り上げた16話が収められ、さらに「オクナイサマ」、「オシラサマ」、「ザシキワラシ」が小項目として立っています。ここでは「オクナイサマ」に入る三篇と、「家の神」の16話を収めました。

 オクナイサマは「屋内様」や「御宮内様」と記される、まさに屋内の神です。「オコナイサマ」とも呼ばれ、次項のオシラサマと同様に、桑の木でつくり衣装をかぶせた木像のほか、掛け軸を信仰する場合があるようです。陰陽ひと組なところもオシラサマと似ていますが、田植えを手伝うことで人を幸せにするなど、農業神の性格が強いのかもしれません。

 なお16話のコンセサマは「金精様」、オコマサマは「お駒様」で、五穀豊穣や安産を祈願する性神と考えられます。

 

オシラサマ  結ばれた娘と馬は、死んで神様に祀られた

69話  桑の木をめぐる悲恋と信仰

 

【解説】

馬娘婚姻譚として知られ、桑の木に因むことから養蚕業にかかわると思われるオシラサマの話です。オシラサマ(オシラ様・おしら様・お白様)は。東北を中心に東日本の広い地域で信仰され、「オシンメ様」「オシンメイ様」(福島県)、「オコナイ様」(山形県)などとも呼ばれます。

 佐々木喜善の『聴耳草紙』にはこの69話の後日譚があり、天に飛んだ娘は両親の夢枕に立ち、蚕を桑の葉で飼うことを教え、絹糸を産ませて、それが養蚕の由来になったとあります。このようにオシラサマは養蚕の神として知られていますが、農業の神、馬の神などともされていて、地域により祈願の目的がさまざまなのです。

 

ザシキワラシ “気配”がしたら、金も地位も思いのまんま

17話 こどものすがたをした神さん

18話 幸福も連れて去っていく

 

【解説】

・ここには二種類のザシキワラシが登場します。ひとつめは、家の中のどこかに住みつき、物音や気配はするものの姿は見えません。しかし、この“神”がいると、金も地位も思いのままだと言います。ふたつめは二人の少女で、彼女たちが家を出て行くと、その家は没落してしまいます。二種類とも富貴を左右する“小さな神”として描かれているのです。

 なお、東北地方に伝わるザシキワラシの性格としては、枕返しをはじめとしたいたずらが強調される場合もあります。また、遊んでいる子どもたちの数をかぞえると、実際の人数より一人多く、それがザシキワラシだといわれます。

 佐々木喜善は岩手県内で、「ザシキワラシと河童は同じものだ」という証言を採集し、喜善と親交のあった宮沢賢治も、童話『ざしき童子のはなし』(1926年)を執筆しました。

 

山の神 真っ赤な顔で輝く目をした大男の不思議

89話  鉢合わせに、山神も吃驚

・和野の何某っちゅう若もんが柏崎に用事があって、夕方にお堂のあたりを通ったら、愛宕山の上から、えらい背ぇの高いやつが降りてきよったそうです。

「どこのどいつや」て、林の木超しに見えるそいつの顔目がけて近寄ったら、道の角でばったち出くわしてもてん。そしたら思いもせんかったせいやろ、むこうのほうが滅茶苦茶吃驚しておる。そのこっちを見た顔はえらい赤うて、眼もぎらぎらして、ほんまにたまげた顔や。

 何某は、それが「山の神」やてわかったもんやさかい、後も見んと、柏崎の村まで走り着いたんやて。

 

91話 鳥御前の災難>

93話 山中で子どもの死を告げられる

107話 「河ぷちの家」の娘>

・上郷村」を流れてる早瀬川の岸に、「河ぷちのうち」て呼ばれている家があります。この家の若い娘が、ある日河原に出て石拾っとったら、見たこともない男が来て、木の葉となんかをくれよった。背が高うて、顔の赤い男やった。

 その日からこの娘は、占いの術使えるようになってんけど、「そのけったいな男は山の神で、娘は山の神の子になったんや」て言われています。

 

108話 人心を読む術を授けられる

 

【解説】

89話の原注に、遠野で多くの山神塔が立っている場所は、「かつて山神に逢いまたは山神の祟りを受けたる場所にて神をなだむるために建てたる石なり」(原文)とあるように、『遠野物語』に登場する山の神は、山や森や木に宿る精霊的な存在ではないようです。リアルな身体を備えて、人に似てはいるものの、人とは違う能力をもつ「異人」というべき存在なのでしょう。

 山の神のなかには108話のように特殊な能力を身に着けたものもいますが、山で修行する修験者を山の神に見立てたのかもしれません。山中で暮らすこうした異人・山人を、柳田は民俗研究の最初期には重要な課題にしていました。なお題目で「小正月の行事」と重複している102話はそちらに収めました。

 

<神女 言うとおりにしたら財を得、約束を破ると……

27話 黄金があふれ出す石臼

54話 秘密を守る約束のお返し

 

【解説】

約束を果たしたおかげで財産を手にする報恩・致富譚二篇で、富をもたらしたのはいずれも神秘的な女性です27話では川渕にいた女が、昔の知り合いと出会います。柳田はこうした不可思議な女性をめぐる話を「神女」という題目に収めたのでした。

 27話の原注に

この話に似たる物語西洋にもあり、遇合にや」(原文)とありますが、イギリスには黄金を生む卵の話、また世界の各地に託された手紙を書き換える話が伝わっています。

 なお27話に登場する「池の端」の家、池端家は現在も継がれていて、敷地内に石臼大明神が祀られています。

 

天狗 山の中で出くわしたら、ただでは帰れぬ

29話 天狗が住む山に登る賭け

62話 鉄砲打ちの奇妙な体験

90話 力自慢のゆえの惨劇

・松崎村に「天狗森」ゆう山があります。

 その山の麓の桑畑で、村の若もんでなんちゃらゆうやつが仕事をしていたらえらい眠とうなってきたんやそうです。ほんで、畠の畔に腰掛けてちょっとのあいだ居眠りしようと思てたら、顔が真っ赤で、めちゃくちゃな大男が現れよってん。

 

【解説】

・遠野には鶏頭山や天ヶ森など、天狗が住むと恐れられた山がありました。遠野の人々は故人や、知人が天狗に遭遇した体験談から天狗の実在を固く強く信じていたのです。

 日本の天狗には修験道の修行者=山伏の姿が色濃く投影しています。かつての人々は天狗の姿を、赤ら顔で鼻が高く、眼光鋭く、鳥のような嘴を持つ、あるいは山伏姿で羽根をつけ、羽団扇を持っていて自由に空を飛ぶといった姿をイメージしていました。

 人が突然いなくなる「神隠し」でも、天狗にさらわれたという事例が近世以後は多くなります。国学者の平田篤胤は『仙境異聞』で、天狗にさらわれた仙童寅吉が、空中を飛んだり、異世界を見てきたりした経験を記録しました。

 

山男 娘をさらったり、焼け石を食わされたりする異人

6話 さらわれた糠前長者の愛娘

7話 子どもをどこかに連れ去る怪物>

9話 笛の名人が聞いた声>

28話 餅だと信じて坊主が食べたのは>

30話 高いびきをかく大男>

31話 女の子が狙われやすい

遠野の里に住んでる子どもが、異人にさらわれて行ってしまうのは毎年しょっちゅうなことでした。子どものなかでも女の子のほうが、ようけさらわれたんやそうです。

 

92話 風呂敷を背負って、急ぎ足で

 

【解説】

・この題目に収められている話の多くは、子どもや女性が突然行方不明になる「神隠し」と呼ばれる現象です。かつては神隠しがあると鉦や太鼓を叩いて名前を呼び、捜し歩いたものだと言います。

 その原因は、天狗や狐、鬼や隠し神などに隠されたものと信じられてきましたが、遠野では山男にさらわれることが多かったようです。神隠しには永遠に帰らない場合と山中で発見される場合があり、古来、異界と交渉する手段のひとつだと思われてきました。

 28話で描かれた「白髪水」は、北上川流域を繰り返し襲ってきた氾濫災害伝承としてよく知られるものです。なお題目「地勢」と重複する五話はそちらに収めました。

 

山女 長い髪を垂らした美女の正体は

3話  証拠に切った黒髪>

4話  粗末な着物で赤子を背負う>

34話 小屋をのぞく謎の女

35話 空を走るように駆ける女>

75話 長者屋敷への出没>

 

【解説】

山深く住む山女は、山姥・山姫・山女郎・山姥などとも言い、この題目に収められた話のように長い髪をもち、肌が白いといった特徴があります。また山女に出会ったものの多くは、病気などの災厄を受けるなどと言われています。

 東北地方で起こる神隠しでは、女性の場合、山男に連れ去られその女房になったという言い伝えが少なくありません女性が神隠しに遭いやすいのは、産後の肥立ちが悪いなど、精神的に不安定な時期が多いなどと言われてきました。

 

姥神  異能をもった女性たち

65話 今も生きている貞任の母>

71話 「隠し念仏」の信者

 

【解説】

71話で描かれる隠し念仏は、現在の岩手県を中心に青森県から福島県の一部にまで広がった秘密性を重んじた念仏集団です。江戸時代に広く行われ、西の隠れキリシタンに対して、東の隠し念仏といわれたほどでした。伝統的な浄土真宗の信仰を起源としますが、世俗化した本山の本願寺を嫌い、直接的に親鸞の教えに従おうという信仰だったようです。

 

雪女 冬の満月の夜には気をつけて

103話 雪女が遊ぶ日>

 

【解説】

雪女にかんする伝承は日本列島の各地にあり、地域によって「雪おんば」、「雪女郎」などとも呼ばれています。

 青森県の西津軽地方では元旦に現れ、最初の卯の日に帰っていくという言い伝えがあり、また山姥や一本足の子どもの姿で現れるというところもあり、こうした伝承から雪女には、歳神や山の神の性格がみられます。

 遠野でも小正月や満月が雪を照らす夜、多くの子どもを連れてやってくると伝えられていますが、雪女の出現は珍しかったらしく、その姿を確認したものは少なかったようです。

 

川童  遠野の河童は体が赤く、女を身ごもらせる

55話 川べりの家では嫁が寝取られる

56話 捨てた河童を拾いに行けば

57話 河童の足跡>

58話 姥子淵の河童の約束>

59話 真っ赤な顔をした男の子

 

【解説】

・河童(川童)は日本各地の川や池などに住み、川太郎・ガタロ・エンコウ・ヒョウスベ・メドチ・スイジン・スイコなどと呼ぶところもあります。特徴は子どもの姿で、頭の上に皿があり、髪の形はおかっぱ頭、背中には甲羅、手には水掻きといったものです。

 相撲を好み、田畑を荒したり、水の中に馬を引き入れたりするかと思えば、田植えや草取りを手伝ったり、毎日魚を届けたりするかと思えば、田植えや草取りを手伝ったり、毎日魚を届けたりする河童もいます。

 しかし遠野の河童は、女性の寝床に入り、子どもを身ごもらせるなど、多くの人が思い描く河童とはイメージがかけ離れています。しかも生まれてきた子どもは赤く、醜く、殺したり捨てられたりするのです。こうした河童像は、遠野地方をたびたび襲った飢饉により、子どもを死に至らしめざるを得なかった過酷な歴史が背景にあるかもしれません。

 

猿の経立(ふつたち)年取った猿は化け物になって人をおどかす

44話 炭焼きの小屋をのぞく不審者

・六角牛山の峰続きに橋野っちゅう村があって、その上の山に金抗があります。

 ここの鉱山に使う炭を焼いて、生計立ててるもんの中に、笛がえらい上手な人がいてます。その人がある日の昼の間、小屋で仰向けに寝転んで笛吹いていたら、小屋の入口に掛けたる垂菰(たれこも)をめくるやつがいてまんねん。びっくりしてそっち見たら、猿の経立(ふつたち)や。

 あんまし怖くて起き上がったら、猿の経立(ふつたち)は向こうにゆっくり走っていきよった

 

45話 頑丈な毛並みで女をさらう

猿の経立(ふつたち)は人にえらい似てきて、里の女をなんべんも連れ去るようになります。

 経立(ふつたち)は毛に松脂塗ったくって、その上に砂をつけとるもんやさかい、毛皮は鎧みたいで鉄砲の弾も通らへん

 

46話 鹿笛をほんとの鹿だと勘違い

・栃内村の林崎に住んでる、いまは五十近い何某っちゅう男が、十年ほど前、六角牛に鹿撃ちに行ってオキ吹いていたら、猿の経立に出くわしたんやそうです。

 猿はオキの音をほんまの鹿やと思ったみたいで、地竹を手でかきわけながら、大きい口開けて、峰の方から下りてきよる。何某は胆潰れるぐらいびっくりして、笛吹くのんやめたら、経立はそのうち道反れて、谷の方へと走っていきよった。

 

47話 山から経立(ふつたち)が降りてくる

48話 峠で待ち受けるいたずらもの>

 

【解説】

・ふたつの題目、「猿の経立(ふつたち)」と「猿」(47話)をひとつにしました。経立は、動物が驚くほど長い年齢を取り、妖しい力が使えるようになったものを言います。猿の経立のほか、犬の経立、雄鶏の経立などさまざまな経立がいて、青森県の野辺地あたりでは経立のことを「へぇさん」と言い、愛知県の北設楽郡では年を経た狐や山犬、猿のことを「フッコ」と呼ぶそうです。岩手県の下閉伊郡安家村では、雌鶏の経立が、卵を食べる人間を怨み、子どもを取り殺したと言います。

遠野に現れる猿の経立は、人間の女をさらう点で、山男や天狗のような山界の異人と共通しています。

 

山の霊異 夢か現か幻か、深山での出来事

32話 白鹿と地名由来>

61話 白鹿と白石>

95話 けったいな大岩>

49話 仙人峠の落書き>

 

【解説】

・鹿は古くは「シシ」「カノシシ」とも呼ばれ、人々と深い関りを持ってきました。鹿皮が武具などに用いられるほか、肉、骨、角などもさまざまな用途に利用されてきたのです。

 また古くから奈良の春日大社や広島県の厳島神社などでは、神使として神聖視され、害獣であるシカを捕らえて豊作を祈願することもありました

 白いシカを神聖視する伝承は中国にもあり、北海道のアイヌは、シカは神が天上でウサギ狩りをするときの猟犬で、シカの毛は真っ白で立派な角を持つと伝えています。

 なお49話だけの題目「仙人堂」はこちらに入れました。

 

昔の人 いまでも語り継がれる変わりものたち

8話 サムトの婆

日暮れるころ、女や子どもが家の外に出てたら、神隠しによう遭うたりするんは、よその国と同じです。

 松崎村の寒戸てゆうとこにある家で、若い娘が梨の木の下に草履脱いだまんま、行方知れずになりましてん。せやけどそれから30年もして、親類や知り合いがその家に集まってるとこへ、その娘がえらい老けて帰ってきよった。「なんで帰ってきてん?」て尋ねたら、

「あんたらに会いたいから帰ってきたんや。せやけどうち、また行くわ」

言うて、跡形も残さんと、また消えてしまいよってん。その日は、風のえらい強う吹く日やったんやて。

 そんなことがあったもんやさかい、遠野の人はいまかて風がにぎやかな日には、「きょうはサムトの婆さんが帰ってきそうな日やなあ」て言うんやそうです。

 

10話 夜中で聞く叫び声>

11話 狂ったせがれ>

12話 遠野の生き字引>

13話 赤ゲット、赤頭巾の酔狂>

21話 お稲荷さんのご利益>

26話 田んぼのうち>

84話 海辺に住む西洋人>

85話 「白子」がいる家>

 

【解説】

8話は有名な「寒戸(サムト)の婆」の話です。じつは遠野に「寒戸」という地名はなく、松崎村に「登戸(ノボト)」が実在します。このため「寒戸」は「登戸」の誤記であるとか、柳田の聞き間違いであるとか、あるいは柳田が話を改変したのではないかという説があります登戸では、急にいなくなった旧家の娘が数十年後に村に現れたと伝わり、「モンスケ婆」と呼んで、恐れられてきたと言われています。

 なお題目にはない85話をここに収めました。

 

家の盛衰 長者の家はなぜ衰えてしまったのか?

19話 孫左衛門家の没落>

20話 蛇を殺した報い>

24話 「大同」の由来>

25話 吉例の片門松>

83話 開かずのつづら>

 

【解説】

・山口孫左衛門は18話と24話にも出てきます。また21話で、狐から家を富ます術を得ようとしたのもこの家の当主でした。裕福な長者が没落したり、何かのきっかけで滅亡したりすることは、民話の世界にとどまらない厳しい現実だったことでしょう。

 

マヨイガ 山中で気配がする家を見つけたら……>

63 無尽蔵の器>

・小国村に住んでいる三浦某は、村いちばんの金持ちです。その三浦家のいまから二、三代前の主人のころは、家はまだ貧しいし、奥さんはちょっとのろい人でしてん。

 

64 手ぶらで帰ってきた婿

 

解説

マヨイガは「迷い家」で、山中に忽然と現れる人気のない屋敷、またその屋敷を訪れたものをめぐる伝承のことです。マヨイガを訪れたものは何かを持ち出して帰ると、富貴が得られるのですが、63話と64話の結末が異なるように、だれもがマヨイガの恩恵を受けられるとはかぎりません。

 こうしたマヨイガは、「隠れ里」をめぐる伝承とも重なります。隠れ里は、人間が容易にはたどり着けない富貴自在の別世界で、山の中や水の底にあると想像されてきました。川の上流からお椀や箸、米のとぎ汁などが流れた、米搗きや機織りの音が山の中から聞こえてきたといった伝説が、日本の各地に数多く残されています。

 

前兆 あの出来事は悲劇は前触れだったのか

78話 雪合羽を着た男>

96話 芳公馬鹿と出火>

 

【解説】

・ものごとの前兆に気づく予知能力をめぐる話は『遠野物語』のなかにはいくつもあり、少しあとに登場する「まぼろし」にも出てきます。

 96話の芳公馬鹿は、火事を予知する超越的な力が備えており、原文では「白痴」とみなされています。しかし民俗的な社会においては、知的に障害がある人は差別されるだけでなく、人に見えないものが見えたり、感じられないことが感じられたり、未来に起こる出来事を予知する能力をもつのではないかと畏怖されることもありました。

 なおもとの題目のうち20話は「家の盛衰」に、52話は「色々な鳥」と重複のためそちらに移しました。

 

魂の行方(その1) 親しかった人への最後の挨拶

22話  ひいばあさんの帰還

23話 この世への執着

86話 道普請を手伝う>

 

【解説】

・「魂の行方」は『遠野物語』のなかでも重要な題目です。

 

・その22話と23話における幽霊出現のリアリティを、三島由紀夫は『小説とは何か』(1972年)のなかで激賞しています。「『裾にて炭取にさわりしに、丸き炭取なればくるくると回りたり』と来ると、もういけない。この瞬間に、われわれの現実そのものが完全に震撼されたのである」。炭取の回転によって「超現実が現実を犯し、幻覚と考える可能性は根絶され、………幽霊の方が『現実』になってしまった」。幽霊の出現を現実にする遠野の奥深さを表す話だと言えるでしょう。

 

魂の行方(その二) 思いがけない死者との再会

97話 菩提寺の上空を飛ぶ

99話 津波で妻と別れた男

・土淵村の助役をしている北川清の家は、字火石にあります。

 北川家は代々の山伏で、お祖父さんは正福院てゆう、ぎょうさん本を書いてる学者で村のことをよくしてきた人です。

 清の弟の福二ゆう人は、海ぎわの田の浜に婿入りしてんけど、こないだの大津波で奥さんとお子さんを失くして、屋敷の立ってたとこに小屋をこさえて、そこに助かった二人の子どもと一年ほどいてます

 清二が、夏の初めの月のええ晩、便所に行くのに立ったら、遠くの波がザバーンて打ち寄せる、浜辺に沿うた道の方が気になりましてん。そしたら、深い霧の中から男と女の二人連れが近よってくるさかい、よう見たら女のほうは、死んでしもうたはずの嫁さんやないかいな。

 気づかれへんように後つけて、船越村の方に行く岬の洞穴まで追っかけて名前呼んだら、こっちのほう振り向いて、「ニコッ」て笑いよる。「男はどこのどいつや」と思て見たら、同じ里の、やっぱり津波におうて死んだ男やってん。そう言うたらじぶんが婿入りする前に、嫁さんと仲ようしとったちゅう男や。

「あんた、すんまへん。この人と夫婦になりましてん……」言うもんやさかい、

「おまえ、子どものこと可愛いことないんか?」て言うたら、嫁さんは顔色変えて泣きよる。

 せやけど、死んだもんと口きいたと思われへんし、なんやもう悲しゅうて、情けのうて足元見てたら、男と嫁さんは急いで行くんで、小浦へ行く道の山陰まわって見えへんようになってしもてん。

 追っかけてみてんけど、「あれは、ほんまに死んでしもたやつらや」て気ぃついて、夜明までぼーっと立ってて朝になって帰りよった。

 そんなことがあってから、福二は長いことわずらったんやて言います。

 

100話 化けた女狐>

 

【解説】

明治291896)年615日、犠牲者約22千人にのぼる明治三陸地震津波が発生しました。このとき99話の舞台である田の浜(現在の岩手県下閉伊郡山田町船越)では、138戸の家のうち129戸が流出し、死者が483人、生存者は325人と、集落の半分以上の人が亡くなってしまったのです。北川福二の妻もそのうちのひとりだったのです

 柳田国男は明治三陸地震津波の被害をもとに『二十五箇年後』という文章を書いています。大津波から四半世紀後、三陸沿岸を歩いた柳田が目にしたのは、漢文で記された津波記念碑で、現在の村民には読むことができないため津波の教訓が伝わっていない。高台に移転してもやがて海辺に戻ってくる人々の現状とその心情に、柳田は思いめぐらせたのでした。

 97話は目に浮かぶほど鮮やかな「臨死体験」の記録です。

 

まぼろし 思いすごしか、前兆か

77話 石を枕にして寝る男

79話 ヨバヒトの気配

80話 遠野特有の間取り>

81話 青ざめた顔の男>

82話 手に映る人影>

 

106話 山田の蜃気楼

・海岸の山田では蜃気楼が毎年見えるねんけど、いっつも外国の景色なんやそうです。見たこともあらへん都会のようすで、馬車が路上をさかんに走ってて、人の往来かてびっくりするぐらい。せやけど家の形は、毎年ちょっとも違うことがあらへんのやて。

 

【解説】

79話や81話で柳田は、「間取り図」を示しながら、幽霊や物の怪は、家の「構造」から生まれてくると示唆しているかのようです。そんな柳田の間取りに対する関心は明治441911)に山梨県南都留郡道志村を旅した際「常居」という言葉が気に掛かって以来だと考えられています。なお、もとの題目のうち23話は「魂の行方(その1)」に移し、題目「家のさま」から80話をこちらに移しました。また題目に含まれない106話はここに収めています。

 

昔々 結びの言葉は「コレデドンドハレ」

115話 山姥話の宝庫

116話 木の唐うどと石の唐うど>

117話 オリコヒメと鶏

118話 紅皿欠皿の話>

 

【解説】

・民間伝承のなかには、瓜から生まれた「瓜子姫」、「瓜姫」、「瓜子織姫」、「瓜姫御寮」などと呼ばれる娘の話が全国に残っています。

 美しく成長した瓜子姫は、機織りをしている最中に、アマノジャクにだまされて殺されそうになります。結末はおもに二つあり、殿様に嫁いで幸福に暮らす話と、アマノジャクに殺されてしまう話です

 瓜子姫をだますのはアマノジャクのほか、『遠野物語』のようなヤマハハ(山姥)や猿などの場合もありますが、最後には退治されてしまいます。大事に育てた娘が殺されてしまう陰惨な話は、現実に起きた出来事を記憶するために物語化したものかもしれません

 

 

 

『山神を見た人びと』

 高橋貞子   岩田書院   2009/3

 

 

 

東北文化史の古層へ

今では有名になった『遠野物語』ですが、当時これを評価したのは泉鏡花と芥川竜之助くらいで、多くの人は趣味本位の書物にすぎないと見ていました。しかし、この発刊が機縁になって、地方に埋もれた文化への見直しが始まり、やがて民俗学が生まれました。人々の語る伝承の比較によって日本人の歴史がわかるというのは、まったく新しい学問の誕生でした。

 

遠野で、『遠野物語』が再発見されたのは新しく、昭和45年(1970)ごろからでした。岩手国体の実施に当たって、地域の文化を観光資源として活用することが図られましたが、その年はちょうど発刊60年にあたっていました。その後、遠野では民俗学資料に重点を置いた博物館、佐々木記念館を核にした伝承園、柳翁宿と柳田の隠居所を含むとおの昔話村、南部の曲がり家を移築した遠野のふるさと村といった施設を整備しました。

 

・『昔なむし』の巻末にある「岩泉地方の昔ばなしとわたくし」には、幼少時に昔話を聞いた思い出から、家業と子育てをしながら採集と執筆を行った様子が書かれています。店先や汽車の中が聞き書きの場であり、夜中や早朝が原稿用紙に向かう時間だったのです。書くことへの執念と信頼が、こうした貴重な資料集を生みだしたのです。

 

<山の神に出遭った人>

・岩泉の向町の佐々木亥之松(いのまつ)さん(明治生)は、20歳だったある日、山仕事で山中に入りました。奥山まで行ったとき、いきなり樹の間から顔の真っ赤な大柄の人が出て、ずいと顔を合わせました。「あ、あー」とおどろいた亥之松さんは、後退りました。ところが、相手は亥之松さん以上におどろいた様子で、うろたえながら樹の蔭に隠れました。

 さあ、亥之松さんは転がるようになって家に戻ると、

「その顔はらんらんとして燃える火のようだった」

と家の人に話したきり、40度の高熱を出して寝込んでしまいました。

 高熱はなかなか下がりません。亥之松さんは重態でした。あまりのことに家の人は、神子さまに、ご祈祷を頼んでお宣託を聞きました。

 お宣託は、

山中で出遭った顔の赤い人は、山の神だったのです。

山の神は<木調べ>のために山中を歩いておられたのです。人間に見られてはならない姿を見られて、山の神もおどろかれたのでしょう。亥之松さんの病は、40日間病床に臥せば恢ります」

と、告げました。

 そのご、ほんとうに亥之松さんは40日間でもと通りの健康体にもどって、そのあと長生きをして生涯を終えました。

 

<山男にさらわれた娘>

・田野畑村田代の南という家に、名をハツエと呼ぶ美しい娘がおりました。ある日、ハツエは、手籠を持って春菜を摘みに出かけたまま、突然、姿を消しました。

 家族はもちろんのこと、村中が総出となって探しましたが、ついにハツエを見付ける「ことはできませんでした。ところが、その日から十数年たったある日、村のまたぎ(狩人)が山中でハツエを見ました。

 ハツエは、ごつごつとした岩の上に座って、長い髪を櫛でとかしていました。またぎはおどろいて、「ハツエではないか」と、声を掛けました。

 ハツエもまたぎを見ると、おどろいた様子で、なつかしそうに涙をはらはらと流しました。やがて、

「あの日、山男にさらわれて山女になった。あのころのハツエではない。今は山女なれば、おいらに出会ったことをだれにもしゃべるな。もし、しゃべったら、われの命は無いと思え」

 こう言うと、さいごは恐ろしい形相となって威しつけました

またぎは、

「だれにも一切しゃべらない」

と、約束をしました。ハツエは、

「約束を破れば、3年のうちにお前は死ぬぞ」と、更に威しました。

またぎは秘密を抱えて山を下りましたが、心の中は平らではありませんでした。だんだん体の調子まで悪くなるようでした。こらえかねたまたぎは、ついにある日、ハツエと出会った一部始終を、村のだれかに話しました。

 またぎはだんだんやつれてきて、青白くなって死にました。山女に出会って3年以内のことでした。

 

<人身御供とヒヒ>

・遠い昔のことです。小本海岸の波鼓が舞のあたりに巨大な松の古木があって、その枝に強そうなヒヒ(マントヒヒの異称)が腰掛けていました。そこは浜通りとして人びとの往来するところでした。

ところが、よく人隠しがあって、突然、人が見えなくなってしまう騒ぎがありました。

「なんでもあのヒヒが人を食うらしい」と、人びとは恐れました。

 村人たちは相談の結果、若い娘を人身御供にヒヒに差し出して、ご祈祷をすることになりました。

若い娘は毎年一人ずつ、裸にされてヒヒに供えられました。のちにその娘たちの魂を鎮めるために「人殺神社」が建立されましたが。明治以前に廃社になったということです

 

天狗山から鼓の音

・小川の国境峠に天狗山があります。海抜654メートル。昔から天狗の隠れ住む山と伝えてきました。

今でも国境集落の人びとは、

「トン、トン、トン、トン」

と、天狗山から鳴り出す鼓の音を聞いています。

 やがて鼓の音は、集落を囲んで立つ峰から峰をわたり歩いて、

「トン、トン、トン、トン」

と、鼓の音を聞かせるといいます。

 鼓の音は、四季も時刻も関わりがなく、いつ、どうともなく聞こえ出すようだと、国境の人びとは気付きました。

「きっと、天狗様は、ご自分の所在を知らせたくて、鼓を打つのだろう」と言い合って、鼓の音を聞くと、どんな仕事をしていても手を休めて戸外に集まり、天狗山を眺めるということです。

 

天狗に殺された12人の神楽団体

・天狗森は、猿沢の奥にあって、昔は天狗が隠れ棲んでいた深い森でした。近くの与一屋敷では、あるとき神楽宿をしたのですが、朝には、12人の神楽団体全員が死んでいました。与一屋敷の人は全員無事でしたが、この一大事に気付きませんでした。

 その夜、真夜中の与一屋敷に天狗が舞いおりて、神楽衆の一人ひとりの口に息を吹き込んで殺したのでした。人間は天狗に息を吹き込まれると、即、死ぬといいます。その方法は、天狗は鼻が高いので、人間の頬に頬を近寄せて息を吹き込むと伝えていました。

 猿沢の武田博さん(昭和4年生)は、少年時代に与一屋敷跡に行ってみました。そのときの与一屋敷跡には、土台石や腐った建築材が見えたので、そんなに遠い出来事ではないと思ったそうです。

 

ツチグモと呼ばれた種族

・遠い昔、この地方をはじめて開拓したころ、われわれと別にアイヌとツチグモがいました。アイヌは狩猟をして山で暮らしていましたが、ツチグモは極端に小さい体で、山野に穴を掘ってその中に隠れ住んでいました。

 穴の入口に木の葉や草を被せていましたが、とても獰猛でアイヌや村人が通ると、いきなり襲って穴の中に引きずり込んで、猟物や食料を奪い、衣類を剥ぎ取りました。ツチグモはとても怖かったということです。

結局、ツチグモは絶滅したのですが、ツチグモを退治したのはアイヌでした。

 

 

 

『キジムナー考』

木の精が家の神になる

赤嶺政信    榕樹書林  2018/8/1

 

 

 

キジムナー

キジムナーは、沖縄の人々にとって最も馴染みのある妖怪であり、キジムナーについては、これまでにいくつもの論考が発表されてきた。従来の研究を振り返ってみると、筆者には重要な論点が看過されてきたという思いを禁じ得ず、本稿の出発点はそこにあって、第一部では、その点と関わるキジムナーの民俗学的考察を行う。第二部では、第一部の検討結果につなげるかたちで、八重山諸島における家屋の建築儀礼をめぐる問題の検討を行ない、建築儀礼のなかに窺うことのできる人間と樹木霊(キジムナー)との交渉をめぐる問題について考察していく。そして結論として、八重山の床の間で祀られる家の神は家屋の材料となった樹木の精霊が転化したものであること、すなわち、「木の精が家の神になる」という見解を提示するつもりである。

 

キジムナーは何モノか

・キジムナーは、地域によって、セーマ、ブナガヤ、ボージマヤなどの異名がある。これらの語義について深く立ち入って検討する用意はないが、いくつかの説については紹介しておきたい。

 折口信夫は、ブナガヤの「ぶながる」は長い髪をふりみだすという意味で、ブナガヤはそれに由来するという。山原出身の宮城真治もブナガヤは、「蓬髪の意である」と述べている。また宮城真治は、羽地のボージマヤについて、ボージは坊主でマヤは迷わす義であろうとしている。なお、宮城は、今帰仁のセーマについてその語義は不明だとしている。

 奄美地域にはケンムンの話が豊富にあるが、キジムンとケンムンは語の構成や説話の内容の類似からして同様のものと判断できる。また、宮古と八重山にはキジムナーという名称はないが、沖縄本島地域のキジムナーと共通する性格を有する説話上の存在が認められ、それについては後段で注意を向けるつもりである。

 さて、キジムナーとはいったい何モノなのか、その正体にせまるために、キジムナーという言葉の意味について立ち入って検討することにする。

 キジムナーはキジムンの愛称辞だから、キジムンという言葉の意味を考察する必要がある。キジムンの語頭にある「キ」は、キジムンが樹木を棲み処としていることからしても「木」であることは間違いないだろう。そして、末尾の「ムン」は、ヤナムン(悪者)、マジムン(魔物)などの用法にもみられる「ムン」であることも疑い得ないが、琉球語の「ムン」が日本語のモノノケ(物の怪)などに用いられる「モノ」にも通じる言葉であることに注意を向けておきたい。すなわち、『大辞林』で「もの(物)」を引いてみると、六番目に挙げられる意味として、「鬼や悪霊など、正体のとらえにくい対象を畏怖していう語」とある。

 

・次に、保育園の園児の遊戯歌としてもよく使われている「チョンチョンキジムナー」の歌詞に注意を向けることによって、キジムナー像の輪郭を浮かび上がらせていくことにしたい。

 

・この歌詞に歌い込まれているキジムナーに関する情報は、以下のように整理できる。チョーバン石という家の側にガジマル木に住むキジムナーは、その家の住人であるカマデーという男と友だちになった。カマデーは、月夜の晩にキジムナーに誘われて漁に出かける。魚取りがうまいキジムナーのお陰で毎回大漁するが、キジムナーは魚の目玉だけ食べて、あとはすべてカマデーにあげる。カマデーはキジムナーから貰った魚を売ってお金を稼ぎ、立派な家が造れるほどであった。キジムナーの嫌いなものは、暁を告げる鶏の鳴き声、蛸とオナラである。キジムナーは実にいい奴で、キジムナーと友だちになるとただで中国(唐)旅行やアメリカ旅行にも連れていってくれる。キジムナーとの魚取りは実に楽しいものであるが、夜が明けきらない内に切り上げて家に戻らねばならない。

 

この歌詞に注意を向けるのは、歌い込まれているキジムナーの性質が、これまで明らかにされてきたキジムナーの性質とかなりの部分が一致するためである。たとえば、『沖縄大百科事典』でのキジムナーについての解説は以下のようになっている。姿は赤面、赤頭、小童で、古い大樹の穴に住み、行動・性質は、①漁を好み、魚の左目を食い、蛸を嫌い、②松明を持って海や山の端を歩く、③寝ている人の胸を抑えるなどの特徴をもつ。アカガンダーとは、直訳すれば「赤い髪の毛」だが、今風に言えば茶髪といった方が通りがいいであろう。

 

・柳田國男は、岩手県遠野市で伝えられていた話を聞き書きしたものを、1910年に『遠野物語』として出版するが、そのなかの第27話として次の話を掲載している。

 

(第27話は当ブログ修正)(ウェッブサイトmikovskaja  noteから引用)

・早池峰から出て東北の方角、宮古の海に流れる川を閉伊川という。その流域が下閉伊郡である。遠野の町の中にて今は池の端という家の先代の主人、宮古に行っての帰り道、この川の原台の淵というあたりを通ったのだが、若い女ありて一封の手紙を託してきた。遠野の町の後なる物見山の中腹にある沼に行って、手を叩けば宛名の人が出て来るでしょうと言う。この人は請け合いはしたれども、道々心にひっかかっていたところ、一人の六部(巡礼者)に出会った。この手紙を開き読んでその人が言うには、「これを持っていかないとあなたの身に大きな災いがある。書き換えて渡した方がいいでしょう」とて更に別の手紙を渡した。これを持って沼に行き、教えられた通り手を叩いたら、若き女が出てきて手紙を受け取り、その礼ですといってとても小さな石臼をくれた。米を一粒入れて回わせば下より黄金が出てくる。この宝物の力にてその家はやや豊かになったが、妻が欲深く、一度にたくさんの米をつかんで入れたところ石臼はしきりに自ら回転して、ついには毎朝主人がこの石臼に供える水の、小さい窪みの中に溜まっていた中へ滑り落ちて見なくなってしまった。その水溜まりはのちに小さな池になって、今も家のかたわらにある。家の名を池の端というもそのような理由である。

 

・「池の端」という家が裕福になったことの由来を語る話であるが、藤井が指摘するように、それに関与している二人の「若き女」は明らかに通常の人間ではなく、その意味では妖怪の話と同様に怪異に属しているといえる。

 柳田は『遠野物語』を出版した翌年の1911年に「己が命の早使い」という小論を発表するが、そのなかで柳田は、『遠野物語』第27話と同じ話が、遠野地方に限らず、遠野から遠く隔たった甲州と備前にもあり、また、12世紀に記録された『今昔物語』にも掲載されていること、さらには、中国の古い文献にも似た話が見出されることを指摘したうえで、以下のように述べている。

 

何故こんな突拍子もない話がわざわざ日本にまで輸入されたか。また、仮に偶合であるとすれば、何故人の頭脳のなかにこういう思いがけず空想が発現したか。これらは、学者が、万年かかっても、とても明らかにする事のできない人類の秘密で、妖怪研究の妙味も、結局するところ、右のごとき神韻渺の間に行かなければならないのかと思うと、やはり宇宙第一の不思議は、人間その物であるといわねばならぬ。

 

 すなわちこの文章から、妖怪や怪異談についての研究が目指すべきものは、妖怪の存否や怪異談の真偽の追求にあるのではなく、それを「空想」した「宇宙第一の不思議」な存在である「人間その物」の研究であるという柳田の考え方を読み取ることができる。「キジムナー考」と題する本書は、キジムナーという妖怪についての研究ではあっても、柳田にならって言えば、キジムナーの怪異談の真偽そのものの解明が目的ではなく、最終的には、キジムナーの怪異談を「空想」した人間についての研究であることを強調しておきたい。

 

・ところで、先述したようにキジムナー譚に共通する特徴として魚の片目(左目)だけを食べるというがあるが、その背景をめぐる問題について若干触れておきたい。柳田國男に『片目の魚』という論文があって、そのなかで、社寺などの池にすむ魚が片目であるという伝説の存在に注目し、次のように述べている。

 つまり以前のわれわれの神様は、目の一つある者がお好きであった。当り前に二つ目を持った者よりも、片目になった者の方が一段と神に親しく、仕えることができたのではないかと思われます。片目の魚が神の魚であったわけは、ごく簡単に想像してみることができます。神にお仕え申す魚は、川や湖水から撮って来て、すぐに差し上げるのはおそれ多いから、当分の間、清い神社の池に放しておくとすると、これを普通のものと差別するためには、一方の眼を取っておくということができるからです。実際近頃のお社の祭りに、そんな乱暴なことをしたかどうかは知りませんが、片目の魚を捕って食べぬこと、食べると悪いことがわるといったことは、そういう古い時からの習わしがあったからであろうと思われる。

 

 すなわち、片目の魚の伝説は、祭の際の神への供物として、ほかの魚と区別するために片目を潰した歴史的事実と関連するはずだというのである。

 そして柳田は、同じ論文において、沖縄・奄美のキジムナーが魚の片目を食べることに関しても、以下のように言及している。

 また天狗様は魚の目が好きだという話もありました。……山から天狗が泥鰌を捕りに来る……天狗様が眼の玉だけを抜いて行かれるのだといっていました。これと同じ話は沖縄の島にも、また奄美大島の村にもありました。沖縄ではきじむんというのが山の神であるが、人間と友だちになって海に魚釣りに行くことを好む、きじむんと同行して釣りをすると、特に多くの獲物があり、しかもかれはただ魚の眼だけを取って、他は持って行かぬから、たいそうつごうがよいという話もありました。

 

沖縄のキジムナーを山の神だとする柳田の見解には関心が引かれるところであるが、ここでは措いておくとして、沖縄や奄美のキジムナーが魚の片目だけ食べることと、日本の各地にある片目の魚の伝説が関連しているだろうというのが柳田の見通しである。ただし残念なことに、柳田は沖縄のキジムナーについてそれ以上の言及をしていない。柳田の見通しについては筆者もその通りだと考えるが、それ以上の議論を展開する力量は筆者にはなく、ここでは柳田の見解については筆者もその通りだと考えるが、それ以上の議論を展開する力量は筆者にはなく、ここでは柳田の見解について読者の注意を喚起しておくに留めざるをえない

 

・また、蛸を嫌うのも各地のキジムナーに共通する性格であるが、その意味するところについては筆者には見当がつかず、またこれまでの研究においても、説得力のある見解は出されていないと思う。これについても、今後の課題ということになる。

 

富を司るキジムナー

「チョンチョンキジムナー」の歌詞に、キジムナーと一緒に漁をしたカマデーが、魚を売って得たお金で立派な家を造るというのがあったが、本章では、そのことに関わる問題について検討することにする。キジムナーのお陰で人間が富を得るという話は数多く、次の事例はそのひとつである。なお、以下における説話の引用では、読みやすくするために文章の一部を変更することがあることをことわっておく。

 

事例1

 大宜味村謝名城の某家の主人は、ブナガヤに稼がせてなり上った。山に居て、ブナガヤが来ると食い物を始終やって手なずけておき、材木などを運ばせた。大力だから大きな木を担いで、庭の真中に投げ出した。走る事も速くその姿は人に見えなかった。しまいにはブナガヤが離れるのを望むようになり、柱ごしに蛸をかけて置いたら逃げてしまって、その後一切来ることがなかった。ブナガヤは、木のうろの中に居る。

 

・ブナガヤを使って山から木を運ばせ、そのお陰で「なり上った(金持ちになった)」家の話である。この話では、後には蛸で脅してキジムナーと縁切りをしているが、その後の展開については語られていない。次にあげる二つの事例のように、縁切りをした後の結果について語る話も多い。

 

(事例2

 豊見城村名嘉地の大家の大きなガジマルの木にキジムナーが住んでいて、その家の主人と親しくなった。キジムナーは、主人を連れて海に行き、魚をたくさん取ってくれたので、その家は豊かになった。あるとき海でキジムナーの嫌いな屁をしたら、キジムナーは怒ってその家のガジマルには住まなくなったために、その家は貧乏になった。

 

事例3

 宜野湾市間切新城村の中泊の屋敷に大きなビンギの木があり、そこに住むキジムナーがその家の翁と友だちになり、毎晩彼を海に連れて行った。キジムナーは魚の左目だけ自分で食べ、あとは翁に与えたために、翁は裕かに健やかに生活していくことができた。翁は、始めは嫌でもなかったが、後には毎晩起こされるのがつらくなってきた。翁は何とかしてキジムナーと手を切ろうと思い、一夜かのビンギに火をつけると、キジムナーは、「熱田比嘉へ、熱田比嘉へ」と云いながら去って行った。その後、裕かに暮らしていた新城村の家はたちまちつぶれ、キジムナーが移り住んだ熱田村(北中城村)の比嘉家は金持になった。

 

・次に、奄美のケンムンも富を司る性格を有していることを、以下の二つの事例によって確認しておきたい。

 

事例4

 その家は、野菜などを作るには便利の良い所だったが、そこまで行く道が悪かった。その家の後に水溜りがあって、そこの娘は暑い時にはすぐそれに入って浴びたところ、まだ十才にもならぬ娘なのに、おなかが大きくなった。不思議なことじゃねーといっているうちにお産をしたら、生まれた子がケンムンによく似ていた。ていねいに育ててみると、猫か何かみたいに、家の周囲を廻っていた。その家に野菜がいくら出来ても不便なので買いに行かなかったのであるが、女たちはその赤子を見たくて遠方からでも野菜を買いに来たために家計がよくなったそうだ。

 

事例5

 オジさんの奥さんの妹が山に入っていた時、ケンムンに迷わされて妊娠した。生まれた赤子はケンムンの子どもで、頭が丸く、手も足も真黒で手足の指は長かった。いつもヨダレをたらしていたが、たいへん力が強く、山へ行ってたき木を投げたり、モチを容易にひっくり返したりした。その家は笠利村で一番の分限者で金貸しなどもしていたが、そのケンムンの子供が五才ぐらいで死んでしまってから、たちまちのうちに落ちぶれてしまった。

 

・このふたつの話では、主人公はケンムンではなくケンムンと人間の間にできた子供ということになっているが、富を司るケンムンのイメージが反映しているものと理解していいだろう。

 ところで、次の話はどうであろうか。平安座島(うるま市)に伝わる話として佐喜真興英が報告したものである

 

事例6

 浜端の翁がキジムンと友達になり、キジムンは毎晩彼を連れて漁に出掛けた。左の目だけ自分で食べて後は、皆彼に与えた。彼はお蔭で長生きをした。後になって彼は、キジムンと交際するのが末恐ろしくなり、キジムンと交際を絶とうと決心した。ある晩、お前は何が一番恐いのかと聞くと、キジムンは蛸と鶏だと答へた。翁は次の晩タコを門口にかけ、自分は蓑を着て屋根の上に、キジムンがきた時に羽ばたきをして暁を告げる鶏の真似をした。キジムンは鶏かと思って立ちよらなかったが、よく見ると浜端の翁であることを知り、取り殺してやろうと進もうとしたが、門口にかけてあるタコが恐くて慄へあがって、そのまま姿を消してしまった。キジムンは浜端の家には来なくなったが、翁はその後三日経って死んでしまった。

 

・この話で、キジムンと付き合って浜端の翁が得た者は具体的な富ではなく長命ということになっているが、長命はすぐれた富の一種であり、これまでみてきた富を司るキジ譚と同一のメッセージを伝えるものとして理解していいだろう。

 

・以上のことより、キジムナーが家の盛衰を司る存在であることが明らかとなる。くりかえして言うと、キジムナーと仲良くなり、それとうまく付き合っている間はその家は富み栄えるが、キジムナーを追放した家は何らかの災いを被り、衰退することになるのである。この点でのキジムナーは、主に東北地方で伝えられているザシキワラシと共通した性格を有することになる。

 

キジムナーと縁切りをする理由

・この説話におけるキジムナーとの縁切りは、魚を独占して金持ちになった家が周囲の人に妬まれたことが契機となっており、話の展開としては納得しやすい内容になっている。しかし、この種の筋書は管見の限りではこの一例しかなく、他のほとんどすべては、キジムナーと親しくしてきた当人自身がキジムナーを追放する話である

 縁切りをする理由について多くの逸話にあたってみても、明確に語られることがなく、また語られたとしても、キジムナーとの付き合いが煩わしくなったからといった程度のものでしかない。富み栄えたことを妬まれた結果、妬みを抱く人々によってキジムナーが追放されるのは理にかなった筋書で納得しやすいのだが、富をもたらしてくれるキジムナーを、それとの交際が煩わしいというだけの理由で追放したというのは、どうも釈然としないものが残る。話の結末を知っている我々としては、少々煩わしくてもキジムナーとの交際を続けておけばよかったのに、と思うことになるのである。

 

キジムナーの両義的性格>

本章では、人間に対するキジムナーの存在が、正・負(プラス・マイナス)両面の性格を有して、いるということに注意を向けていきたい。まずは、正の側面からみていくことにする。

 キジムナーが人間にとってプラスの存在であることは、海での漁や山から木を運ぶ手伝いをすることによって人間に富をもたらす存在であることに端的に現われている。さらに、キジムナーと友だちになり、大和見物に連れていってもらった話や、キジムナーが住んでいるウスクの木に芋を置くと、一週間ほどでキジムナーと友だちになることができるという話も、キジムナーのプラス面と関わるはずである。

 その一方で、キジムナーのマイナス面を語るものとしては、井戸裏の燃えさしで人間の目に突き刺すなど、人間に非常に残忍な仕返しをするという点に見出すことができるだろう。以下で、キジムナーによる残忍な復讐譚の事例をさらにいくつか追加しておく。

 

・さらに、キジムナーの性格のマイナス面を示すものとしては、おなじみの寝ている人の胸を押さえつける話や、キジムナーが人間の霊魂を抜き取るという話などをあげることもできる。久高島(南城市)では、キジムナーに連れ去られた女性が、村人の必死の捜索により洞穴から発見され家に連れ戻されたが、赤土を食べさせられた痕跡があり、周囲の人間による看病のかいもなくしばらくして病死したという話が伝えられている

 

事例12

1 ある人が嫁に行ったけれど、姑めがとてもきびしくていじめたそうな。

2 最期には、夫も姑めといっしょになって、嫁をだまして奥山に連れて行ったそうな。

3 そして、両方の手を広げて、カジュマルの木に、五寸釘で打ちつけたそうな。そして殺したそうな。

4 この嫁の魂が、ケンムンになったそうな。神様にはなることができず、人間に石を投げたり、千瀬や山のガジュマルの木にいたりするそうな。

5 ケンムンは、人が「おうい」と言うと、「おうい」と答えて、「相撲取ろう」と言うそうな。夜歩いていると、火が何十もついたり、消えたりするのを見ることがあるけれど、あれは、ケンムンの頭に皿があって、その中の水が光って、そう見えるということだよ

 

・副田晃は、奄美ではケンムンの由来譚として語られる説話が、沖縄では、この事例のように木の精の由来譚として語られる傾向にあることを指摘しているが、そのことからも、木の精とキジムナー(ケンムン)との間にはつながりがあることが理解できるだろう。

 

「最近、キジムナーがめっきり見えなくなったのは、沖縄戦の時に艦砲射撃で皆やられたらしい」という説があるという。キジムナーの絶滅化の一方では、大宜味村は1998年の村制90周年記念事業として、ブナガヤのキャラクターデザインを公募し、大賞に選ばれた作品を村起こしに活用しようと試みている。大賞に選ばれた作品は愛らしくデザインされており、子どもたちのマスコットに相応しいものとなっている。当然のこととはいえ、人間を拉致したり、人間に残忍な仕返しをしたりするキジムナーのネガティブな側面は完全に捨象されており、その点は冒頭に掲げた「チョンチョンキジムナー」の歌も同様である。

 キジムナーの絶滅化と、一方でのキジムナーのマスコット化という今日的現象は、われわれの社会が長い歴史を通じて維持してきた人間と自然との緊張が失われてしまったこと、あるいは失いつつあることと相関関係にあると考えていいだろう。

 

山から木を運ぶキジムナー

・伊波普猷は、キジムナーを「もと海から来たスピリットで、藪の中や大木の上に棲み、人間には少しも害を及ぼさないもの」と述べているが、海から来たスピリットであることの根拠は示されていない。また渡嘉敷守も、キジムナーが海で漁を営むことに着目してキジムナー海に原郷を持つ存在として捉えている。これらの見解は、先に検討したキジムナーの語義からしても同意できるものでなく、本章で注目するところの「山から木を運ぶキジムナー」の性格を無視したことから導かれた誤った見解である。 本章では、従来の研究では注意が向けられることのなかった山から木を運ぶキジムナーにについて焦点を当てることによって、キジムナーについての理解をさらに深めていくことにしたい。

 

・大宜見村の二つの事例から、山から材木を運び、あるいはさらに家造りを手伝うというキジムナーの性格が明らかになる。山から材木を運ぶというキジムナーの話は、その他に、大宜味村白浜と国頭村安田からも採録されているが、他のモチーフに較べるとそれほど数は多くなさそうである。しかし、このモチーフを有する話がかなり古い時代から存していたことは、17世紀初頭の琉球に滞在した僧侶の袋中が記した『琉球神道記』の記事からして明白である。

 

・この話でいう「國上」(国頭)は、沖縄本島北部のいわゆる山原地方のことだと思われる。造船用の材木を山原の山から伐る際に、琉球国の人たちは「山神」(山の神)に依頼するのだが、山の神は次郎・五郎という二人の小僕に言い付けて(下知して)それを実行させるというのである。小僕という表現は、次郎・五郎が山の神の家来であり、かつキジムナーがそうであるようにその身なりが小さいことを意味しているだろう。次郎・五郎が日本衣装を着ているとか、名前も日本的だというのも興味深いが、いずれにしてもこの次郎・五郎が、今日のキジムナーに系譜的に繋がるものであることは疑い得ない。

 この説話の舞台も沖縄本島北部であるが、山から木を運び家(船)造りの手伝いをするというモチーフの話は、砂川拓真が指摘するように山が豊富にある沖縄本島北部に集中的に分布するものである

 

山から木を運ぶキジムナーの性格に注目する理由について言及する前に、類話が宮古と奄美にも存在することを確認しておきたい。宮古にはキジムナーという言葉はないが、キジムナーと類比できる説話上の存在が認められる。マズムン(マズムヌ)あるいはインガマヤラブ、インガマヤラウなどと呼ばれるものがそれであり、まずは、旧伊良部町佐和田の次の説話に注意を向けたい。

 

事例19

・伊良部の人がインガマヤラウというマズムン(魔物)と友だちになり海に漁に行くが、マズムンのすみかをつぎつぎと焼いたので、マズムンは八重山に移り住むことにする。マズムンが「遊びにこい」と言ったので、男は八重山に行きマズムン家を捜す。男はマズムンの友だちに会ってマズムンの家を聞き、「マズムンの家を焼いたのは自分だ」と話す。マズムンの友だちが、それをマズムンに話すと、マズムンは男に仕返しをしようと思い、みやげ箱を一つ与えて、「家に帰ったら、家族を集めて戸を閉めきって箱を開けろ」と言う。男は帰る船の中でみなに「箱を開けて見せろ」とせがまれ、箱を開けると、マラリヤの菌が飛んでいって来間島に着き、島の人はみな死んだ

 

・この説話に登場する「インガマヤラウというマズムン」は、人間と漁をし、住処を焼いた人間に復讐するという点において、キジムナーと同じ性格を有していることがわかる。罪のない来間島の人たちがマズムンの仕返し犠牲になったという語りは興味が引かれるところだが、その点は不問に付しておく。

 つぎに、宮古のマズムンも家造りのために木を運ぶ性格があることを、以下にあげる旧上野村新里の説話によって確認したい。

 

(事例20

津波で生き残った人たちが、知らずにマズムン(魔物)の集まる所に村を作る。村人たちが広場で踊っていると、マズムンも加わって踊り、鳥の鳴き声がすると帰っていく。ふしぎに思った村人が鳥の鳴きまねをして、あわてて帰ろうとしたマズムンを朝までつかまえていると、焼けた木になる。マーガという人がマズムンたちのところへ行って、「家を建てる材木を運んできてくれたら、ごちそうをする」と言うと、マズムンは承知する。マーガは、マズムンたちが家の近くまで材木を運んでくると、屋根で鳥の鳴きまねをすると、マズムンたちは材木を置いて逃げる。マーガは翌日の夜「ごちそうを作って待っていたのに、なぜ来なかったか」とマズムンに言い、同じようにして一軒分の材木を運ばせた。

 

・このように、宮古の説話に登場するマズムンやインガマヤラブは、沖縄本島地域のキジムナー同様に、材木を運び、家造りを手伝う性格を有していることがわかる。キジムナーとの違いは、宮古の場合は、人間にだまされて木を運ばされるという点にある。事例20の「マズムンを朝までつかまえていると、焼けた木になる」という語りやインガマヤラブのヤラブが樹木の名称であるのは、この妖怪が、キジムナーと同じく木の精霊の化身したものであることを示しているものと思われる。

 次に、奄美のケンムンについてみていきたい。

 

事例22>)昔、ある所にひとりの大工の棟梁がいた。その人は独身で、自分には嫁の来てがないだろうと思っていた。ところが、同じ村に絶世の美人がいて、これまた自分には良人になる人がないだろうと思っていた。が、ある日のこと、棟梁が美人を見染めて、自分にはあの人以外には妻になるものはいないと思ったので求婚した。

1 ところがその女がいうことには、「はい。あなたの妻になりましょう。だが一つ条件があります。それができたら私はあなたの奥さんになりましょう」と言った。その条件とは、畳が六十枚敷ける家で、内外の造作のできた立派な家を一日で建築してほしいというのであった。

2 それで棟梁は「よろしい、一日で完成してみよう」と言って家に帰った。ところが容易に引き受けたものの、はたと困ってしまった。考えに考えぬき、そこで彼は藁人形を二千人作ってまじないをして、息を吹きかけてみたら人間になった。彼は、二千人のひとりひとりにそれぞれの役を割りあてて、その一日で注文通りのすばらしい家を完成した。

3 そこで彼は彼女の所へ行き、約束を果たしたことを告げると、「仕方がありません。約束通りあなたの奥さんになりましょう」と言って、そこで二人は夫婦になった。

4 数年経て、妻が棟梁に「自分はこの世の者ではない。自分は天人である、だから人間であるあなたと暮らすことはできない」と言った。が、棟梁も、「自分も人間ではないテンゴの神である」と言った。そして、「先の二千人の人間は元に返そう」と言って息を吹きかけたところが、みんなケンムンになった。

5 そこで千人は海、残りの千人は山に放してやった。七月頃になると、「ヒューヒューヒュー」と言いながら海から山にケンムンが登るそうだ。

 

 この話では、大工の家造りの手伝いをした藁人形がケンムンになったとはっきりと語られていることに注目したい。この点を踏まえたうえで、奄美のケンムンに関する資料に注意を向けていくと、たとえば、「クィンムンは人間に悪戯もするが、また協力もする。山から木を伐って下ろす手伝いをしたり、海での貝拾いを手伝ったりする」という報告を見いだすことができる。

 

・原田信之は、八重山地域におけるキジムナーと同類の妖怪の名称として、石垣島のマンダー、小浜島のマンジャー、マンジャースー、西表島のアカウニなどがあるとし、次の小浜島の事例をあげている。

 

(事例23

 昔、男がマンジャーと友達になった。毎日魚を取り、マンジャーは目玉を、男は魚を取った。うるさくなった男は、マンジャーが出てくるあこうの木に火を付け、伐採した。怒ったマンジャーは、男を呪い、焼いたので、男は岩の下に隠れた。

 

 この話に登場するマンジャーは、友人となった人間との魚取り、人間の裏切りとその後のマンジャーによる復讐などの筋書きからして、明らかに沖縄のキジムナーと同類のものである。類話は、西表島でも確認できるのでそれについてもみておこう。

 

(事例24

 網取のクバデーサーの木にいたシーというのは木のヌシ(主)のようなものです。クヮーキ(桑の木)にもやっぱりヌシがいます。桑の木の穴から人の形をしたシーが出て来て、魚をとる時にたくさん魚がとれるように助けてくれるのです。

 

 「人の形をした木のシー」というのはキジムナーそのものであり、魚取りのモチーフも沖縄のキジムナーの話と一致する。このように、数は少ないものの、八重山地域においても沖縄のキジムナー譚と類比できる説話があることがわかる。しかし、筆者が注目したいのはこの種の存在(説話)ではなく、じつは、これまで沖縄のキジムナーとの関係では全く言及されることなく看過されてきた説話が八重山地域には存在しているという事実である。

 以下にあげるのは、「小人伝説」という項目で『沖縄文化史辞典』に掲載されたものである。

 

(事例25(西表島祖納))

 昔、西表島の祖納部落にひとりの貧しい若者がいた。住むに家なく、着たきり雀の乞食同然のあわれな姿で、誰も相手にしてくれない。赤子の時に両親を失い、お爺さんに養われたが甲斐性がないので、お爺さんにもきらわれて家を追い出されてしまった。悲しさのあまり若者は泣きながら、無茶苦茶に山奥を歩きまわり、泣き疲れて洞穴かと思われるばかりの大木の虚にたどりつき死んだようにねむった。何時間たったかわからぬが、ふとどこからか声がする。「若者よ悲しんではいけない、元気を出して懸命に働けば、きっとお前は幸福になれる。御前はこれからすぐ御前が生まれたお父さんお母さんの屋敷に帰って見るのがよい」。ハッと若者は起き上がった。木の虚からさすすがすがしい朝の光に、若者は元気を取りもどして山をかけ下り、自分の屋敷にいった。ところがどうだろう。屋敷は草一つないまでに掃き清められ、屋敷の真中に大きな大黒柱が一つ立っている。これはどうしたことか、昨夜の夢といいこれはただごとではないぞ、と若者は物陰に隠れて、しばらく様子を見ているとたくさんの小人がエッサ、コラサといろいろな材木を運んで来る。物に憑かれたように若者が小人の後を見え隠れにつけていくと、だんだん山奥へ入り、驚いたことにたしかに昨夜一夜の宿を借りたあの大木の虚へ入っていくではないか。彼は夢ではないかとじっと目をこらしていると今度は小人たちがエッサ、コラサと建築材料をかついで麓へととんでいった。彼は木のほらの入り口へ近づき、そして梢を見上げると、それは西表の樵夫達がジンピカレーといっている木(和名、ヤンバルアワブキ)であった。若者はその一枝を折り取って急いで自分の屋敷へ引き返したが、そこはりっぱな家がすでにできあがって村の人達が集まって落成式の準備をしているところであった。村の人たちは若者を大黒柱のそばに案内した。若者がよくよく見れば、それはジンピカレーであった。思いあたるところがある若者は、手にもったジンピカレーの枝を打ち振り打ち振り大きな声で落成式の祝いごとをとなえながら大黒柱のまわりを何回もまわり、村の人たちも唱和した。それ以来だれも若者を馬鹿にする者はいなくなった。小人の話を伝え聞いた村人たちは誰いうとなくジンピカレーにユピトゥンガナシ(寄人加那志)の名をつけ、柱立て(建築の初め)の儀式にはかならず大黒柱の先きにユピトゥンガナシをかけるようになった。

 

 この「小人伝説」は、琉球諸島の説話資料を集大成している山下欣一・他編(1989)および稲田・他編(1983)にも収録されておらず、キジムナー説話の類話としてとりあげられたのはかつて一度もないが、これまで山から材木を運び家造りの手伝いをするキジムナーの話をみてきた我々としては、この説話に登場する小人は「八重山のキジムナー」だと断定することができる。この説話から「八重山のキジムナー」が建築儀礼と関わっていることを窺うことができる。

 

八重山の家の神

・八重山諸島では、床の間に「家の神」を表彰する香炉が置かれるのが一般的で、それをザーフンズンと呼ぶ宮良部落についての報告では、「ピヌカンとザーフンズンがそろって一世帯という条件とみなし、それを『プトゥキブル』と呼んでいる。プトゥキブルの一つであるザーフンズンは家の主要な守りであるとし、新築したときの落成式に拝んだ香炉を床の間に置き、ザーフンズンとする」とされている。

 

・八重山の家の神の変遷について、次のような仮説を導き出すことができたと考える。八重山の床の間で祀られる家の神の正体は、両義的性格が馴化された木や茅の精霊である。この家の神は中柱に宿るものであったが、家屋の内部に床の間が設置されるようになったことを契機にして床の間の香炉を通しても拝まれるようになった。その点については、与那国のトラノハの香炉とドゥントゥヒラの関係、白保のミーシキ儀礼におけるフンジンと中柱の関係などにその痕跡を窺うことができた。次の段階として、床の間の香炉と中柱の関係が忘失される一方で、中柱に対する信仰は残存し、さらに、床の間の香炉で祀られる神は、実体不明の家の神として拝まれるという現在のような状況を迎えることになった

 

 

 

『琉球怪談』 現代実話集  闇と癒しの百物語

小原猛   ボーダーインク  2011/2

 

 

 

<キジムナー>

・たとえば沖縄でもっとポピュラーな妖怪であるキジムナーは、戦後という垣根を越えると、急激に目撃例が減少している。取材していく中でも「戦前はキジムナーがいっぱいいたのにねえ」「戦後すぐはいたけど、もういないさ」という、オジイ、オバアの声を聞いた。

 もしかしたら戦争でのウチナーンチュの意識が変わり、キジムナーの存在を受け入れなくなってしまったのかもしれない。沖縄戦、という次元を超えた壁が、怪の世界にも立ちはだかっていることを、身を持って実感した。

 

<戦後の駄菓子 キジムナーのはなし1

・Nさんはとある離島の出身である。

 Nさんのまわりでは小さな頃から、キジムナーの話は日常的に伝えられてきたのだという。

 その昔、キジムナーは家々を回り、さまざまな人々と物々交換をしていたのだという。

 

・島のキジムナーは、本島のキジムナーのようにガジュマルの樹を住処とせず、洞窟の中で暮らしていたという。

 戦前までは、むらを訪れては食べ物を交換したり、人間に火を借りにきたことさえ、あったのだという。そんなキジムナーも、戦後はぱったりと現れなくなった。

 だがNさんは、幼い頃にキジムナーを一度だけ見たことがあるのだという。

 夕暮れどき、Nさんがまだ子どもの頃、実家の家の近くの浜辺で遊んでいたときのこと。

 一人のキジムナーが、森の中から現れて、Nさんのほうをじっと見ていたのだという。友達数人もその場所にいたが、彼らにはキジムナーを見えるものと、見えないものに分かれたのだという。見えたもの代表として、Nさんはキジムナーに声をかけることになった。

 Nさんは、知っている限りの方言でキジムナーに挨拶をしたが、どれも無視されてしまった。

友達の一人が、駄菓子をくれたので、Nさんはキジムナーのそばまでいって、駄菓子をあげたのだという。

 するとキジムナーはそれを奪ってから、すばやく林の中に逃げていった。それが、おそらく島で見られた最後のキジムナーに声をかけることになった。

 それ以来、キジムナーを「感じた」とか、「らしき影を見た」という話は、何度も耳にしたそうだが、キジムナーに正面で出会ったという話は、あまり聞かれない。

 

<小便 キジムナーのはなし2

・Tさんが子どもの頃、Fくんという友達がキジムナーが棲んでいたといわれているガジュマルの木に立小便をしたそうである。

 友達は、えい、キジムナーなんていないさ、怖くない、と大声で叫びながら、木の周囲に小便を輪のようにひっかけた。キジムナーを見たことはなかったが、信じていたTさんは怖くなって一目散に家に帰ったという。

 夕方、気になったTさんは、小便をかけた友達が住んでいる団地へ行ってみた。

 

・すると、部屋の中は見えなかったものの、3本指の奇妙な跡が、いくつもガラス表面についているのが見えた。

 まるでニワトリの足のような、3本指の奇妙な跡が、いくつもガラス表面についていた。

 

・次の日、Fくんは学校を休んだ。そして次の日も、次の日も学校を休んだ。

結局、1週間学校を休んで、帰って来たときにはゲッソリと痩せていた。

学校で久しぶりに会ったFくんは、Tさんにこんな話をしたそうだ。

 小便をかけてしばらくすると、気分が悪くなってきた。

 家に帰ると、立てなくなってそのまま寝込んだ。

 母親がどうしたのかと聞くので、しかたなくガジュマルに小便をかけた、と本当のことを言った。母親はあまり迷信を信じるほうではなかったので、風邪ぐらいにしか考えていなかった。

 ところが、Fくんが寝ていると、ベランダにまっ赤なキジムナーが何人もやってきては、ガラスをぺちゃぺちゃたたき出した。母親も一緒になってそれを見たので、すぐさま知り合いのユタを呼んで、その夜にお祓いをしてもらった。

 ユタがいうには、この子がしたことは悪質だったから、お灸をすえる意味でも、1週間は熱を引かさないようにした、とのことだった。

 その言葉通り、Fくんはちょうど1週間後に熱が引き、学校に来ることができたという。

 

<赤ら顔  キジムナーのはなし3

・Wさんが子どもの頃、学校に行くと、友人の一人がおかしなことになっていた。

 顔は赤く晴れ上がり、はちきれんばかりにバンバンになって、非常に苦しそうだった。本人も、息ができんし、と喘いでいる。先生が寄ってきて、どうしたね、と聞くと、その生徒はこんな話をしたそうだ。

 朝起きてみると、顔が赤く腫れ上がって、息ができない。オバアに相談すると、「これはキジムナーが悪さをしているから、ユタに見てもらいに行こう。ただし、そのユタは午後からしか見れないから、昼過ぎに学校に迎えに行くまで、学校でおとなしくしている」と言われたそうだ。

 

・次の日には、その子は何事もなかったようにケロッとして、学校に登校してきたそうである。

  

<今帰仁の小さなおじさん>

・Fさんが早朝、自転車に乗っていたとき、目の前の空き地に、知り合いのオジイが倒れていたという。

 死んでいるのかと思って自転車を降りて近寄ってみると、酒のちおいがプンプン漂ってきた。おい、このオジイ、酔っぱらってるし。Fさんがオジイの肩に手をかけて、起こそうとしたその時。

 倒れているオジイの周囲に、5人くらいの小さなおじさんが、オジイを背もたれにして座っていたのだという。

 オジイを揺らしたものだから、びっくりした5人のおじさんたちは悲鳴を上げながら、一斉に走って逃げたという。

 おじさんたちは空き地の中へ一目散に逃げると、そのままパッと掻き消えるようにしていなくなった。

 

・Fさんが眉をひそめながら自転車に戻ろうとすると、自転車の周囲にも小さなおじさんたちが複数いた。

 Fさんがびっくりして「うわあ!」と叫ぶと、それに逆にびっくりしたのか、クモの子を散らすようにして逃げ去ったという。

 おじさんたちは、それぞれ上半身は裸で、眉毛がつながっていたのが印象に残っているという。

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より

<小さいおじさん(ちいさいおじさん)>は、日本の都市伝説の一つ。その名の通り、中年男性風の姿の小人がいるという伝説であり、2009年頃から話題となり始めている。

『概要』 目撃談によれば、「小さいおじさん」の身長は8センチメートルから20センチメートル程度。窓に貼りついていた、浴室にいたなどの目撃例があり、道端で空き缶を運んでいた、公園の木の上にいた、などの話もある。ウェブサイトでも「小さいおじさん」に関する掲示板や投稿コーナーが設置されている。

 

<キジムナー(キジムン)>は、沖縄諸島周辺で伝承されてきた伝説上の生物、妖怪で、樹木(一般的にガジュマルの古木であることが多い)の精霊。 沖縄県を代表する精霊ということで、これをデフォルメしたデザインの民芸品や衣類なども数多く販売されている。

多くの妖怪伝承と異なり、極めて人間らしい生活スタイルを持ち、人間と共存するタイプの妖怪として伝えられることが多いのが特徴。

『概要』 「体中が真っ赤な子ども」あるいは「赤髪の子ども」「赤い顔の子ども」の姿で現れると言われることが多いが、また、手は木の枝のように伸びている、一見老人のようだがよく見ると木そのものである、などともいう。土地によっては、大きくて真っ黒いもの、大きな睾丸の持ち主などともいう。

 

 

 

『ニッポンの河童の正体』

 飯倉義之  新人物ブックス  2010/10/13

 

 

 

<外国の河童たち>

 <○○は外国の河童?  -河童は日本固有種かー>

・では日本以外の土地に河童は存在しないのだろうか?どうやらそうではないようだ。世界各地の妖怪を紹介する本や文章ではしばしば、「妖怪○○は××国の河童である」というような紹介され方がなされるように、海外の妖怪を日本の河童にあてはめて紹介することはままある。たとえば、韓国のトケビがそれである。

 

 <「トケビは韓国の河童」か?>

・韓国の「トケビ」は山野を徘徊する小鬼で、その正体は多く血がついたことにより化けるようになった、箒(ほうき)やヒョウタンなどの日常の器物である。トケビは人間を化かしたり、道に迷わせたり、野山に火を灯したり、快音を出して驚かせたり、夜に人家に忍び込んだり、格闘を挑んで負けたりと、ほとんどの怪しいことを一人でまかなう「万能妖怪」として大活躍を見せる。そのユーモラスな風貌と多彩な行動は、よく河童と比較される。

  

・前項でも河童の親類として紹介した奄美のケンムンやブナガヤ、琉球のキジムナーもまた、そうした「万能妖怪」という点でトケビとよく似た存在である。小柄でザンバラ髪の童形、好物や嫌いな物がはっきりとしており、ユーモラス。人間に関わり、からかう。トケビとケンムン・ブナガヤ・キムジナーと河童とは、性格や行動が共通していることは一目瞭然である。

  

・しかし重大な相違点もある。トケビは器物の化け物、ケンムン・ブナガヤ・キジムナーは樹木や森林のムン(化け物)としての性格が強く、河童の存在の根幹である水の化け物という性格を持ち合わせない。性格の一致と属性の不一致が、河童とトケビの間にはある。

 

 <「ヴォジャノイはロシアの河童」か?>

・他に多く「外国の河童」として挙げられる存在に、中国の河水鬼や水虎、ロシアのヴォジャノイやルサールカ、チェコのヴォドニーク、ポーランドのハストルマン、ドイツのニクス。フィンランドのネッキ、スコットランドのニッカールやケルピーなどが挙げられる。

これらの存在はいずれも水界に棲む存在で、人間や牛馬を水の中に引き込むとされ、彼らに挙げる季節の祭りなどが催されることなどが、河童と同一視される点である。

  

・しかしこうした水精の属性や行動以外の点では、河童と彼らの隔たりは大きい。河水鬼やヴォジャノイ、ヴォドニーク、ハストルマンは髭を蓄えた老人とされ、湖底で自分の財産である牛馬の群れや財宝を守って暮らし、機嫌が悪いと川を荒れさせるという固陋な存在である。ニクスやネッキ、ニッカールは成人男性の姿で現れて、荒々しく牛馬や子どもや婦女子を奪い去る肉体派である。ネッキやその同類が、半人半馬や馬に化けた姿を取るというのは、馬の姿をしていて人を水の中に誘い込むケルピーとも共通する。

  

・ケルピーに代表される「ウォーター・ホーズ」伝承は、ヨーロッパ各地にあまねく広がっており、龍の妖怪伝承といえば、ロッホ・ネス・モンスター、すなわち「ネッシー」である。ケルピーは河童と同じくらい、ネッシーにも近しい存在なのだ。

 

・ルサールカには溺死者の浮かばれぬ霊というイメージが色濃くついており、この点で幽霊や産女、雪女に近い属性を持つといえる。

  どうやら「××の河童だ!」と言われてきた妖怪たちは、河童と重ね合わせて理解できる部分とそうでない部分とを、同じくらいの分量で持ち合わせているようである。

 

 <やはり「河童は日本の河童」か?>

・水はわれわれの生存に欠かせないと同時に、恐るべき存在であるがゆえに、水の神と水の妖怪を持たない文化はない。そのような意味で、「河童は世界中に存在する」。

  

・しかし今見てきたように、そうした河童的な存在がどのような姿で現れ、いかなる言動をとるかは、文化によって全く違う。ロシアの冷たい湖水に棲むヴォジャノイは老人の姿で重々しく、スコットランドの湖沼地帯に棲むケルピーは活動的で攻撃的だ。そして里近くに多くの川や小川、沼や溜め池をもつ日本の河童たちは、人に近しく愛嬌があり、どこか深刻でない表情を持つ。一方で、日本の河童に近い韓国のトケビ、奄美のケンムンやブナガヤ、琉球のクジムナーは、水の精という性格をほとんど持っていない。

  

・こうした水の神・水の妖怪の多様なありようは、各々の文化において人と水とがどう関わっているかに規定されている。その意味では、「河童は日本にしかいない」。

  妖怪を比較することはすなわち文化を比較することなどである。「妖怪○○は××国の河童である」という言い切りは、あまりにも大胆すぎるもの言いであるだろう。

 

 

 

『絵でみる江戸の妖怪図巻』

 善養寺ススム、江戸人文研究会     廣済堂出版 2015/9/3

 

 

 

<キジムナー 琉球伝承>

・ガジュマル、赤榕、福木、栴檀の古木に棲むと言われる精霊。

 姿は様々で、髪は肩まであり、全身が赤い子供、または小人で、手は木の枝のようだとも言われる。地域によっては真っ黒な大人サイズだったり、睾丸が大きいとされることもある。

 木に棲んでいるが、主食は魚介類でグルクンの頭や、魚の左目が好物だと言われる。魚好きなので仲の良い漁師の手伝いをするというが、蛸や屁が嫌いなので、魚を捕っている時に屁をひると、消えてしまうらしい。

 悪戯もよくする。人を誑かし、土を飯だと騙して食べさせたり、木の洞に閉じ込めたり、寝ている人に乗ったりもするし、夜道を行く人の灯を消すのも十八番だ。

 さらに、木を伐ったり、虐めたりすると、家畜を殺したり、船を沈めたりもする。昼間は人間には見えないので、キジムナーの悪口を言うと、意外に側にいて聞いていて、夜になって仕返しされるという。

 

<くへた  伝承 越中国(富山県)、神、招福>

・越中国立山の予言神で、5年以内に疫病の流行すると予言しに現れた。自分の姿を写し、それを見れば病を避けられると告げた。

 

<ケンムン 伝承、奄美大島、妖怪>

・【キジムナー】と【河童】を合わせたような妖怪。姿は様々だが、ほとんどが、56歳の子供のようで、全身赤みがかった肌に毛が生えているそう。頭には皿があり、油や水が入っているという。ガジュマルの木に棲み、木の精霊ともされ、勝手に木を伐ると、眼を突かれて腫れてしまうとされる。蝸牛や蛞蝓が好物で、ケンムンの棲む木の下には蝸牛の殻が多く落ちていると言われる。

 河童のように相撲を取ったり、片方の手を引っ張ると、もう片方と繋がって抜けるともいう、性格は友好的だが、中には悪いのもいて、子供を攫って魂を抜くとも言われる。

 

<コロポックル アイヌ伝承/小人>

・《蕗の下に住む人》の意。アイヌ以前に北海道に住んでいたとされる小人で、アイヌ伝承に登場する。

 住んでいたのは、北海道から樺太、南千島列島におよび、各地に伝承が残されている。蕗の下というのは、蕗を傘にしている他、蕗で屋根を葺いた家に住んでいたからとされる。身長は1尺(30センチ)くらい。それよりも小さい、12寸(36センチ)の小人は【ニングル】と呼ばれる。

 

・十勝地方の伝説では、コロポックルは、昼は隠れて暮らし、夜になると5人から10人くらいで、川に数艘の丸木舟を浮かべ、魚を捕っていた。捕った魚の一部はアイヌの村に持って行き、チセ(家)の戸の隙間から手だけを出して差し入れていた。これは土地の恵みを分かち合う、当然の行為だったのだろう。しかし、決して姿は見せなかった。

 

<座敷童  伝承 全国 妖怪、招福>

・座敷童は陸奥国(岩手県)を中心に全国で信じられている家の妖怪。座敷や蔵に棲み、その家の繁栄を守っていると言われる。

 おかっぱ頭の幼児が最も多く、家によっては15歳くらいの子供もいる。また、老婆の場合もあり、性別も一定していないし、複数が現れる家もあるという。

 座敷や土間で、幼い子供と遊ぶが、糸車や紙、板戸を鳴らす悪戯もする。座敷童が消えた家は、衰退したり火事や災害に見舞われるという。その場合、逃げて行く座敷童に道で出会うことがある。「何処へ行くのか?」と声をかけると、「あの家はもう終わりだ」と答えるという。

 

【蔵ぼっこ】陸奥国花巻、遠野の蔵に現れる座敷童。蔵の中に籾殻などを撒いておくと、朝には小さな子供の足跡が残されているという。

 

<覚(さとり)  『今昔画図続百鬼』  全国 妖怪>

・【天邪鬼】の類にも同名のものがいるが、こちらは唐(中国)伝承の妖怪。体中黒い毛に覆われた霊獣で飛騨や美濃の山深くなどに棲む。人の言葉を話し、人の心を読む。人に害はおよぼさず。捕まえようとしても、人間の意思を読んで、先回りして逃げてしまうという。

 

<天狗 伝承 全国 神、妖怪>

・天狗はもともと《隕石》のことをいい、唐(中国)伝承では虎に似た妖獣とされていた。『日本書紀』では《アマツキツネ》とされる。そのため《天狗》の字を用いる。

 

・やがて、仏教を妨害するとされ鳶のような姿で表わされ、次第に人間化して行った。その代表が【外道様】とも呼ばれるように、修行僧が己の知識に奢って悪心を抱いた末に、天狗と化したとされるもの。そのため知識が豊かで【神通力】を用い、弟子や家来を沢山抱える。

 山岳信仰では修験道の寺院や修行僧を守り、修行の地である山の結界を管理する。一方で、天候の怪異や【神隠し】を起こすとされる。

 天狗の代表は《日本八大天狗》と呼ばれる八人の天狗である。筆頭の【愛宕山太郎坊】は、京都・愛宕山に祀られる天狗で、【栄術太郎】とも言われる。

・その他に、江戸時代中期に作られた祈祷秘経の『天狗経』に《四八天狗》があげられていて、それぞれに逸話がある。さらに異名や天狗伝承は数知れない。

 

【尼天狗】『今昔物語集』に載る天狗。仁和寺の円堂に棲むという女の天狗。

 

【鞍馬天狗】鞍馬山に祀られる大天狗で日本八大天狗のひとり。牛若丸に剣術を教えたとされる。【僧正坊】や京の一条堀川の陰陽師・鬼一法眼と同じとされる。

 

【木の葉天狗】地位の低い天狗で【烏天狗】に似る。【白狼】とも呼ばれる。小僧の姿に化け、山を行く人や物を背負って小銭を稼ぎ、天狗の仲間達を支えているそう。

 

【守護神様】三河地方の天狗で、山の神とされる。毎月七日は山の忌み日とされ、入ることを避ける。

 

【僧正坊】鞍馬山の僧侶だったが、修行中に悟りを開いたと、自分の知識に驕り、年老いてなお死に欲を増し天狗となる。死後も僧侶の高い位に執着し続けた。

 

【空神】紀州の天狗。空を自由に飛ぶため、こう呼ばれる。

 

【天狗隠し】【神隠し】に同じ。天狗によって攫われたとする。行方不明事件のこと。

 

<鬼 伝承 全国>

・鬼は様々な妖怪や怪異に使われる名称。古代(平安中期以前)の王朝と闘う異部族や怪異など、外敵の他、人の心の中が変化する鬼もある。実態のあるものもあれば、実態のないものもあり、また、悪の象徴でもありながら、地獄では番人をする仏教を守る側にもいるという、様々な面で両極に存在する怪である。

 牛の頭に、虎の腰巻き(パンツと呼ばれるのは明治以降)として描かれる姿は、江戸時代に固定化された。

 

・また、流行病も鬼の仕業とされた。他の病気は《罹る》と呼ばれるが、風邪は鬼が悪い病気を引き込むので《引く》と呼ぶ。

 

【青鬼・赤鬼】

・物語には、赤・青の鬼が登場する。色の他にも目がひとつや複数あるもの、口がないものなど、様々な姿が語られ、描かれ《異形》を象徴する。

 

【悪路王】陸奥国(岩手県)・常陸国(茨城県)の鬼。坂上田村麻呂に討たれ、鹿島神宮に納められたとされる。

 

【悪鬼】世に悪をバラ撒く鬼達のこと。かつて流行病は鬼の仕業とされていたので、蔓延すると、人々は鬼の退散をひたすら神仏に願った。

 

【一条桟敷屋の鬼】『宇宙人時拾遺物語』に登場する鬼。ある男が都の一条桟敷屋(床の高い建物)で遊女と臥していると、夜中に嵐となった、すると「諸行無常」と言いながら通りを歩く者がいるので、蔀(上げ戸)を少し開けて覗くと、背丈は建物の軒ほどあり、馬の頭をした鬼だった。

 

【茨木童子】【酒呑童子】の家来。

 

【牛鬼】石見国(島根県)で語られる。水辺で赤子を抱いた女が声をかけてきて、赤子を抱いてくれと言ったり、食べ物を求めたりする。赤子受け取ると急に石のごとくに重くなり、動けなくなったところで牛鬼が現れ襲われるという。

 

 また、牛鬼が女に化けて出て騙す。四国や近畿地方には《牛鬼淵》や《牛鬼滝》など、牛鬼の棲む場所が多くある。

 

【温羅】かつて吉備国(岡山県~広島県)に渡って来た鬼の集団で、鬼ノ城を築き周辺を支配した。天王に対峙したため、吉備津彦に討ち取られた。斬られた首は死なず、犬に喰わせて骨にしても静まらず、地中に埋めても13年間もうなりを発していたと言われる。

 

【鬼の手形】陸奥国(岩手県)伝承。盛岡の町では【羅刹】に荒らされて困っていた。そこで、人々は町の神である《三ツ岩様》に祈願すると、羅刹はこの岩の霊力で、岩に貼りつけられてしまう。堪忍した鬼は、二度と現れないという誓いを立てて放免してもらい、その証しに三ツ岩に手形を残して行ったという。これが県名《岩手》の由来とされる。

 

【鬼女紅葉】信濃国(長野県)戸隠や鬼無里に伝わる鬼。平安中期のこと、公家・源経基の子を宿した紅葉は、嫉妬のために御台所(正妻)に呪いをかけ、その罪で都を追われる。鬼無里に流された紅葉はやがて怨念で鬼となり、戸隠山を根城にして、付近の村を襲った。そこで都から平維茂が討伐に出陣し、観音の御使いから授かった《降魔剣》で退治される。しかし、鬼無里伝承では、都の文化を伝えた貴女とされて、尊ばれている。

 

【牛頭馬頭】地獄の鬼のこと。定番の牛の頭の他に、地獄には馬の頭をした鬼もいる。

 

【猿鬼】能登国(石川県)柳田村を襲った、一本角の猿のような鬼。村の岩穴に棲みついたため、氏神によって弓で射殺されたという。

 

【瀬田の鬼】『今昔物語集』東国の国司(地方官)が都に上り、瀬田の橋近くの荒ら家に泊まった夜に出た鬼。逃げて瀬田の橋の下に隠れると、追いかけて来た鬼が、侍を見失ってしまう。しかし、何処かから声がして、「下におります」とばらしてしまう。声の主は何者か知れず、その後、国司がどうなったかも、知る者はいない。

 

【火の車】地獄の鬼が燃え盛る車を引いて、生前の行ないのよくない死者を迎えに来る。『因果物語』では、強欲で行ないのよくない庄屋の妻を八尺(2.4メートル)もある大きな男が連れて行ったとある。連れて行かれる先は地獄。

 

<河童 全国 妖怪、水神>

・河童伝承は、

1.姿の目撃談。

 

2.相撲を挑み、人や馬を水中に引き込む。

 

3.泳いで遊ぶ子供を襲い、尻の穴から手を入れて【尻児玉】を抜く。

 

4.女性に悪戯をして腕を斬られ、その腕を取り返すために《腕繋ぎ》の治療法を伝授する。

 

5.冬の間は山に住む。と多彩。

 

 

・豊前国(福岡県)の北野天満宮には河童のミイラが伝わる。江戸時代には河童のミイラは猿の赤子とエイなどを組み合わせて作られた。

 

【伊草の袈裟坊】武蔵国(埼玉県)の河童の親分。

【かーすっぱ】【がーすっぱ】駿河国(静岡県)、九州で使われる。《すっぱ》は忍者のこと。

 

【があたろう】五島列島で呼ぶ河童。河童というと、川の妖怪の印象が強いが、【海御前】が河童の女親分と言われるように、海にも多くいる。

 

【かしゃんぼ】紀伊国(和歌山県)、伊勢国(三重県)の河童、【山童】。芥子坊主頭の67歳の子供で、青い着物を着ている。

 

【がめ】越中国(富山県)、能登国(石川県)、筑後国(福岡県)の河童。筑後国久留米では女性に取り憑き病気にする。能登国ではよく子供に化け、越中国では鱗形の模様のある甲羅に、腹には赤いふさふさの尾があるとされ、千年生きて【かーらぼーず】になると言われる。

 

【川天狗】武蔵国。多摩川では悪さはしない河童。村人に熱病に効くみみずの煎じ薬を伝えた、津久井では夜の川漁に現れ、大きな火の玉を出したり、網打ち音の真似をする。

 

 

 

『コロポックルとはだれか』

―中世の千島列島とアイヌ伝説

瀬川拓郎  新典社新書   2012/4/24

 

 

 

<封印されたアイヌ伝説>

<小人伝説はおとぎ話か>

・昔は十勝川に沿ってアイヌのほかにコロポクウンクル(ふきの下に住む者)という、ふきの下に56人が集まって住むぐらい小さい者たちがいた。コロポクウンクルは何でも人に与えるのが好きで、ごちそうを椀に入れてアイヌの戸口のござの下から差し出し、それをアイヌが受け取って押しいただくと喜んでいた。あるときアイヌのウエンクル(悪い奴)が、ごちそうをもってきたコロポクウンクルを家の中に引っ張り入れると裸の女であった。女は泣きながら帰ったが、あとでコロポクウンクルの親方が怒ってやってくる。激怒したコロポクウンクルたちはレプンコタン(海の向こうの国)に引き上げることになり、そのときに親方が「このコタン(村)のものは、ネプチー(何でも焼けろ)、とかプチー(枯れてしまう)という名を付ける」と言う。それまではシアンルルコタンというりっぱな名前だったが、それからはこのコタンを「トカプチコタン」と呼ぶようになった(帯広市で採録)。

 

・この伝説を読んで、コロポックルを実在の集団であったと考える人はおそらくいないでしょう。もしコロポックルが実在の集団だったと主張すれば、それは童話であり、妖精・妖怪譚のたぐいにすぎない、と一笑に付されてしまうにちがいありません。

 

<封印されたコロポックル論>

・帝国大学(東京大学)の人類学教室初代教授であった坪井正五郎らは、アイヌの伝説に登場するコロポックルこそが石器時代人だったのではないか、と主張した。

 

・一世を風靡した小人伝説は、河野常吉が「コロポックルはアイヌの小説なり」と坪井を強い調子で批判したように、事実に根差さない昔話であり、童話のたぐいであるとみなされたまま、ふたたび学問的な議論の対象となることはありませんでした。

 

<中世千島の開発と小人伝説>

・小人伝説は、中世アイヌ社会の一端をうかがう貴重な資料といえそうです。

 

・古代の千島は、アイヌとは系統の異なるサハリンから来た人びと(オホーツク文化人)が住んでいました。しかし近世の千島はアイヌが占めるところとなっており、もはやオホーツク文化人は住んでいませんでした。

 

<アイヌの小人伝説>

<ジョン・セーリス「二度蝦夷に行ったことのある一日本人が江戸の町で伝えた同地に関する情報」『日本渡航記』(1613年)>

・(道南の松前の)さらに北方には、同じ陸地上に、一寸法師のような背の低い人間が住んでいる。蝦夷人(アイヌ)は日本人と同じ丈の人間である。

 

<松坂七郎兵衛他『勢州船北海漂着記』(1992年)>

・南千島のエトロフ島に漂着した勢州船の記事です。船員は、エトロフ島からクナシリ島を経て北海道本島に渡り、十勝を経て松前から帰郷しました。この小人伝説は、帰途、クナシリ島から道東太平洋沿岸のあいだで聞きとったものとおもわれます。小人が「小人島」に住んでいること、その島にはワシが多くいること、船路100里もある遠い地から船で本島にやってくること、その目的が土鍋製作用の土(粘土)の採取にあること、脅すと身を隠すことなどについて記しています。

 

<松宮観山『蝦夷談筆記(上)』(1710年)>

・道南の日本海側、現在の上ノ国町小砂子の地名由来にかんする聞きとりです。100人ほどの小人が「小人島」から渡ってきたこと、その目的が土と草(あるいは葦)の採取であったことを記しています。

 

<秦檍丸「女夷文手図」『蝦夷島奇観』(1807年)>

・アイヌの女性の文身(イレズミ)の図に、道東の根室のアイヌから聞き取った伝説を解説として付したものです。古くはコッチャカモイという小さな神が北海道の各地にいたこと、アイヌとの直接的な接触を嫌い北海道から去ったこと、この神のイレズミをまねてアイヌのイレズミがはじまったこと、かれらの住んだ竪穴住居の跡が各地に残り、土器や宝が出土することなどを記しています。

 

<最上徳内『渡島筆記』(1808年)>

・むかしコロブクングル(フキの下にその茎をもつ人の意)と呼ぶ小人がいたこと、道東ではこれをトイチセウンクル(竪穴住居に住む人の意)と呼ぶこと、アイヌ女性のイレズミがこの小人の習俗に由来すること、声は聞いてもその姿をみた者はいないこと、アイヌの漁に先回りし、あるいはアイヌの魚を盗み、アイヌも家に来て魚を乞うこと、魚を与えないと仕返しすること、小人は魚を乞うたのではなく、反対にアイヌに与えたともいわれること、家の窓から魚を乞う小人の女の手を引き入れたが、3日食事を与えないと死んでしまったこと、小人はアイヌにさまざまな悪さをなし、戦うときには甲冑を帯びてフキの下に隠れたことなどを記しています。

 

<小人名称の三種類>

・一つ目は、竪穴住居に住む人(神)を意味するとおもわれる名称です。「トイチセコツチャ」「トイコイカモイ」「コッチャカモイ」「トイチセウンクル」がありました。二つ目は、フキの葉の下の(神)を意味する名称です。「コロボルグルカモイ」「コロブクングル」がありました。三つ目は、千島の人を意味する「クルムセ」です。

 

 

 

『もののけの正体』  怪談はこうして生まれた

原田実   新潮社     2010/8

 

 

 

<恐怖の琉球――南国のもののけ奇談>

<アカマタ――魔物の子を宿す>

・ある日のこと、乙女が畑に出て芋を掘っていた。乙女が一休みして、また畑に戻ろうとしたところ、岩のうしろから赤い鉢巻をした若者が顔を出してはまたひっこめたのに気づいた。歩こうとすればまた顔を出し、立ち止まればまた隠れる。乙女がその若者の顔に見入って動けなくなっていた時、乙女の様子がおかしいことに気付いた農民たちがかけつけて乙女を畑に引き戻した。

 乙女が見ていた若者の正体は、アカマタという蛇だった。アカマタは誘惑した乙女と情を通じ、自分の子供を産ませようとしていたのだ・・・。このパターンの民話は、沖縄の各地に伝わっている。

 

・石垣島の宮良では7月の豊年祭にアカマタ・クロマタという神が現れ、一軒一軒の家を回り祝福していくという(なお、この祭りは秘祭とされ撮影が一切禁じられている)。

 沖縄では同じアカマタという名で、若い女性にとりつく蛇のもののけと、豊作を予視する来訪神の二通りの異界の者が現れる、というわけである。

 

・さて、蛇ににらまれた女性が動けなくなるという話は、本土の古典でも、たとえば『今昔物語集』などに見ることができる。また、蛇身の神が女性の元を訪れて交わるという話は古くは記紀にも見られ、さらに日本各地の伝説・民話などに見ることができる。ちなみに記紀ではその説話の舞台が大和の三輪山(現・奈良県桜井市)の麓とされているため、神話・民話研究者の間ではそのタイプの説話はその三輪山型神婚説話と呼ばれている。沖縄のアカマタの話はその三輪山型神婚説話に発展する可能性を秘めながら中断させられた話とみなすこともできよう。

実は、沖縄にも三輪山型神婚説話に属する類型の話が残されている。

 

・これは江戸時代の琉球王府が正史『球陽』の外伝として、琉球各地の口碑伝承を集めた『遺老説伝』に記された宮古島の始祖伝承の一部である。

 この話に登場する大蛇には、娘が魅入られるという点からすれば憑き物的側面があり、夜に訪れるという点からすれば来訪神的側面もある。この話は、憑き物としてのアカマタと来訪神としてのアカマタの関係を考える上で暗示的だ。

 ところで私はかつて、三輪山型神婚説話の起源について、異なる共同体に属する男女間の婚姻がその背景にある可能性を指摘したことがある。

 

キムジナー 日本のエクソシスト

・沖縄ではその昔、樹木に住む精霊の存在が信じられていた(あるいは今でも信じられている)。

 

・沖縄では古木の精をキムジナー(木に憑く物、の意味)という。また地域や木の種類によってはキムジン、キムナー、ブナガヤー、ハンダンミーなどの別名もある。赤い顔の子供のような姿とも全身が毛に覆われた姿ともいわれ、水辺に好んでよりつくことから、本土でいうところの河童の一種とみなす論者もいる。

 

『遺老説伝』の話の全般に見られるように、キムジナーは友だちになれば魚をわけてくれたり、仕事を手伝ってくれたりするという。また、他愛ないいたずらを好む、ともされ、たとえば、夜、寝ていて急に重いものにのしかかられたように感じたり、夜道を歩いている時に手元の明かりが急に消えたりするのはキムジナーのしわざだという。

 

・キムジナーが出没するという話は現在でも沖縄ではよく語られる。ただし、最近では、観光客のおみやげなどでキャラクター化されたかわいいキムジナーが流布する一方、人に憑いて苦しめるような悪霊めいたキムジナーの話が広まる、という形でのイメージが二極化する傾向があるようだ。

 

<キンマモン――海からの来訪神>

・その昔、屋部邑(現・沖縄県うるま市与那城屋慶名)は幾度となく火災に遭い、多くの家が失われていた。ある日、その村に君真物(キンマモン)と名乗る神様が現れて村人たちに仰せられた。

「ここに火事が起こるのは屋部という村の名が悪いからです。屋慶名と改名すれば火事が起きることはない」

 

 村人たちがそのお告げにしたがったところ、その後は火事が起きることはなくなった(『遺老説伝』より)

 

・キンマモンに関する記録は、江戸時代初期の僧・袋中(15521639)の『琉球神道記』にすでに見ることができる。それによるとキンマモンは琉球開闢以来の守護神とされる。キンマモンは、ふだんは海底の宮に住んでいて、毎月、人間の世界に現れて遊んでは宣託を与えていくのだという。

 

・また、曲亭馬琴の『椿説弓張月』(18071811年)は保元の乱に破れて伊豆に流された源為朝が流刑地から脱出して琉球にたどりつき琉球最初の王朝である舜天王統の祖になったという伝説を読本にしたてたものだが、その中でキンマモンは「きんまんもん」と呼ばれ琉球を守護する神だとされている。ちなみにこの読本に挿絵を付したのは葛飾北斎だが、北斎は「きんまんもん」を、魚の胴体に人間の顔、鱗だらけの手足

があって直立するという異形の姿に描いた。

 

 キンマモン=君真物で、「君」は君主もしくは神女は君主もしくは神女への尊称、「真」は真実、本物という意味の尊称、「物」は精霊の意味とみなせば、キンマモンは、精霊の真の君主ともいうべき偉大な精霊といった意味になる。「物」はまた本土の言葉で言う「もののけ」にも通じている。

 

・キンマモンは海から人里にやってくる宣託神であり、典型的な来訪神である。最近の沖縄では、この神について、単に沖縄の守護神というだけではなく、世界の救世神だとして主神に祭る新興宗教も出現している。

 沖縄の習俗伝承には、憑き物系のもののけや来訪神に関わるものが多い。これは沖縄の社会事情とも深く関連している。後述するように、沖縄では、ノロやユタといった神女たちがさまざまな祭祀をとりおこない、庶民の生活に深く関わる存在となっている。

 そして、彼女たちの職掌というのはつまるところ来訪する神を迎え、憑き物を払うことなのである。彼女たちが人々の生活に深く関わっている以上、来訪神や憑き物は社会的・文化的に認知された存在であり続けるし、またそうしたものたちが認知されている以上、神女たちの職掌も必要とされ続けるのである。

 

<メリマツノカワラ――神女と異神>

・沖縄には各地に御嶽と呼ばれる聖域がある。それらは神がかつて降臨した(あるいは今も降臨する)とされる聖地である。本土でいえば神社の本殿に相当するといえようが、御嶽は神社のような建築物ではなく自然の岩や洞窟をそのまま聖域と見なすものである。

 

 その御嶽の由来の中には、異形の神の降臨について伝えるものもある。

 

13か月が過ぎ、真嘉那志は一人の男の子を生んだ。いや、それを男の子と言っていいものかどうか・・・生まれた子供は頭に2本の角を生やし、両目は輪のように丸く、手足は鳥に似て細長く、奇妙な顔立ちで少しも人間らしいところはなかったからだ。

 目利真角嘉和良(メリマツノカワラ)と名付けられたその子供は14歳になった時、母と祖母とに連れられて雲に乗り、空へと去って行ってしまった。

 しかし、その後、メリマツノカワラは彼らがかつて住んでいた近くの目利真山にたびたび現れ、その度に人々を助けるような霊験を示した。人々は目利真山を御嶽として崇めるようになったという。

 この話は『遺老説伝』や『宮古史伝』に出てくる。

 

・一部の古代史研究家は、メリマツノカワラの容貌が鳥に似ていたとされるところから、中国の長江流域にいた鳥トーテムの部族が漢民族に追われて海に逃れ、沖縄に渡来して鳥崇拝を伝えたのではないか、と考察している。

 

<神女が重んじられる文化>

・明治政府の廃藩置県によって王政が廃止された後も聞得大君(きこえおおぎみ)を頂点とする神女制度は存続し、現在は聞得大君こそ空位だが、各地のノロ(祝女、各地域の神を祭る女司祭)は祭祀によってそれぞれの地元の人の精神的なよりどころとなっている。

 

・一方、正規の神女制度に属さないユタという人々もいる。彼女らは庶民の祖先祭祀について指導したり、憑き物落としをしたりする民間の神女であり、その存在は沖縄の人々の生活に深く根付いている。ユタは祖先崇拝を通して庶民生活における伝統を伝えようとする存在ともいえよう。

 

・ノロやユタが沖縄の人々の精神生活に深く関わっていることを思えば、沖縄の民俗伝承に来訪神や憑き物系のもののけが多い理由も改めてよくわかる。

 ノロの大きな職掌は来訪神を迎えることであり、ユタの仕事の一環には憑き物落としが含まれているからだ。沖縄の異神やもののけは、神女たちの存在意義を支えてきた。

そして、彼女らが沖縄の人々の生活に深く関わっているということは、とりもなおさず、彼女らに関わる異神やもののけが沖縄の人々の生活と密着しているということでもあるのだ。

 

<もののけ天国・蝦夷地――アイヌともののけ>

<蝦夷地の妖怪や異神>

<コロポックル――妖精はどこにいる?>

・アイヌの伝説で本土の人にもよく知られているものと言えば、筆頭に挙げられるべきは、コロポックル(蕗の下に住む人)という小人族に関する伝説である。彼らはまた、トイチセウンクル(土の家に住む人)、トンチなどとも呼ばれる。この小人族たちは、伝承上、あくまで「人間」とされており、カムイ(神)でもカミムンでもないが、西欧の伝承における妖精などとよく似たところがあることも否めない。

 

・また、十勝地方の伝説では、コロポックルはアイヌに迫害されてその地を去ったが、その時、川に「トカップチ」(水よ、枯れろ)という呪いをかけた。これがトカチという地名の由来だという。

 この伝説に基づき、コロポックルを北海道におけるアイヌ以前の先住民族とする説を唱える論者も多い。明治20年(1887)には人類学者・坪井正五郎がコロポックルは北海道のみならず日本列島全域の先住民族で、日本民族に追われてかろうじて北海道に残っていたものが、そこからさらにアイヌに追われた、という説をたてた。

 

<魔女ウエソヨマ――北国の天孫降臨>

・アイヌの伝説を論じる場合に避けて通れないのはユーカラといわれる口承叙事詩だ。その中には、もののけと戦って人間の世界に平和をもたらした英雄たちの物語も含まれている。

 

<水の精ミンツチ――半人半獣の謎>

・ところでアイヌの信仰で、和人のカミ(神)にあたる霊的存在を「カムイ」ということはよく知られている。

 

・ミンツチは半人半獣のもののけで小さい子供くらいの背格好をしているという。肌は海亀のようで色は紫とも赤とも言われる。

 川辺に来る人を襲って水の中に引きずり込むとして恐れられる一方で、山や川で働く人を苦難から救うこともあると言われる。

 

・ミンツチの行動パターンには和人の伝承における河童に似たところがある。さらに言えば、ミンツチは和人との接触でアイヌの伝承にとりこまれた河童とみなした方がいいだろう。ミンツチの語源「みずち」は、水の神を意味する日本の古語(「蛟」という漢字を当てられる)だが、一方で青森県における河童の呼称「メドチ」と同語源でもあるのだ。

 

 

 

『写真で見る日本に来た?!UFOと宇宙人』

 (矢追純一)(平安)(昭和51年)

 

 

 

<北海道函館市にはUFOの基地がある?>

・北海道の南端、函館市をのぞむ小さな港町、上磯では、しょっちゅうUFOが目撃されるそうだ。

 

・地元でもUFO目撃者の数が多い。

 

・吉川さん親子も白昼、巨大なUFOが頭上を通過して行くのを見た。それはまるで巨大な扇風機が飛んでいるようだったという。丸い円盤型のUFOで、全体がものすごい勢いで回転しているように見えた。そして、アッという間に急速にスピードをあげ、海上に消え去ったという。

 

・小坂さんたちは、ひんぱんに現れるUFO基地を探してやろうと毎晩のように近くの山々を探検してまわった。そして、ついに大沼山近くの、通称、貧乏山という山の裏側にUFO着陸跡らしい巨大な円形の焼け焦げを見つけたのである。

 

・グループのメンバーは毎晩交替で見張ることにした。そして、UFOらしい大きな怪光がオレンジ色に光りながらこの貧乏山を出入するのを8ミリにおさめることに成功したのである。

 

 

 

『エイリアンの謎とデルタUFO』

(飛鳥昭雄・三神たける)(学研) 2003/5/27

 

 

 

<グレイは地球産UMAだ>

・とくに、グレイは日本人にとっては非常に馴染みが深い動物であるといってもいい。日本でもグレイは住んでいるからだ。昔から日本人はグレイをしばしば目撃してきた。ただ捕獲された正式な記録はないので動物というより、妖怪変化にされてしまっただけである。日本におけるグレイ、それは「河童」である。一口に河童といっても、そこには古代の被征服民や神話、それに呪術に至るまで、様々な要素が含まれる。その中のひとつに、実は未確認動物(UMA)としての河童があるのだ。アイヌの伝承に登場するコロポックルや奄美地方のケンムン、沖縄地方のブナガヤやキムジナーもまた、そうした河童の一種でいわばグレイなのである。

 

 

 

『鬼』 高平鳴海/糸井賢一/大木憲司/エーアイ・スクウェア 

 (新紀元社)1999/8

 

 

 

 創造神とドラ息子

 伊吹(いぶき)弥三郎・伊吹童子

・弥三郎の特殊能力;鉄の体、巨体

  童子の特殊能力;不老長寿、仙術、怪力

  出自;『御伽草子』『三国伝記』『仮名草子』『伊吹童子絵巻』

 

 <伊吹の山神>

近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎には創造神という顔と魔物=鬼という顔がある。その息子の伊吹童子も多くの部下を従えて暴れまわった鬼である。

 

実は近江の伝説だけでなく、弥三郎は多くの文献にも登場している

 

 <天地を創造する>

・近江地方の伝承では、伊吹弥三郎は巨人として扱われている。日本のみならず、世界中の天地創造神話には、山や河川、湖などを創ったとされる巨人がよく登場する。世界の初めに巨人が存在していて、それが地形を創ったり、巨人の死体が山や川や海になったという話だ。弥三郎もそうした創造神の一種と見るべきだろう。

 

彼は伊吹山や富士山、七尾村(現在の岡山)を創ったと伝えられている。

 

 <魔物に堕とされた巨神>

・古に神は、時代と共に魔物に凋落していくことが少なくない。弥三郎はその典型といえるだろう。

 

・近江の伊吹山に弥三郎と言う男がいた。その体は、鉄のようで、千人力を持つ超人であり、人々はこれを恐れて「鬼伊吹」と呼んだ。

 

  <容姿>

・伊吹弥三郎も伊吹童子もその姿は一般的な鬼のイメージとは違う、ものもとの伝承から推測するに単なる巨大な男、いわゆる巨人であり、その他の細かい特徴は不明である。特に弥三郎は富士山などを造ったとされており、その体の大きさは他の鬼と波比べられないほどだろう。

 

・伊吹童子の方は、童子と呼ばれるだけあって童(わらわ)の姿をしていたらしい。不老長寿の薬といわれる「サンモ草の露」を飲んで以来、老いもせず、1415歳の少年のままだった絵巻に書かれている。

   

<戸隠の女盗賊><紅葉(くれは)>

・各地の伝承でも能楽で語られる場合でも、絶世の美女であったと伝えられる。しかし、罪に問われて戸隠に逃れ、その後は悪事を重ねるごとに醜い姿になっていった。一説には、その身長は3メートルほどもあったという。

 

<英雄を助けた鬼女、鈴鹿御前>

・どの伝承を見ても絶世の美女だったと記録されている。鈴鹿山の鬼女も「女」で「盗賊」だったことから、立烏帽子と呼ばれるようになったと考えられる。

 

・彼女は記録によって鈴鹿御前と呼ばれる場合と烏帽子と呼ばれる場合がある。

 

・鬼女を御前と呼ぶのは変かもしれないが、伝説を見ると、どうも、彼女は、完全な悪玉というわけではなかったようである。あるいは、鬼神レベルの力を有していたために、敬称が付けられたのかもしれない。

 

・御前は田村丸を「光輪車」という神通力で飛行する乗り物に乗せたかと思うと、瞬く間に内裏に降り立った。そして、光輪車で去っていった。

 

<熱き情念の化身>(清姫・(異名)白拍子、白拍子花子)

・和歌山県熊野地方の伝承。容姿については、伝承のパターンによって、ふたつ存在する。ひとつには夫に先立たれた寡婦(やもめ)で、イメージとしては妖艶な中年女性だろう。もうひとつは白拍子の少女の姿である。清姫といった場合、特にこちらの少女を指す。

 

 さらに彼女は、全長10メートルもの大蛇に変身することができ、これが第三の姿と呼ぶこともできる。

 

 清姫の物語は、熊野権現と関係が深く、その舞台は道成寺という寺である。主な登場人物は、清姫と彼女が恋焦がれる安珍という僧だ。

 

<●●インターネット情報から●●>

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より、

 

「鈴鹿御前の物語」

 

・現在一般に流布する鈴鹿御前の伝説は、その多くを室町時代後期に成立した『鈴鹿の草子』『田村の草子』や、江戸時代に東北地方で盛んであった奥浄瑠璃『田村三代記』の諸本に負っている。鈴鹿御前は都への年貢・御物を奪い取る盗賊として登場し、田村の将軍俊宗が討伐を命じられる。ところが2人は夫婦仲になってしまい、娘まで儲ける。紆余曲折を経るが、俊宗の武勇と鈴鹿御前の神通力 によって悪事の高丸や大嶽丸といった鬼神は退治され、鈴鹿は天命により25歳で死ぬものの、俊宗が冥土へ乗り込んで奪い返し、2人は幸せに暮らす、というのが大筋である。ただし、写本や刊本はそれぞれに本文に異同が見られ、鈴鹿御前の位置づけも異なる。

 

 

 

『鬼』  (高平鳴海、糸井賢一、大林憲司)

(新紀元社)1999/8

 

 

 

<鬼はなぜ童子とよばれるのだろうか?>

・童子とは、つまり元服前の稚児を示す言葉だが、童子はいわば蔑称で、時の支配者らが用いた言い回しである。鬼は確かに人々を驚かしていたが、その力を認めたがらず、下っ端=目下の者=童子と呼んだそうです。

 

<日本の伝承に残る鬼として>

・桃太郎の鬼(温羅)(うら)

 

・蝦夷の鬼王(悪路王)(あくろおう)

 

・有明山(信州富士とも呼ばれる)の鬼族(八面大王)(長野県の伝承)

 

・黄泉より還りし悪鬼(大嶽丸)(おおたけまる)(三重県鈴鹿山近辺の伝承)

 

・霊の化身(鬼八法師)(きはちほうし)九山岳地帯の伝承

 

・飛騨の怪人(両面宿儺)(りょうめんすくな)

 

・「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承(岐阜県北部伝承、日本書紀、御伽草子に登場)近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある。伊吹童子はその息子だという。

 

・天邪鬼(あまのじゃく)(人々に親しまれた小鬼)(和歌山県串本町の伝承)

 

・同胞を助けた「赤鬼」(せっき)出自は安倍晴明物語。

 

 

 

『異人その他』 

(岡正雄) (岩波書店)  1994/11/16

 

 

 

<異人>

・異人もしくは外人は、未開人にとっては常に畏怖の対象であった。あるいは彼らは、異人は強力な呪物を有していると考えて畏怖したのであろう。あるいは悪霊であるとも考えたのであろう。

 

・自分の属する社会以外の者を異人視して様々な呼称を与え、畏怖と侮蔑との混合した心態を持って、これを表象し、これに接触することは、吾が国民間伝承に極めて豊富に見受けられる事実である。山人、山姥、山童、天狗、巨人、鬼、その他遊行祝言師に与えた呼称の民間伝承的表象は、今もなお我々の生活に実感的に結合し、社会生活や行事の構成と参加している。

 

 

 

『鬼がつくった国・日本』  歴史を動かしてきた「闇」の力とは

小松和彦・内藤正敏   光文社文庫    1991/11

 

 

 

<「東北」の怨念を語りつぐ「田村三代記」>

・それで、こういう中央とまつろわぬ者の関係、日本の過去における京都を中心とする光の領域と、東北に代表される闇の領域との関係を象徴的に表している『田村の草子』という坂上田村麻呂の一族をモデルにした説話があるので、ここで紹介してみたいと思います。

 

 まず、田村利仁という人物が出て来て、妻嫌いをする。つまり、かたっぱしから縁談を断るんですが、ある日、大蛇が変身した美女を見初め、妻にする。女は妊娠し、自分の姿を見ちゃいけないといって産屋にこもる・・・。

 

・そう、タブーを破って見ちゃうわけ。それで、まさに「見たな」というわけで、「おまえは数年を経ずして死ぬが、子どもは英雄になる、覚えとけ」と預言して姿を消してしまうんです。

 

・それでね、いまの『田村の草子』には中央から見た鬼=まつろわぬ者のイメージがよく出ていると思うんですが、東北にも東北版『田村の草子』みたいなのがあるんですよ。『田村三代記』といわれているもので、話を簡単に紹介しますと、平安時代前期に都でまりのような光る物体が夜となく昼となく飛び回り、米俵、金銀、はては天皇への貢ぎ物まで持ち去ってしまうという騒ぎが起こるんです。

 

・未知との遭遇だね。第三種接近遭遇(笑)。

 

・そこで、陰陽師の博士に占わせると、伊勢国・鈴鹿山に天竺から来た魔王の娘である、巫女のいでたちをした立烏帽子というものがいて、日本転覆を計画しているという。しかも、日本にも立烏帽子におとらぬ鬼神である蝦夷の大嶽丸がいて、ほっておくといっしょになって攻めてくるというんです。で、そりゃたいへんだというので、田村利仁に追討を命じて、鈴鹿山に向かわせるんです。ところが、二万余騎の軍勢で探しても、立烏帽子は見つからない。そこで、魔の者に会うときは大勢で行くなという父利光の教えを思い出して、利仁一人を残して軍勢を返すと、三年以上たったある日、やっと立烏帽子を見つけるんです。すると、これがなんと紅の袴を着た歳のころは十六、七のピチピチのギャルちゃん。

 

・なんせ相手がかわいい女の子でしょ、さしもの田村丸も迷うんです。原文に「かようなる美麗なる女を討つとは何事ぞや。このうえはなかなか彼女にしたしむべきかと思召し賜えしが、いやまてしばし我心」とありますもの。

 

・ちょっと待て、だいたいそれで男は損しちゃうんだよね(笑)。そういえば、この『田村三代記』ってちょっとまえまで東北の座頭が奥浄瑠璃でやってたんでしょ。

 

・それでね、二人の戦いはなかなか勝負がつかないわけ。すると、立烏帽子が利仁の出自について語り始めるんです。それによると、利仁の祖父は星の子どもで、彼が龍と交わってできたのが父親の利光で、その利光が奥州の悪玉姫、これも鬼ですよ。それと契ってできたのが利仁だというんです。そして、田村三代は日本の悪魔を鎮めるための観音の再来だというんです。それで、自分は日本を転覆させにきて、蝦夷の大嶽丸にいっしょになってくれと何度も手紙を出したんだけれど、返事もくれない。でも、自分は女の身だからやっぱり男がいないとだめなの、あなたといっしょになって、二人で力をあわせて日本の悪魔をやっつけようといいよるんです。

 

・それで、二人は結ばれて近江の高丸という鬼を退治するように命じられるんです。二人が攻めていくと、高丸は常陸の鹿島の浦(茨城県)に逃げてしまったので、立烏帽子は利仁を光りん車というUFOみたいな乗り物に乗せて飛んでいくんです。で、高丸を攻撃するときの戦法っていうのがまたSF的で、呪文をかけて十二の星を降らせて星の舞いをさせたり、一本のかぶら矢を打つと、それがビーム砲か散弾銃みたいに千本の矢先となって鬼神に降り注いだり…。結局、高丸は二人に退治されてしまう。

 

<連綿と続く東北独立国家への試み>

・『田村三代記』の主人公である田村利仁は、征夷大将軍の坂上田村麻呂と鎮守府将軍、つまり蝦夷に置かれた軍政府の長官であった藤原利仁とを合体させた人物なんだけど、彼は星の子どもと龍が交わってできた父親が、さらに悪玉姫という鬼と契って生まれたといわれるわけでしょう。龍と鬼という二重の異類婚によって生まれるわけですよね。その利仁が、立烏帽子という外来の魔性の女と交わって呪力を得て、蝦夷の鬼神の大嶽丸を倒す。これはまさに、まえに話した「異には異を」、「夷をもって夷を制する」という古代東北侵略のパターンそのものだと思うんです。

 ただ、東北の『田村三代記』がものすごく伝奇ロマンっぽくなっているのは、京都でつくられた『田村の草子』が東北でもう一度再生産され、京都を他界として描いているからでしょうね。

 

<日本史のすぐ裏側に、闇の文化史――鬼の日本史のようなものがあるのではないか>

・『田村の草子』『田村三代記』については、すでに西村寿行氏が、それをネタにして傑作を書いておられます。これらとはり合うつもりの方、おられますか。おられませんか。

 

  

 

『異星人遭遇事件百科』

 (郡純)(太田出版)(1991年)

 

 

 

<星座の名前は知的生物の姿?>

・星座の名称はこれまで単純に「星の形」とのみ関連付けて語られてきたが、近年その常識に見直しの気運が高まっているのは周知の事実である。

 

・星座の名称の由来は星の配列を似た動物にあてはめたとされるが、はたしてスバル(牡牛座)やシリウス(狼犬座)の配列が牛や狼の形に見えましょうか?これは他の星座すべてにいえることだが、(中略)星座の名称とは、その星座における代表的な知的生物を表現しているのではあるまいか?そして牡牛座と狼犬座の知的生物は、その名称通り「牛」と「狼」のような風貌をし、しかも、古くから交流があり、互いに月を前哨基地にして地球にも頻繁に訪れていた、と考えれば聖書を含めた多くの古代文献の記述も矛盾なく納得できるのである。

 

・ただ、異星人は単一の種族ではなく、様々な母星からきていたという立場に立つと話が違ってくる。人間をはじめ生き物はすべて異星人による被造物、と考えることが可能になるのだ。

 

・人間、牛、馬、鳥すべての動物は異星人がみずからの姿に似せて創造した。太古の書においては相互の「交配実験」も行われたのかもしれない。

 

 

 

『金髪碧眼の鬼達』

村昻 日本デザインクリエータズカンパニー  2015/9

鬼・天狗・山姥は白人的特徴を持っていた

 

 

 

・過去の伝統的存在、鬼・天狗・山姥達は金髪・碧眼(黒以外の目)などの「白人的特徴」を持っていた……。再発見の数多くの資料や新しい科学的データも交えながら、彼らの正体に迫る!

 

<鬼・天狗が白人!?

<鬼の絵と天狗のお面を見ると……そして驚くべき人類学の研究と>

・まず、鬼の絵を見て頂きたい。これは江戸時代に描かれた鬼の絵巻物だが、絵の中央で首を切られている大男がその鬼だ。名を酒呑童子という。この絵では鬼の首は宙に浮き上り、また、左方の武人の頭に噛みつく、という図にもなっている。しかし、ここでこの鬼の髪の毛を良く見てみよう。あれ、……これは金髪ではないか?そして、目の色も良く見れば金色になっている。これはどういう事なのだろうか?

 

・次は、天狗を見てみよう。これらは天狗のお面だが、これらのお面は群馬県の迦葉山弥勒寺という、天狗の信仰で有名な寺に奉納されている大天狗面というものだ。この図では、中央と左方に大天狗面が、また右下に小さく、普通の大きさの天狗面も写っている。しかし、いずれの髪色も淡いが金髪に見える。また、図の大天狗面の髪も金髪だ。これらでは、目の色も金色になっている。

 しかし、鬼にしろ、天狗にしろ、この様に髪や目が金色なのは一体何故なのだろう?私達は金髪などというと……ヨーロッパ人のそれを想い出さないだろうか?また、ヨーロッパ人では金色の目の人も存在しているのだが……。

 

・実は驚くべき研究がある。今から十数年前に自然科学分野での専門論文として発表されたものなのだが、その中で「過去の日本列島に少数の白人系集団がやって来た可能性がある」という事が述べられているのだ。この研究は、東京大学医学部などの医学研究者達によって組まれたグループによる研究だった。

 

 その研究の事を次に、まず簡単に触れておこう。この研究グループでは。最初、人間の体内に寄生する「JCウイルス」というウイルスについて医学的な研究をしていた。すると、このJCウイルスのDNAの型(タイプ)が世界各地の人類集団によって少しずつ違っている事が分かって来たのだった。

 

・そこで、研究グループは、このウイルスのDNA型の違いを利用して世界各地の人類集団の「系統分け」を試みる事にしたのだ。こういう手法は、生物学(分子系統学)で良く用いられているものだ。

 そして、その結果、現代日本人の一部からも、ヨーロッパ人などの「白人」と対応している様に見えるJCウイルスの型が検出されたのだ(調査された日本人800余人の内の約2%)。

 

・そして、また、この研究グループが、日本人の中のこの白人対応と思えるウイルス型について、さらに詳しく調べてみると、このウイルス型が、ヨーロッパ人など白人の持つウイルス型と相似だが、少しだけ違いがある事も分かって来た。この事について、この研究グループは次の様に考えた。ヨーロッパ人など白人の持つウイルス型と日本人の持つ白人対応と思えるウイルス型とが「古い時代」に隔離したもの、と推測したのだった(この考え方は、この手の研究分野では、いわば情動的なものだ)。そして、この事をさらに進めて言えば、こういう事になった。白人対応のウイルス型を持っていた白人集団と、日本人の、白人対応らしきウイルス型を持っていた集団とが、古い時代に分れて別集団となった、という事だった。

 さて、この事から、この研究グループは以下の様な驚くべき推論を導いた。

「少数の日本人の中から発見されたヨーロッパ人(白人)相似のウイルス型の存在は、古い過去の日本列島に少数の白人系集団が移住してきた事を示唆している」

 つまり古い時代に、白人集団から分離した白人系集団が日本へ流入し、その後、この集団のウイルス型が、現代の日本人の中の白人型ウイルス型となった、とこの研究グループは考えたのだった。

 

・ところで、皆さんご承知の様に、この「白人」には、金髪、碧眼といった人達が大きい割合で含まれていた(碧眼とは青い目など、黒以外の色の付いた目の事)。という事は、過去の日本列島に、金髪、碧眼の集団が流入して来た可能性もあるという事に……なる筈だ。しかし、ここで思い出すのは、先の冒頭の、鬼、天狗の金髪、碧眼なのでは無いだろうか?

 

<柳田国男氏の山人=異属説>

・ところで過去、明治時代から昭和時代にかけて、民俗学者の柳田国男という人がいた(18751962)。歴史の教科書にも載る位の大学者だったこの人が、実は、鬼、天狗などの問題に関係して、一つの注目すべき説を提唱していたのだ。柳田氏は、江戸時代を中心とした資料中に、「山中で一種異様な者に遭遇した」という話が多数残る事を見い出し、その集団を鬼、天狗、山姥の末裔と想像して、「山人(やまびと)」と名付けていた。そして、この「山人」について、「山人=異族説」とでも呼べる説を提唱していたのだ。

 

 この柳田氏と言えば、民俗分野でかつての大学者だったヒトラー総統で、しかもその人が自身の専門分野である民俗学で、山人や、また、鬼、天狗、山姥の資料を多数扱った上で、「山人=異族説」とでも言うべき説を唱えていた。これは見逃せない事ではないだろうか?

 

・柳田氏は、この山人達の、普通の日本人にはない様な「身体特徴」にも注目していた。彼の、この山人の身体特徴の指摘には、例えば次の様なものがあった。

 赤頭というのは髪の毛の色でそれが特に目に付いた場合もあろうが、顔の赤いというのも山人にはそれ以上に多かったのである。或は平地人との遭遇の際に、興奮して赤くなったのかという事も一考せねばならぬが、事実は肌膚の色に別段の光があって、身長の異常とともに、それが一つの畏怖の種らしかった。地下の枯骨ばかりから古代人を想定しようとする人々に、ぜひとも知らせておきたい山人の性質である。

 

・柳田氏は上述の様に「山人」の身体特徴の指摘をしていたのだが、但し、この文では、その身体の特徴が「人種的特徴」だろうとか、山人が「人種的傾向」を持っているらしいなどという様な事は何も言っていない事がわかる。そして、彼の他の文献を見てもやはりそういう指摘は見つからない。しかし、それは彼の、自分は人類学の専門家ではないから、という学問的慎重さゆえだったのかもしれない。ただし、上述の様な山人の身体特徴の指摘は、それが人種的特徴であるかも知れない、と連想させるもので、それを暗に示唆していた、という言い方はできるのではないだろうか。

 

<丹後大江山の鬼=外国人説>

・ところで、柳田氏は、以上の説を突然、思い付いたものでもなかったのかも知れない。というのは実は、科学的には不完全なものとは思えても、鬼が外人ではないかや、白人では?或は天狗にもそういった説が柳田説以前から存在していたのである。それらは彼らの髪色や、そして、良くは分からないが、何らかの伝説などを元にか、そういう説が唱えられていた。そこで、以下、それらの説がどんなものだったのかを、いくつか見てみる事にしよう。

 まず、最初に見るのは、京都の丹後地方の大江山に昔住んでいたという伝説の残る鬼、この冒頭に出した「酒呑童子」という名の鬼なのだが、この鬼とその配下の鬼達が実は外国人ではなかったか、という説である。この説は、現在、この大江山周辺では比較的良く知られている説の様だ。ただ、説そのもののルーツはかなり古い様で、江戸時代に既にこの説を書いたものが見つかる。江戸時代の当地の地誌の中に、その鬼=外国人説が載っている。

 

・この様に、鬼とは「言葉が通じない」「衣服が人と異なる」(これは当時の普通の日本人のものと違ったという事か)者だったというのである。また、粗暴な性格だったともある。そして、こうした事から、鬼とは、日本人ではなく、外国より日本に上陸したいわゆる海賊だったのではないか、という説だ。

 ここで、鬼が海賊だったというのは、この著者(?)の想像の部分だろうが、しかし、「言語通じない」「衣服人に異なる」という部分はそうでもなく、少なく共「伝説」として書かれている様だ。その「伝説」の真実味は果たしてどうだったのだろう?

 

<天狗の外国人説>

・以上、鬼に関する外国人説を見た。しかし、鬼に少し似た存在としてか、日本には天狗という存在も伝えられて来た。そして実は、この天狗にも、鬼同様に外国人説があった。この天狗の外国人説は現在でも少しは知られている説だが、最初に唱えられたのは近い年の事ではなく、少し以前の事の様だ。筆者の知る、最も古い天狗=外国人説というのは、菊地晩香氏という人物が唱えたもので、これは、戦争よりも以前の時代に唱えられたものらしい。

 その菊地氏によると、天狗とは、昔、日本にやってきたユダヤ人だろうという。ユダヤ人は古くから中東やヨーロッパに居住していた民族だ。

 菊地氏が何故、天狗をユダヤ人だろうと言ったのかといえば、まず天狗が頭に付けている兜巾(ときん)と呼ばれる小さな黒い箱、これがユダヤ人の誓文筥というものと同じだという。そして、もう一つには、天狗は、棒状に突き出た鼻形だけでなく、いわゆる鉤鼻形の天狗も少なくないのだが、この鉤鼻がユダヤ人に見られる鼻形だというのだ。

 これらの理由から、菊地氏は天狗を日本にやって来たユダヤ人だと考えていた。そして、この天狗=ユダヤ人説は、現在では他にも証拠をいろいろと加えて、さらに日ユ同祖論者達によって唱えられている様だ。

 

 

 

『神仙道の本』

(秘教玄学と幽冥界への参入)(学研)2007/3

 

 

 

<地球大気圏の某所の映像>

・宇宙の根本神は、いうまでもなく天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高皇産霊神(たかみむすひのかみ)、神皇産霊神(かみむすひのかみ)の造化三神だ。

 

・玉京山から放たれている「三色の霊光」というのがまさにそれで、神の姿は見えず、ただ中央の「水色にして五色を含みたる光」と左の「水色の光」と右の「白光」が、まばゆいばかりにキラキラと放電されているさまが拝まされるのみだという。そして、この神秘的な景観も友清流に言えば、地球大気圏の某所の映像なのである。

 

・北極星のような隔絶の神界と比べると日界は、指呼の間だが、あの猛烈な光熱で、どんな霊も燃えつくしてしまうように思われる。水位は、日界には入り難いが、下に見たことはあるといい、城郭のようなものが数十あったといっている。

 

・地球に最も近い月界だが、ここは「もろもろの穢(けがれ)の往留る」根の国、底の国に当たる。そのため、神仙から月球人にいたるまで、全て地球より「遥かに卑しく劣る」そうで、かぐや姫のようなロマンチックな世界ではないらしい。

 

<さまざまな神仙界>

36天と大羅天><本邦神仙道のモチーフか>

・道教の36天説(元始天尊の坐す大羅天を最高天とし以下、玉清境、上清境、太清境の三清天、四種民天、仏教から取り込んだ三界(無色界、色界、欲界)の28天を重ねたモデル。

 

・日本の神仙道では、36天は道士のつくりごとだとして、ほとんど相手にしていない。

 

<五岳真形図と五岳神界>(地球霊界の軸柱となる神界)

 <石城島(しきしま)霊界>(友清歓真(10歳のとき神隠しにあったといわれる)が赴いた理想郷)

・友清歓真が訪問した当時で人々は14万人。3ないし4つの行政区に分かれており、東部は科学的な研究機関、学校・工場などのある近代的な地域でアメリカの最新の意匠による別邸のようなものも建っている。

 

・東部と比べると西部は、鄙びた地域で友清と石城島霊界に招いた物故者の田畑氏は、20坪ばかりの菜園の世話をしていた。もっとも、肥料も水もやらないのに美しく立派な野菜ができるというから、世話というほどのこともない。

 

 

 

『神仙道の本』  (秘教玄学と幽冥界への参入)

(学研)2007/3

 

 

 

<仏仙界><神仙界と対立する妖魔の巣窟か?>

<神仙家が敬遠する世界>

・山人界でもないのに、愚賓がでてきているのは仏仙界にも僧侶のなりをした愚賓が住んでいるからだ。ただし、仏仙界の愚賓は「無官」だそうで、「理不尽に愚人を誑(たぶら)かすから「愚賓者」とも呼ばれるらしい。利仙君によれば、極楽も仏も、みな愚賓が見せる幻術だというのである。

 

・仙界に出入りした神仙家は多いが、不思議なことに仏仙界については誰も中に入って見聞しようとしない。敬遠しているのは明らかだが、それも道理で、彼らは、筋金入りの仏教嫌い、仏仙嫌いなのだ。仏教に対する嫌悪感を最も露骨に示しているものもいる。

 

<魔界と魔王><極悪の魔が救う禁忌の領域とは>

・魔界だけは、全くといっていいほど、探訪情報がない。

 

<死後「極悪の人霊」となった魔王>

<魔に堕した悪霊を掌る魔王>

・ 魔王の筆頭は、造物大女王という女魔で、天地開闢の際、積もり積もった陰気の悪気が凝結して生まれたという。

これに次ぐのが無底海太陰女王だ。

 

<宇宙の神仙界>

<大気圏の外にも広がる神仙の世界>

・実は、遠方の星の世界の状況が、この地球の大気圏内の或るところに影を映したような状況になって、そこへ行って来たからだという。

 

・この玉京山が紫微宮の中心の神山で、そこに天帝の住まう玉京山鳳宮がある。さらに玉京山の南方の海中には、宮殿楼閣を空に聳えさせている紫蘭島(しらんとう)があり、紫微宮神界の重要な施設が立ち並んでいる。

 

・毎年元日には、全世界の神々がこの島の紫蘭大枢宮号真光遊門という門の前に集まり、宇宙の根本神に拝礼朝賀するというのである。

 

 

 

『神仙道の本』(秘教玄学と幽冥界への参入)

(学研)2007/3

 

 

 

<山人界(天狗界)>

<多種多様な天狗らの仕事と生活の実際>

<高級山人が住まう壮麗な宮殿>

・山人とは山の神のことだが、天狗の異名として用いられることもある。「お山には善美を尽くした広大結構な御殿があり、三尺坊は平生には、そこに居られますが、亦、空中にも大なる御殿があってここにも多くの方々が居られます」。

 

<山人界の天狗の風体とは>

・天狗というと鼻高・赤面の異形に描かれるのが通常だが、実際の姿は人と変わらず、頭巾をかぶり、白衣を着し、足には木沓(きぐつ)を履いている(裸足の愚賓(ぐひん)もいるという)。

 

・最後に天狗は日本独自のものとの話があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

 

 <戦争に出陣する愚賓(下級天狗)たち>

・仕事は、より上級の神界の下命に従って戦争に従軍したり、霊界や人間界をパトロールしたり、冥罰を下したりと、そうとう忙しい。大小の愚賓は、元来が武官だから、戦争になると鬼類などを従えて直ちに出陣する。

 

・加納郁夫という名の天狗の弟子となった「天狗の初さん」こと外川初次郎は、加納天狗の供をして満州事変に従軍したと言っているし、幕末の戦乱時に活動した才一郎は明治元年から2年にかけての戊辰戦争に冥界から参戦し、三尺坊の命令で、自分の出身国である尾張藩の隊長“千賀八郎”を守護していたと語っている。

 

 

 

『神仙道の本』 (秘教玄学と幽冥界への参入)

(学研)2007/3

 

 

 

<異界交通者が赴く山人界(天狗界)>

<僧侶や仏教信者など、仏教徒深い因縁で結ばれた者が入る「仏仙界」がある。>

 全霊界は「むすび」と「たま」の領界に大別される。>

・むすびの世界とは、「衣食住や山河草木や万般の調度品が、客観的に実在として殆ど人間界のごとく存在する」世界のことで、我々の現界もここに属する。現界もまた霊界の一種、むすびの霊界なのである。

 

・ 一方、たまの世界は「欲する品物が欲するままに、そこに現出する代わりに注意を怠っていると消えたり、一瞬にして千里を往来したり、もやもやと霊のようなものが友人や知人の顔となり手となって遂に完全な姿として、そこに出てきたり、高い階級で美しい光の乱舞の中に自分も光の雲の如く出没穏見したりする」世界をいう。

 

<高級神界の世界>

<神集岳神界・万霊神岳神界・紫府宮神界とは>

<全ての地の霊界を統制する大永宮>

・神集岳神界があり、中心は大永宮という巨大な宮城で、一辺が160キロもある高い壁に取り囲まれている。四方に大門があり宮城を四方から囲む数十の宮殿群もある。

 

・幽政の中府だけに膨大な数の高級官僚が働いている。東洋、西洋、人種はさまざまだが、日本人も沢山、含まれている。

 

・紫府宮神界は宇宙神界の紫微宮神界ではないので、注意。

 

・そもそも「天機漏らすべからず」といって神仙界の機密は人間界には伝えないのが決まり。

 

<現界人の生死・寿命を管掌する神>

・万霊神岳は現界人にとって最も重要な関連をもつ神界とされているのである。大きな島嶼としてまとまっている神集岳とは異なり、この神界は様々な霊界幽区が集まってできた“連邦体”だという。この世界に属する霊界はきわめて広く、いわゆる極楽や地獄も内包しているし、仏仙界も含まれるというから、その巨大さは想像を絶する。

 

<刑法所も存在する万霊神岳>

・神集岳神界・万霊神岳神界・紫府宮神界が地の霊界では最も高級な神界で、地の霊界全体を監督・支配している。

 

刑法所もあり、極刑も執行され、霊魂は消滅させられるというから恐ろしい。

 

 

 

 『神仙道の本』(秘教玄学と幽冥界への参入)

(学研)2007/3

 

 

 

<神仙界の構造>

<神仙が住まう天の霊界と地の霊界>

・世界には目に見える物質的世界(顕界)と目に見えない霊的な世界(幽冥界・幽界)があると説いている。

 

・極陽に近い部分が天の霊界(天の幽界・天の顕界)、極陰に近い世界が地の霊界(地の幽界・地の顕界)ということになる。

 

<地の霊界の首都「神集岳神界」>

・神仙道の場合、まずトップに来るのが天の霊界、筆頭の大都(だいと)、「紫微宮(しびきゅう)」で、天地宇宙の根元神の宮であるという。

 

・この紫微宮の次にくる「大都」は、天照大神の神界である「日界」(太陽神界)で、ここが太陽系全体の首都ということになる。

 

・神仙道ではこの日界の次にくる大都以下を地球の霊界とし、その首都を「神集岳神界」と呼んでいる。

 

・神集岳は地の霊界全体を管理運営する神界で、地の霊界の立法府・行政府・司法府の最高官庁が、この都に置かれているという。

 

・首都・神集岳神界に対する副都を「万霊神岳神界」という。

 

・神界では、年に1回、現世の人間、霊界に入った人霊および仙人など一切の霊の“人事考課”を行い、寿命も含めた運命の書き換えが行われるという。この作業の中心が万霊神岳だそうなのである。

 

 

 

『「あの世」と「この世」の散歩道』

(天外伺朗)(経済界)2001/5

 

 

 

<宇宙の「明在系」と「暗在系」>

・―宇宙は、目に見える物質的な宇宙、「明在系」と目に見えないもう一つの宇宙「暗在系」により成り立っている。「明在系」のすべて、人間、時間、あるいは人間の想念でさえ、「暗在系」に全体としてたたみこまれているー

 

・周知のように、テレビの画面は放送局から飛んできた電波が元になっています。電波は広大な空間に分布しており、その広がりを「電磁界」といいます。今、「明在系」、つまり、目に見える物質的な宇宙をテレビの画面に、「暗在系」を電磁界にたとえてみます。実際の宇宙空間は3次元で、テレビの画面は2次元ですが、その違いは無視します。

 

・まず、最初に、電磁界がなければ、テレビの画面には何も映らないのは明らかでしょう。同じように、「暗在系」がなければ、「明在系」は存在できません。両者をひっくるめてひとつの宇宙が構成されています。

 

・次に、テレビ画面上の人物や物体は、電磁界のどこかに特定の位置に対応している、ということはなく、全体としてたたみ込まれています。従って、電磁界のどんな小さな部分にも、テレビ画面全体の情報が含まれています。

 

・私達が肉体を持って生まれてくるというのは、ちょうどテレビのスイッチをつけるようなものでしょう。逆に死ぬことは、スイッチを切るのに似ています。画面は消えますが、だからといって電磁界がなくなるわけではありません。「暗在系」というのは、生死と無関係で、時間を超越した、絶対的な存在なのです。

 

 

 

『戦争とオカルトの歴史』

 (W・アダム・コンデルバウム)(原書房)2005/2

 

 

 

<ヒトラー親衛隊>

・テロリズムを好んだ夢見る神秘主義者たちの団体からナチズムが生まれた。そしてそれが、“大量殺戮”という言葉に新たな様相を付け加えた。第三帝国全体を特徴付けるのが、この神秘主義と魔術である。ナチスの部隊と言うと、伸ばした脚を高く上げて機械のように行進する様子が思い浮かぶかもしれない。SSには、ダース・ベイダーの衣装のような黒い制服と髑髏の記章が用意され、他のドイツ軍部隊と区別された。

 

・もともとは、ヒトラーの護衛部隊として作られたSSだったが、やがて帝国の悪魔崇拝者となっていった。SSの志願者は、1750年までさかのぼって民族的に純血であることを“アーリア人の血筋”を証明しなくてはならなかった。要求される身体的条件は非常に厳しかった。ルーベンスボルン政策(スーパー北方種族を創出するための交接・出産・養育施設のこと)のための繁殖所では、金髪・青い目の子供の父親として、新アーリア超人からなる支配者民族の中核となる役割をになうからである。

 

・彼らは、生まれたときから信じてきたキリスト教を捨て、寄せ集めの異教精神を詰め込まれ、クリスマスを古来から続く、ただの祝い日とし、古代ルーン文字の象徴的な意味を学ばされた。SSのシンボル・マークも、ルーン文字で作られ、親衛隊は、ナチスの“信仰”を守るテンプル騎士団となった。

 

・皮肉なことに金髪・青い目の超人をまとめる組織の指導者は、細いあごをして眼鏡をかけた養鶏農家出身の勇者にふさわしい体つきとはとてもいえない男だった。男の名は、ハインリヒ・ヒムラーという。

 

 <金髪のアーリア人種出身の超人など歴史的に全く存在しなかった>

・アーリア人であるという以外にSS隊員の配偶者には、出産能力がなければならなかった。ナチスは嫡出・非嫡出を問わず妊娠を奨励し、妊娠・出産を望むものには報奨金を出す一方で、遺伝的障害を持つ“劣った種“を生まないように不妊手術と中絶手術を広く行った。ナチスは、”血こそ生である“という無意味なオカルト的信仰を持つ豊穣崇拝カルトだった。

 

・既成の教会に反対するSSによって、反教会権力のプロパガンダが広められた。キリスト教の教義は、ナチ“教”とはかみあわなかった。金髪の超人ばかりという架空の民族を発展させようというときに、柔和なるものが地位を継げるわけがない。もう片方のほおを差し出すことは、世界支配の夢とは全く相反し、ヒトラーの支配する暗い帝国で、イエスの説いた道は阻まれた。ある観点から見れば、ナチスとは、本質的には軍事と政治を一体化した大事業が、いかにして既成の宗教と対立するミュトスとオカルト活動を独自に生み出したという20世紀最大の例かもしれない。

 

 

 

『図解近代魔術』  

(羽仁礼) (新紀元社)  2005/10/6

 

 

 

<ナチス>

・ドイツの政党で、政権取得後は国家と一体となって活動、第2次世界大戦により解体。その思想にはゲルマン系神秘思想がとりいれられている。

 

<神秘主義的政治結社>

・ドイツの政党、「国家社会主義ドイツ労働者党」のことで、1919年にミュンヘンで結成された「ドイツ労働者党」が1920年に改称したもの。

1926年、アドルフ・ヒトラーが党の総裁に就任して以来勢力を拡張し、19331月にヒトラーが首相に就任すると次第に国家との一体化が進み、「第三帝国」と呼ばれる体制化でその崩壊までドイツを支配した。

 ナチス・ドイツは、共産主義者やフリーメイスンとともに魔術師や占星術師、秘密結社を迫害したが、ナチス自体魔術的世界観を背景に持つオカルト結社であったとの主張もある。また、ヒトラー自身魔術師であったとの説もある。

   

<マスター>

神智学において、人類を密かに導く超人的存在。歴史上の偉人の多くがマスターであったとされる。グレート・ホワイト・ブラザーフッドなる団体を結成。

 

<神智学における人類の指導者>

・ブラヴァツキーの神智学では、世界のどこかに住む「マスター」、あるいは「マハトマ」「イスキン」と呼ばれる超人的存在を想定している。マスターたちの姿は限られた人間にしか見えず、密かに人類の魂を高めるために働いているのだという。

 

・過去に出現した優秀な宗教指導者や心霊術の導師は皆マスターでブラヴァツキーによれば、釈迦、孔子、ソロモン王、老子、さらにはフランシス・ベーコン、サン・ジェルマン伯爵などもマスターだという。

ブラヴァツキーが出会ったクートフーミというマスターは、以前ピタゴラスに姿を変えていたこともあるが、今は青い目をし、美形のカンミール人でバラモン(僧)の姿をしているという。

 

・ブラヴァツキーのみならず、ヘンリー・スティール・オルコットやクリシュナムルティなども、実際にマスターたちの訪問を受けたことがあるという。そしてこのマスターたちが構成するのが「グレート・ホワイト・ブラザーフッド」と呼ばれるグループである。

 

・様々な情報を総合すると、このグレート・ホワイト・ブラザーフッドは144人のマスターからなり、シャンバラ(チベット仏教におけるユートピア)にいる世界の王を頂点としている。この世界の王の祖先は、ヴィーナス(ローマ神話の愛と美の女神)で、手足となる数人の者を従えて、16歳の少年に変身しており、この世界の王の手足となっているものが釈迦、マヌ(インド神話における最初の人間)、マイトレーヤ(インド仏教の伝説的人物)たちである。

 

 <地下世界アガルタ>

<サンティーヴ=ダルヴェードル(18421909)>

・独自の政治体制を構想、古代アトランティスの先進文明や地下世界アガルタの存在を主張した。

 

・彼が構想したシナーキズムは、当時流行していたアナーキズムに対抗するために考えだされたもので、世界の秘密の指導者とテレパシーでコンタクトできる人間たちの秘密結社が国家を支配する体制のことである。彼によれば、薔薇十字団やテンプル騎士団もそうした秘密結社であった。このシナーキズムを構想する過程で、彼は古代アトランティスの先進文明や地下世界アガルタに住む世界の王者といった観念を取り入れている。さらに根源人種の存在やアーリア人至上主義など、ブラヴァツキーの神智学やナチス・ドイツに引き継がれた概念も含まれている。

 

<地下世界アガルタと首都シャンバラ>

・中央アジアの地下に存在するという王国。首都シャンバラには、幾人もの副王と幾千人もの高僧を従えた世界の王ブライトマが住み、地表の人類とは比較にならない高度な科学技術を持つ。地上の世界とはいくつもの地下通路で連結され、チベットのポタラ宮の地下にも入り口があると伝えられる。

 

 

 

『神仙道の本』  秘教玄学と幽冥界への参入

学研マーケティング   2007/3

 

 

 

宮地堅盤(かきわ)〔水位〕(18521904) 自在に仙境に出入りした近代神仙道の大先達

<魂を飛ばして異界へ往来>

・「仙人というものは、いわば人間界の変り種で、昔からめったに世にでない稀有の存在であるにもかかわらず、常磐・堅盤の父子二代相ついで、神仙の位を生前において得たことは、人類史上ほとんどその例を見ないであろう」

 

・まさに宮地堅盤こそは、その実父常磐から教導された宮地神仙道の大成者であるだけでなく、近現代の神仙道史上、最大の巨星といっても過言ではない。

 10歳で父の指導のもと、肉体はそのままで魂だけで飛行するという脱魂法(後年は肉体も伴ったとされる)を修得し、高知の手箱山の神界に出入りしたのを手はじめに、神界の諸相をつぶさに見聞し、同時に人間界でも文武両道に励み、修行を積んだ。

 

・つまり、堅盤は脱魂法、あるいは肉身のままで数百回も幽真界に出入りしていたというのだ。

 堅盤の記録によれば、大山祗神のとりもちにより少彦名神(青真小童君)に面会を許され、さらに川丹先生こと玄丹大霊寿真(年齢は明治元年時に「2016歳」)と称する朝鮮の神仙界の大長老を紹介され、この両師を中心に、神界の秘事などの教示を受けたとしている。

 

・また堅盤の道号である水位という名も、22歳のころに少彦名神から名づけられたものだという。そもそも、堅盤は「謫仙」、つまり、神より特別な使命を受けて、本籍地の神仙界から人間界に流謫した仙人であったというのだ。

 

<神界の最高機密の大都へ>

・堅盤が自ら探求した幽冥界の様相を書きとめたものが、神仙道最高の書とされる『異境備忘録』である。神界・神仙界・天狗界など幽真界の情報がはしばしに織り込まれており、堅盤最大の功績はこの書を残したことだといわれるほどだ。

 

・堅盤は仙童寅吉ともいっしょに岩間山の杉山僧正に会い、各種の仙界へも飛行して出入りしたと書き残しているが、神仙界では寅吉より堅盤のほうが位が上であったという。

 

<全神界を包括する奇書『異境備忘録』>

・『異境備忘録』は、基本的には、先行文献としてあった平田篤胤の『仙境異聞』をふまえたうえで、道教的な神仙思想と日本の神道や古神道などを有機的に結合する比類のない世界観を確立した根本原典となっている。堅盤の開示した神仙道は、神仙思想の本場中国の影響圏内から脱して、逆にそれを傘下に組み入れ、さらにインドに本拠がある仏仙界や西洋の神界などまでを従属させた画期的なものであった。

 つまり、堅盤ならではの《神国日本》ならぬ《神仙道日本》の宣言書だったのである。

 

・堅盤は、大病の時期を除き、ほぼ生涯にわたって健筆をふるった。その全著作は百数十冊とも二百冊ともいう。これを高さに概算すれば、10等身におよぶほどだったらしい。

 

・ちなみに、堅盤の著述や蔵書の多くは、戦前に、近代神道史学の先駆者・宮地直一東大教授を経由して高知県立図書館に寄贈された。その後、昭和20年に空襲で同図書館が被災したときに烏有に帰している。

 

 

 

『日本神仙伝』

(不二龍彦)(学研) 2001/5

 

 

 

<宮地水位>

<日本初の本格的「霊界探訪記」『異境備忘録』を著した宮地水位>

<シャンバラも含む幽界の多様性>

・また、チベット密教で言う「シャンバラ」とおぼしき幽区についての記述もある。

シャンバラというのは、代々一人の王によって統治されてきたとされるヒマラヤ奥地の理想郷で、永遠の光の下、賢者だけの理想国家を築いていると伝承されている。この霊的な王国には、未来のいつの日か、邪悪な勢力を最終戦争によって打ち滅ぼすという神聖な使命があり、今もそのための活動を密かに行っているというのである。

 

・今でこそ、広く知られるようになったシャンバラだが、水位の時代には、ごく一部の学者以外、その存在を知っているひとは皆無といってよかった。

 

・ところが水位は、「西洋国のヒマラヤ山」に「中凹(なかぼこ)」の「支那上代」の神仙界があり、「山上は闇夜でも昼の如く」輝いていると、ちゃんと記述している。

しかも、この「支那上代の神仙界」がある山は、神仙界では「地軸」と呼ばれているらしく伝説の西王母(せいおうぼ)が住んでいるというのも、シャンバラ伝説と通いあうところがあって面白い。

 

 

 

『術』

綿谷雪   青蛙房  1964

 

 

 

<天狗飛切りの術と軽身の習練>

・仙界に出入りしたという紀州のモグリ医者島田幸庵の報告によれば、仙人界と天狗界は同じ系列の特別世界で、その階級は仙人界のほうは神仙、山人(やまびと)、異人(霊人)、山霊(やまのかみ)、山精(こだま)、木精(すだま)、鬼仙(おに)、山鬼(たかがみ)、境鳥(たかとり)、麒麟(ましか)、鳳凰(ながなきどり)、霊亀(おうかめ)と順次し、狗賓(くひん)のほうは大天狗、小天狗、木葉天狗、魔天狗、邪鬼の順であるが、両界通じていえば、大天狗は仙界で山人の階級に相当するという(-『幸庵仙界物語』)。

 

・もとより架空の観念的構成にすぎないが、しかし古来、仙人も天狗もいろいろと変わった型のものがあって、綜合的に考慮するとすれば、結局右のような組み立ては常識的といえるかも知れない。

 さすれば仙界・天狗界とも、上級者には超自然的な神仙型の飛翔を想像し、下級の者に鳥獣型の飛翔を想像するのは当然のことで、下ッ端の天狗は翼をもって飛ぶと考えられていました。

 

・では翼のない上等の天狗は、どのように飛翔したのか?私どもが、子供のころ聞いた話では、天狗は羽団扇をもっていて、それであおいでふわりふわりと翔ぶということでした。じつは羽団扇は飛ぶときの目標を定めるレーダー式のもので、下降するときには、方向舵の用をすると仙童寅吉は語っています。

 

・年代はよくわかりませんが、和歌山藩の餌差役で某という者が、鷹の餌にする小鳥をもとめて深山へ分け入り、小鳥網を張りました。知らず知らず殺生禁断の高野山の一部へ入りこんだらしく、おもしろいほど小鳥がかかる。

 と、どこからか一人の異様な老人が立ち現れました。某をにらみつけながら、小鳥を次ぎ次ぎと網からはずして逃がしてやり、ここは殺生禁断だから、あきらめて帰れという。

 某は何だか怖くなって帰ることにしたが、異人は気のどくに思ったのか、せっかくの機会だから跳ぶ術を教えてやると云い、某を高く突き出した岩石のうえへつれてゆきました。

 

・「さあ、谷底へ飛び下りてみろ。おれが下へ行って受け止めてやるから」という。しかし、怖くて、どうしても飛べない。ちゅうちょしていると異人は、うしろからいきなり某を突き落しておいて、すぐに谷底へあらわれてズシンと受け止めました。

 

「どうだ怖くないだろう。もういちどやってみろ」

こうして何回も飛び下りて受けてもらっているうちに、どうやら身のこなしなども会得して、平気で跳べるようになりました。

 

・某は礼をのべて和歌山へ帰り、高い屋根へ飛び上がったり飛び下りたりして人々をおどろかせるようになったが、その後三年ほどして、ふと飛ぶことに恐怖をおぼえ、急にそれっきり飛べなくなったという(-『積翠雑話』)。

 

・積極的な精神力が或る程度の危険を克服する事実は、この一話からも汲み取れるでしょう。跳躍は、昔は“軽身の術”とか“軽業”とかいいました。

 

 

 

 『神仙道の本』

(秘教玄学と幽冥界への参入)   (学研)2007/3

 

 

 

<山人界(天狗界)>

多種多様な天狗らの仕事と生活の実際

高級山人が住まう壮麗な宮殿

・山人とは山の神のことだが、天狗の異名として用いられることもある。「お山には善美を尽くした広大結構な御殿があり、三尺坊は平生には、そこに居られますが、亦、空中にも大なる御殿があってここにも多くの方々が居られます。

 

・ひと口に山人界といっても階級は実に多い。そこで、空中の御殿に住む鬼類・境鳥まで、暮らし向きも千差万別なのである。

 仙童寅吉以降、山人界の情報はずいぶんと数多くもたらされてきたが山人界の階級等についてもっともまとまった情報を伝えているのは島田幸安だ。

 

<山人界の天狗の風体とは>

・島田によると、山人界の階級は①神仙、②仙人、③山人、④異人、⑤休仙、⑥愚賓(ぐひん)に大別される。この愚賓というのがいわゆる天狗のことだが、天狗は人間が命名した俗称であって、山人界では使わないという。

 

・天狗というと鼻高・赤面の異形に描かれるのが通常だが、実際の姿は人と変わらず、頭巾をかぶり、白衣を着し、足には木沓(きぐつ)を履いている(裸足の愚賓(ぐひん)もいるという)。「人界にて云如き鼻高く翼ある者は無御座候」と、島田は断言している。

 愚賓は神仙から数えて6番目の下級官吏だが、そのなかにもまたこまかい階級がある。①山霊(大愚賓)、②山精(小愚賓)、③木仙、④鬼仙、⑤山鬼、⑥境鳥、⑦彩麟(ましか)がそれだ。

 

・⑥の境鳥が、いわゆる木の葉天狗・木っ端天狗と呼ばれる類で、嘴と翼をもつ鳥類の化身である。

 

・最後に天狗は日本独自のものとの話があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

 

<戦争に出陣する愚賓(下級天狗)たち>

・ただし、人間のように肉を食うのではなく、気だけを食うのだと島田が注釈している。生きている魚を海などから招き寄せ、「味の気」だけを取って食べ、食後は生きたまま海に帰すというのだ。

 

・仕事は、より上級の神界の下命に従って戦争に従軍したり、霊界や人間界をパトロールしたり、冥罰を下したりと、そうとう忙しい。大小の愚賓は、元来が武官だから、戦争になると鬼類などを従えて直ちに出陣する。

 

加納郁夫という名の天狗の弟子となった「天狗の初さん」こと外川初次郎は、加納天狗の供をして満州事変に従軍したと言っているし、幕末の戦乱時に活動した才一郎は明治元年から2年にかけての戊辰戦争に冥界から参戦し、三尺坊の命令で、自分の出身国である尾張藩の隊長“千賀八郎”を守護していたと語っている。

 

<天狗が下す恐怖の冥罰>

・天狗の仕事で最も怖いのは、人間界に罰を下すという仕事だ。火事による処罰が多いようで、情け容赦がない。たとえば、杉山僧正が東京の平川町(平河町)を焼いたことがある。

 

<過酷をきわめる天狗界の修行>

・寅吉や才一郎は仙縁があって山に招かれたものだがら否応はないが、凡人が天狗の「神通自在」にあこがれて山中修行に入っても、ろくなことにはならないらしいから、注意が必要だ。

 

 最後に、天狗は日本独自のものとの説があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

 

 

 

『『遠野物語』100年目の119のはなし』

 木瀬公二  荒蝦夷 2010/12

 

 

 

<柳田国男>

柳田は出版を「全くの道楽仕事で、最初から市場にお目見えしようとはしなかった」と、「再版覚書」に書いている。自費で350部だけ出し、「殆ど皆親族と知音とに頒けてしまった」と記している。

 それでも定価はつけた。50銭。巡査の月給が13円の時代だ。昨年度採用された警視庁の大卒警察官の初任給は約24万円。そこから計算すると現在の約9200円になる。柳田はこの値段を「恐る恐るつけた」と記しているのも、うなずける。

 以来、100年間も読み継がれている。

 

・「恐らく、小説を除くと日本で最も読まれている本の一つではないか」と研究者たちは口をそろえる。

 

<ザシキワラシ(1)>

佐々木仲子さん(65歳)は、ザシキワラシを見たことがある。あれがそうだ、と確信している。

 仲子さんが住む岩手県遠野市附馬牛町大出地区にあった大出小中学校が閉校になったのは平成192007)年3月だった。以来、仲子さんは、そこを通るたびに「この間までは子どもたちが元気に走り回っていたのに」と寂しい思いにかられていた。

 

・ふと、校舎に目をやると、昇降口に近い教室の窓が開いていた。窓わくに腕を乗せ、ほおづえをつくように、校庭を見ている2人の子供が見えた。花柄模様の着物をきた、小学低学年の女の子だった。「閉校に伴う学芸会の練習でもあるのかしら」。そう思って車を止め、先生たちが使っていた駐車場をみたが、車は1台も止まっていなかった。

 それじゃ何だろう。

 再び窓に目をやると人影はなくなり、昇降口から女の子たちが校門に向かって走ってきた。そして、校庭の真ん中まできたとき、すーっと2人の姿が消えた。

 

「学校にザシキワラシが住んでいる」という言い伝えは、地区に広く伝わっていた。仲子さんには、消えた子の顔が、悲しそうに見えた。閉校で友達もいなくなり、悲しくなったザシキワラシなのかな。

 そんなことを思いながら「そんなら家にくるか。貧乏で何もないよ。でもご飯と水だけは毎日あげるから」と独り言をつぶやいた。

 そうして車に乗り、用事を済ませて自宅に戻った夜から、仲子さんの不思議な体験が始まった。

 

『遠野物語』は、ザシキワラシを「神」と位置づける。それが住む家は栄え、去ると没落するという言い伝えを紹介している。

 

<ザシキワラシ(2)>

<「やっぱりあれは、学校から連れて帰ってきたザシキワラシだ」>

・佐々木仲子さん(65歳)は、岩手県遠野市附馬牛町の大出小中学校でザシキワラシを見た夜も、普段通り寝床に入った。何時間くらいたったのだろうか。気がつくと布団の周りを、童女2人がキャッキャと言って走り回っていた。眠ろうとしてもうるさくて眠れない。別に怖いわけでもない。その騒ぎは朝まで続いた

 目が覚めていたのか眠っていたのか。夢なのか現実なのか。

 

<ザシキワラシ(7)>

・「画家について東京まで遊びにいったザシキワラシが、女性作家の肩に乗って帰ってきた

関係した人はみなそう思っている。ザシキワラシを見たという佐々木仲子(65歳)も同じだ。

その仲子さんは、ザシキワラシに会いに、早池峰神社や大出小中学校跡地に来た人と会えば「ザシキワラシはいると思う」と話す。

 そういう人たちから「夕べ見ることが出来ました。青い着物の男の子が、枕元に立って空豆を食べたいと言ったので送ります。教室に供えて下さい」という手紙や品物が届いている。

 

<ザシキワラシ(8)>

・ザシキワラシが住み着いた仲子さんの家。いいいことはあったのだろうか。

「悪いことが起きないんだから、守られているんでしょうね」と仲子さん。

 そのあとに「ザシキワラシは、自分の心にしまっておくもの。客寄せに使うつもりは全くない」と付け加えた。

 

<単行本『水木しげるの遠野物語』>

・連載は、原作に沿って「此の話はすべて遠野の人 佐々木鏡石くんより聞きたり」という序を添え、柳田国男が佐々木喜善(鏡石)から話を聞きとっている場面から始まっている。

 119話を順を追い、1回に数話ずつ入れる構成で長さはまちまち。2カットで終わっている話があるかと思えば、野宿した山の中で聞く不思議な音の話などを記した33話は、連載1回分をすべて充当。水木さんが戦争で行った南方ジャングルでの体験も交え、山には「そういう神秘の力があるようだね」などとの感想が記してある。

 

・これを描くために水木さんは2回、岩手県遠野を訪問、種々な場所で取材をし、最終回に「前世に遠野に存在していたことは確かなようだ」と書いて締めくくっている。

 

<遠野だから、絶対見えるもの>

・その淵で、カッパを見た。

 それも2回半。

 石の上に座っていたのが1回目。2回目はヨモギをかき分けて出てきた。3回目は川に潜りかけていて背中と足しか見えなかったから、半分。

 岩手県遠野市土淵町にある「カッパ淵」で、運萬治男さん(61歳)がそんな話を観光客に語るようになったのは平成142002)年7月のことだった。

 じつは、自分ではカッパを見たことがない。地区の人から請われて、この土地でずっと語り続けていた故・阿部与市さんの活動と、その「体験談」を引き継いだ。

 

シンポジウム・『遠野物語』を語る――『遠野物語』のすごみ

・『遠野物語』には、神隠しに合う子供の話や魔法を使う老女の話が登場する。魔物にそそのかされて起きたと思われる殺人事件も、狂気を発する老女も、行方不明の娘が突如として姿を現す話も、当たり前のように書かれている。

 本当のことなのかうそ話なのか、夢を見ているのか現実なのか。判断がつかない不思議な気分にさせられる。それが「あの世の物語なのか、この世の物語なのかが判然としない」と言われるゆえんである。

 

・司会役を担った赤坂憲雄さん(56歳)は、佐々木喜善から聞いた話を書いたのだから「聞きたるまま」書かなければならないのに、「感じたるまま」書いたと序文に記した姿勢に言及。その結果が、民俗学と文学の両面を持った書物となり「どちらに光を当てるかで読み方が全く違ってしまう」と評した。

 これらを受ける形で小池さんは「語りとは口語体であるのに、それを文語文にしたところが奇跡的なこと」と、矛盾の文体が生んだすごみを力説した。

 

シンポジウム・『遠野物語』を語る――柳田国男「一生の仕事」

・先月の仙台市でのシンポジウムでは、『遠野物語』を出したあとの柳田国男の仕事にも話は及んだ。柳田は、物語に出てくる不可思議としか言いようのない出来事を「いったい遠野郷の人たちはなぜ語り伝えてきたのかと疑問に思ったはずだ」と宗教学者の山折哲雄さん(78歳)は推測する。

 その上で、それらの出来事は、合理的に説明出来るはずだと柳田は考え、その解析を「一生の仕事にした」と論を進めた。

 

・歌人の小池光さん(62歳)は、「原因があってこうなったと、一見もっともらしく分析すればするほど大事な物が抜けていく」とし、丸ごと抱え込む姿勢の大事さを強調。あり得ないようなことを遠野の人みんなが信じていた点を「山に何かがいると信じることで共同体はまとまる。現代はそういう意味での山がなくなり、我々はつながりを失っている」と指摘。さらに物語に登場する人々が「自然に対する恐れや畏敬の念というまなざしを持っているところに、気品や格調を感じる。それが100年も命をつないできたもとだ」と解析した。

 

<ザシキワラシ(9)>

・その部屋は、不思議な間取りである。6畳間と2畳間と3畳間の、仕切りが取り払われてできた11畳間だ。そこにザシキワラシがでる。

 泊まったひとたちがそう言う。

 出窓につくった棚に、子供の洋服やおもちゃが並ぶ。ザシキワラシに会った人たちが「ザシキワラシさんへ」と買いて置いていく。

 佐々木満さん(67歳)の民宿「わらべ」は、早池峰山の登山口付近にある。昭和631988)年、バスの運転手をやめ、生まれ育ったこの地に戻って開業した。佐々木仲子さん(65歳)がザシキワラシを見た、岩手県遠野市附馬牛町の旧大出小中学校のすぐそばだ。

 

<ザシキワラシ(10)>

・「枕元にちょこんと座って私の顔をのぞき込んでいるんです」「布団の中でおなかをくすぐられました」「体を揺さぶって起こされました」「左親指をしゃぶられました」「布団の上にばさっと乗ってきた座敷わらしの頭を思わずなでました」

 民宿「わらべ」に備えられている自由帳には、ザシキワラシに会ったという宿泊客の書き込みが並ぶ。

 

<ザシキワラシ(11)>

ザシキワラシが出る、という部屋は民宿「わらべ」の2階にある。

 

・その部屋の泊り客が増えるに従い、「あの部屋には何かいるんじゃないの?」と言う声が大きくなっていく。

「いたずらされて寝かせてもらえなかった」「寝ていると昆虫採取の網を振り回すような音がした」「誰かが階段をのぼってくる音が聞えた」

 ザシキワラシという言葉はまだ、民俗学の世界で使われる言葉だった。佐々木さんは「夢でも見ているんだろう」と、気にもかけずにいた。

 しかし「何かある」という声は次第に広まっていった。

 

<ザシキワラシ(12)>

「民宿わらべには、何かある」と広まった原因の一つは、UFOなど超常現象を扱う雑誌に紹介されたことだ。平成81996)年2月号に、仙台市から来た宿泊客の「不思議な体験」が載った。

 一人で早池峰登山をした。疲れ切って「わらべ」に戻ってきた。筋肉痛の体を横たえ眠りについた。

夜中、地震で目が覚めた。そこに赤と黒のじゅばん様の服を着たおかっぱ頭の幼女2人が立っていた。声をかけたら2人は足をもんでくれた。

 

<ザシキワラシ(13)>

・京都からきたその6人組は、旅を十分満喫している様子だった。夕食後も囲炉裏端に集まり、夜遅くまで雑談を楽しんでいた。

 そろそろ寝ましょうと、解散したのは午後10時を過ぎていた。みなそれぞれの部屋に帰った。そのうちの1人が忘れ物をしたことに気づいた。囲炉裏端に戻ってきた。

「そうしたら、ザシキワラシがいたんよ」

 仲間たちにそう話しているのを、主人の佐々木満さん(67歳)は、小耳にはさんだ。朝食の用意で忙しく、詳細は聞きもらした。

 

<ザシキワラシ(14)>

・京都から来た6人組が引き上げた後、佐々木満さん(67歳)が自由帳を見ると、こんな記載があった。「昔、椎葉村で会った座敷ぼっこがもう一度会いにきてくれたんでしょうか」

「座敷ぼっこ」は、ザシキワラシの別称。蔵ぼっこ、蔵わらし、と呼ばれることもある。どうやら、ザシキワラシに会ったという女性が書いていったようだ。

 椎葉村は、宮崎県にある山村。柳田国男が、狩りで使う独特の言葉や風習、儀礼、作法などを詳しく聞き書きした『後狩詞記』の舞台だ。

 

<ザシキワラシ(15)>

民宿「わらべ」は次第に、ザシキワラシに会いたい、という宿泊客が増えていく。当初、釣り客から「あの部屋でもいいから」と言われていた部屋が、「ぜひあの部屋に」という、あこがれの部屋に変身していく。

 

<ザシキワラシ(16)>

・「ザシキワラシに会いました。お陰様で成功しました」というお礼の品が、民宿「わらべ」のザシキワラシの部屋に飾られている。

 

3年前に百倍を超す難関を突破して劇団員になった男性からも「ザシキワラシのお陰」とお礼の手紙が届いた。安定した職につけて結婚も出来たという人からの手紙もあった。

 

・でも佐々木さんは、そんな「謎解き」はしない。そのまま受け入れる。

「だってザシキワラシは神様だからね」

 

<ザシキワラシ(17)>

これまでの経験では、大人たちの大半は「いる気配がした」。

 子供だけが、実際に「見た」と言っている。

 あるとき佐々木さんは、「早池峯神社に行きたい」という子供をつれて出かけた。境内の大杉のところまできたとき、子供が「いま、あそこを子供が歩いて行ったよ」と佐々木さんに言った。同じ方を見ていた佐々木さんには何も見えなかった。

 家族連れの宿泊客が帰るとき、子供が客室を振り返って「ほら、窓から子供が手を振っているよ」と親に言った。佐々木さんも一緒に見上げたが、何も見えなかった。

 その部屋は「ざしきわらし」の間ではなかった。

 佐々木さんは「ザシキワラシはその家の守り神です。みんなそれぞれの心の中にいるんだと思います。霊感の強さとは関係なく心のありようで、見えたり見えなかったりするのではないか」と思っている。

 

<ザシキワラシ(18)>

・ザシキワラシに関する最も最近の「伝説」は昭和321957)年ごろの話だ。

 舞台は、岩手県遠野市街地にある、しょうゆ屋と麹屋。

 その、しょうゆ屋からザシキワラシが出て行き、斜め向かいの麹屋方面にいった。その後、しょうゆ屋は徐々に経営が傾いてつぶれ、麹屋は繁栄して主人は市長にまでなった。

 少し年配の遠野の人なら、だれでも知っている話だという。

 

<ザシキワラシ(19)>

・しょうゆ屋から出て麹屋方面に行ったザシキワラシを、その目で見た人から、直接話を聞いた人もいる。

 岩手県遠野市綾織町の菅原ヒサさん(86歳)は5年ほど前、岩手県立遠野病院で聞いた。

 待合室で、ばったり出会ったその目撃者は、ヒサさんより5歳ほど年上の、旧知のおばあちゃん。しょうゆ屋の奉公人だった。

「明日は忙しいから朝早くきてがんせ」と主人に頼まれ、早朝に店に着いた。さて中に入ろうとしたときのことだった、という。

「蔵から男わらしっこと女わらしっこが手をつないで、絣っこ着てちょうちんさげて泣いて出てきたったとす。それを見ていたら主人が「忙しいから早く入ってこ」となったとす。あやほんだどもさ、子供たちどこさいくんだべな、と見ていたら、2人は麹屋に入ったとさ

 そう聞かされた。ここでは、夫婦でも頭の大きい少年でもない。

 

<ザシキワラシ(20)>

・『遠野物語』の「三題ばなし」と言えばカッパとオシラサマとザシキワラシである。中でもアイドルになりやすいのがザシキワラシだ。そのイメージが、丈の短いかすりの着物を着た、かわいらしい幼い子だからだろう。

 そんなイメージを定着させたのは、『遠野物語』の17話である。

 

・昭和31928)年10月、陸軍の特別大演習が岩手県内で行われたときに、天皇陛下の警護をする警察官の部屋に現れたのは、56歳の男女2人ずつの4人組だ。

 岩手県盛岡市の寺に一人で寝ていて、真夜中に物音で目をさます。4人は面白そうに座敷の中を跳ね回って遊んでいた。「承聞するこれがザシキワラシというものであろう」「異族のこれらの者に至るまで天皇陛下がお目見えになったことを喜んでいる」と、当時発行されていた青森日報が書いた記事のコピーを、元岩手県立博物館長の金野静一さん(85歳)は読んだという。

 このころには、ザシキワラシの姿はかなり多彩になっている。盛岡市八幡町に、立てひざをついてたばこを吸う、妙齢の「おなごザシキワラシ」がいた記録も、金野さんは読んでいる。

 

<ザシキワラシ(21)>

ザシキワラシは、家人以外に見られてはいけない。ザシキワラシのいる家では、そう言われている。見られた時点で、その家の没落が始まるから。

 人に見られないために家人は、他人から注視されないように心を配る。だから「うちにザシキワラシがいる」などとは絶対に言わない。「あの家にはいるそうだ」と名前が出ることも、没落の前兆として嫌った。

 

・実名を書いたお陰で、その家から抗議を受けた遠野物語研究所員もいる。ザシキワラシが出ると評判の民宿わらべの佐々木満さん(67歳)も「私は会ったことがないので、いるとかいないとか言えない」と言うだけだ。

 

<ザシキワラシ(22)>

さて、ザシキワラシとは一体何者か

 最も広く言われているのは次のような話だ。

 お金持ちの家は、財産を分散させたくないので、近親者と結婚することが多かった。ともすれば障害のある子が生まれる。偏見の激しい時代。その子を外目に触れさすことが出来ない。金持ちの家だから、蔵座敷はある。そこで子供を育てた。

 

・岩手県遠野市宮森町の佐々木ユキさん(79歳)は、いたずらをしていると親から「そんなことをしているとザシキワラシがでてくるぞ」と怒られた。「お巡りさんでもない、お化けでもない、もっと別な怖いものなんだと思っていた」と言う。

 

<ザシキワラシ(23)>

・ザシキワラシは「いえの守り神」と考えるのが最もわかりやすい。二人はそう言う。

 年寄りが囲炉裏端で、子供たちに語りかける。

「オラの家はザシキワラシがいる家なんだぞ。これがいるから栄えるんだぞ、悪いことをするとザシキワラシは出て行ってしまうぞ。それが鬼になって、お前たちをやっつけるんだぞ。おっかねえんだぞ」と。

 繰り返し繰り返し、ザシキワラシの名前を借りて語る。その中で、家風とか戒めを教えていった。「困った人には親切にするんだぞ」「よく働くんだぞ」「しっかりしないと、この家はうまく行かないぞ」と伝えたと思われる。

 

<ザシキワラシ(24)・完>

<「家の精霊と言った方がいいでしょう」>

・『遠野物語』は、年を重ねて妖怪化し、霊力をもった生き物を「経立(ふったち)」と記している。1000年も生きた御犬(オオカミ)や、鉄砲の弾も通さぬ毛皮をまとうサルがそれだ。自然界を循環する、精霊の原型とされている。

 ザシキワラシはその一種、と解説する人は多い。「家の守り神」という人も少なくない。厳密に言うと、両者は同じではない。

 

<外国人に『遠野物語』の世界を>

モースさんは、『遠野物語』に書かれていることは、どこの国でも、どの地方にでもある普遍的な話だとし、「そういう意味でも、『遠野物語』は世界的な文学だ」と話した。

 

<遠野市立博物館(19)文学評価>

・泉鏡花は「近ごろおもしろき署を読みたり。(略)再読三読尚ほ飽くことを知らず」と書き、島崎藤村の「斯の冊子の中に遠い遠い野の声というようなものを聞くような思いがする」などが好意的な評だった。

「遠野物語拾遺」を加えた増補版が出て、市場に並びだすと、評論は増え出す。

 金田一京助は「これこそ実に(日本民俗学の)最も記念すべき最初の文献である」とし、桑原武夫は「まず何よりも、一個の優れた文学書である」と高く評価した。

 三島由紀夫の激賞ぶりもすごい。「日本民俗学の発祥の記念塔ともいふべき名高い名著」「文章の上からいっても、簡潔さの無類のお手本」「殊に何回読み返したかわからないのは、その序文である。名文であるのみではなく………」とどまるところを知らない。

 原稿用紙5枚に書かれたこの現物は、今回の展示品の中の目玉の一つ。三島の達筆に込められた『遠野物語』への愛情がにじんでいる。

 そうして、『遠野物語』から材をとった吉本隆明の『共同幻想論』(河出書房新社)がブームになり、文庫本になりハンドブックが誕生し、民俗学と文学の両面から読者が広がっていった。

 これらの書籍類もほぼ網羅し展示されている。

 

<カッパ情報求む>

・カッパ淵に近い岩手県遠野市土淵町の観光施設・伝承園がカッパ情報を募集した。カッパと人とのかかわりを探ろうという試みだったが、集まったのは「目撃情報」4件だけ。

 

しかし、集まってきたのは「カッパ淵の橋の上で、人のいない方からクゥーという鳴き声が聞こえてきた」「1歳の息子が、人のいない方を指して「カッパ」と言った」といった「目撃情報」だった。

 8月に入って市内観光施設などにもチラシを置いて呼びかけたが、「ホテルに泊まっていたらキィー、キィーという鳴き声が聞こえた。あれはカッパだと思う」という種類だけだった。

 

 

 

『遠野奇談』 

 佐々木喜善   河出書房新社 2009/9/15

 

 

 

<『遠野物語』>

・柳田國男は東京の自宅で遠野出身の佐々木喜善から話を聞き、明治43年(1910)、『遠野物語』を発刊しました。

 

 仙人峠の不思議

・ある冬の非常に雪の降る夜、外にはただ雪がしんしんと降っているばかりで、別段変った物音もありませんでした。けれども犬だけは一層、悲鳴をあげて、尾を両膝の間に挟み入れてすくみあがっているので、主人は、これはいよいよ変だと思って、思いきって雨戸をがらりと開けて鉄砲を差し出しました。

 

・ところが、外に戸口からものの一間も隔ったところに、一人の老翁が立っているのが雪の降る縞の中にぼんやりと見えていました。それは小丈(こぜい)な何だか蓑でも着たような風態で手には一丈(約3メートル)ばかりあろうと思われる先の妙に曲がった杖をついて、眼ばかりを爛々と光らし、白い髭が胸のあたりまで垂れ下がった人でした。主人ははっと、思うと思わず先刻狙いを構えた姿勢のまま、五体が麻痺してだんだんとちぢかんでしまいました。そうしてとうとう後方にどんと倒れて前後不覚になったが、家内の者に呼びおこされてやっと気がついたということであります。主人は、それはこの山の主の仙人様だったろうと、今でも人ごとに物々しく語っております。

  

・昔から、その不思議な倭体(こぜい)白髭の老翁がいて、時々、旅人の目にも触れたものと見えて、頂上の仙人堂の壁板の落書きのうちにも、夜九時頃山中にて不思議な白髭の老人に逢うなどと書いてあったと言います。

 

・最も新しい分では、大正五年の春、釜石鉱山の役員らが、この峠の仙人堂の前で山見物を催したことがあります。そうしてとにかく、その日は一日の歓を尽くして、午後になっていよいよ山を下ろうとする時、記念の写真を撮ることになり、仙人堂を背景として一同整列しましたが、そのうちに彼の掛茶屋の主人も、仙人山の主宰者といった格でその中に加わりました。そうして写真が出来上がって見ると、掛茶屋の主人の背後に、奇怪な人物が一人余計に写されておるのです。それがやっぱり小丈白髭の変てこな杖を持った老翁で、さきに主人が雪降りの夜に見たものと寸分違っていないものだったと言います。その写真は今でも主人が大切にしてしまっておきますが、話がそこに至ると誰にでもきっと取り出して見せずにはおかぬというものだそうです。

 

 <家屋の怪物><旧家の奥座敷に出遊ぶ><ザシキワラシ>

・家屋の内にばかり住んでいる怪物、あるいは家のぬしというようなもので、日本でもっとも重なるものは、わが奥州地方のザシキワラシでありましょう。これは主に五六歳の童子(こども)の形をして、富豪の家や由来ある旧家などの奥座敷に出て遊んでいるものだとされております。こういうものの出現する家は、一部落には必ず二三軒はあるようです。

  

・この座敷童子のことについては、既に私は、度々言っておりますが、いまだいっこう知っておらない方々のために、その一二の例を言いますと、岩手県江刺(えさし)郡稲瀬(いなせ)村の及川某家というのになどは、一二人ならず、どうも多勢らしい童が座敷に住んでいて、それらが家人の留守などの折には、内土間の方に下がって石臼を挽いたりなんかしていたんだそうであります。もちろんザシキワラシの本来は一人または二人ぐらいらしいのですが、稀にはかくのごとく数人の者が居ることもあるらしいのです。

  

・同県の遠野郷綾織(あやおり)村の某家などでは、やっぱり家人の留守の折などに座敷でお神楽みたいな囃子をしてザシキワラシが余念なく遊んでいたものだとも言われております。

  

・同県遠野郡字新町、奥田某という家のお婆さんが、ある日用事あって奥の二階座敷へ行くと、そこに非常に綺麗な十七八ぐらいの娘が赤い衣物(上もの)を畳んでおったが、お婆さんを見ると、あわただしく立って次の室へ匿れたというような話もあります。この美しい少女がこの家のザシキワラシであったことはもちろんで、こうした女性のものが住んでいた例も諸所にかなりあります。

 

 

 

『口語訳 遠野物語』

 (柳田国男) (河出書房新社)1992/7/10

 

 

 

<山田の蜃気楼>

・海岸の山田では、毎年蜃気楼が見えます。いつも外国の景色だということです。

それは、見たこともない都会のようすで、道路をりっぱな馬車がひっきりなしにとおり、人の往来もびっくりするほど多いそうです。家の形など、毎年少しも違いがないということです。

 

 <マヨイガ(三浦家の話)>

 小国の三浦某という家は、村一番の金持ちです。

しかし、いまから二、三代前の主人のころは、まだ家は貧乏で、妻は少し鈍い人でした。

この妻がある日、カド(門前)を流れる小川に沿って、蕗をとりに山へ入りました。が、よいものが少なく、いつの間にか、谷の奥深くまでさかのぼってしまいました。

  ふと気がついてみますと、目の前にりっぱな黒い門の家がありました。(おかしいな)とは思いましたが、門の中へそうっと入ってみました。広い庭には紅白の美しい花が一面に咲きほこり、よい香りがしてきます。鶏のたくさん遊んでいるかたわらをとおり、裏庭へ回ってみますと、そこには牛小屋があって、数多くの牛がおりました。また、厩には、なん頭ものみごとな馬がおり秣を食べていました。

  女はとうとう、玄関から家の中へ上がってみることにしました。一歩踏み込むと、開け放した次の間には、朱と黒のりっぱなお膳とお椀がたくさん用意されてありました。また、奥の座敷には火鉢があって、鉄びんの湯がチンチンとたぎっています。それなのに、どこまで行っても人影がありません。 ここまで来ますと、この気のよい女も(もしかして、ここは山男の家ではないか)などと思うようになりました。そう思い込むと、女は急におそろしくなり、谷川ぞいの道を、けつまずきながら、一目散に走って家へ帰り着きました。

 「とど、とど、おれ、たいへんなもの見で来たや」

  女はさっそく、山の中の不思議な家のことを語りました。が、夫をはじめ家の者は、だれ一人として本気にしませんでした。

  さて、ある日のこと。女が、わが家の門前で洗い物をしていますと、川上から、赤いみごとなお椀が一つ流れてきました。あんまり美しいので、女は思わず拾い上げてしまいました。しかし、これを食器として使えば、きっとまた「きたない」と、家の人たちに叱られるに違いありません。女は、どうしても欲しくなり、これを拾うと、ケセネギツの中に、そうっとかくしておきました。米や麦を計る入れ物にするつもりです。

  ところが、このお椀で米や麦を計りはじめてからは、いつまでたっても、なくなりません。そのうちに、家の人たちもやっと気がついたようでした。不思議に思って女にたずねましたので、女もはじめて、川から拾い上げたことを打ち明けました。家の人の話がほんとうであることを知り、とてもびっくりしたのです。

  いずれ、この家は、このことがあってから好運に恵まれ、ついには、いまの三浦家のような大金持になりました。

  遠野では、山中の不思議な家をマヨイガといいます。マヨイガに行き当たった人は、かならずその家の道具や家畜、なんでもよいから、持ってくることになっているのです。なぜなら、その人に授けようとして、このような幻の家を見せるからです。三浦家の妻に欲がなく。なにも取ってこなかったので、このお椀は、自分から流れてきたのだろうということです。

 

 <マヨイガ> 山の奥深くに突然のように現われる無人の豪家。一度見た者は、二度と見ることはできないといわれている。

 

 <門前> 家の内と外との境界。門の前を流れる小川に沿って歩いているうちに、いつの間にか、山深く入り込んでしまったという話の設定自体が、マヨイガへの伏線となっています。

 川上から流れてきたお椀を拾い上げるのも、この門前のことです。

  78話にも、「門の前」で死者の霊魂に出会う話があります。いずれにしても村の人々にとって「門前」とは、生と死、日常と非日常が往還する空間であって、語りのなかでは、重要なキーワードであったわけです。

 

 <椀貸し伝説>

・ 山中を漂泊し、椀や盆、膳などを作って生計をたてていた木地師たちの手によって、全国に伝わっていった伝説。柳田国男は、このマヨイガから流れてきたお椀の話の源は、この椀貸し伝説にあると考えました。

  全国に分布する「椀貸し伝説」は、椀貸し淵など、川や池に流れてくることが多いのですが、それは竜宮信仰ともつながって、中国やインド、ドイツ、イギリスなどの話と比較されています。

 

 

 

 『口語訳 遠野物語』

 (柳田国男) (河出書房新社)

 

 

 

 <マヨイガ(ヤマザキの話)>

・金沢村は、白望山の麓にあたり、上閉伊郡の中でもことに山奥で、人の往来のあまりないところです。六、七年ほど前、この金沢村から栃内村山崎の某かかの家では、娘の聟をもらいました。この聟が実家に行こうとして、山中で道に迷い、やはりこのマヨイガに行き当たりました。

  家のようす、牛・馬・鶏がたくさんいること、紅白の花が咲いていることなど、すべて前の話のとおりです。同じように玄関に入りますと、膳椀を用意している部屋があり、座敷には鉄びんの湯がたぎって、今ちょうど、茶を入れようとしているところのようにみえ、耳をすますと、どこか便所のあたりに、人が立っているような気配さえするように思いました。

  男ははじめ、ぼうぜんとしていました。が、後にはだんだん恐ろしくなり、栃内村へ引き返そうとして道をはずれ反対側の小国の里へ出てしまいました。

  小国村では、男からこの話を聞いても、だれ一人本気にする人はいませんでした。

しかし、遠野側の栃内村山崎のほうでは、

 「それごそ、うわさに聞いたマヨイガだ」

 「すぐ行って、膳椀でももらって来て、長者になるべす」

 「さあ、聟殿、案内せじゃ」などと大さわぎになりました。

さっそく、聟を先頭に立て、大勢の人がマヨイガ探しに、山の奥へはいりました。

 「このへんに、たしか門があったと思う」というあたりを、念入りに探しました。が、いくら探しても、そのような家はついに見つかりません。人々は、ただむなしく引き返すことになりました。

  その後、例の聟殿が金持になったという話は、いまだに聞こえてきません。

 

 山男は里人にとっては恐怖の対象である異人として語られていた。>

 <笛吹峠の山人>

 遠野郷から、海岸の田の浜や吉里吉里(きりきり)へ超えるのには、昔から笛吹峠という山道があります。山口村(土淵村山口)から、六角牛山のほうへ入る道で、海岸までの道のりも近いため、よく利用されていました。

  ところが、近年になって、この峠を越える人は、山中で必ず、山男や山女と出会うようになりました。この山人のうわさが広がると、それを伝え聞いた人々はみなおそろしがって、しだいにこの道を使わなくなり、人の往来はめっきり少なくなってしまいました。

  とうとう人々は、境木峠というほうに別の道を開き、和山を新しい馬次場(うまつぎば)として、いまではこちらの峠だけを超えるようになりました。

 二里以上もの、回り道になります。

 

 <笛吹峠>

・その昔から、耳を切るほどの冷たい風が吹くということから耳切峠と呼ばれる峠越えの難所でした。大槌からは海産物を、そして遠野からは米や炭を馬に積み、駄賃付と呼ばれた人々が往き来していたのですが、山男や山女に出会ったという話が増えてから不気味な空間として人々からこわがられてしまいました。車道になった今でも、通る車は多くありません。

 

 

 

『「ピラミッド」の謎』  失われたメシアの神殿

フリーメーソンのカッバーラで読み解く未知なる第三玄室の正体と大嘗祭の秘密

飛鳥昭雄・三神たける  学研  2010/1

 

 

 

絶対神ヤハウェと出雲族

・古代エジプトからイスラエル人を導いた絶対神ヤハウェは、しばしば雲として姿を現した。昼は雲の柱、夜は日の柱となって道標になった、と『旧約聖書』にはある。モーセが十戒を授かったシナイ山でも、神が臨在する山頂は雲で覆われ、雷鳴が響きわたった。雷雲は神の顕現の証であり、それは十戒石板を収めた契約の聖櫃アークでも同様だ。契約の聖櫃アークに神が宿ると、移動式の神殿である幕屋の上に雷雲が現れた。

 

 これらの情景をすべて表現したのが、実は神社なのである。日本人は見慣れているせいで、まったく意識していないのだが、神社の拝殿は臨在の幕屋を象徴しているのだ。

 まず、幕屋の名にあるように、神社は祭礼のとき、社殿を幕で覆う。神の臨在のしるしとなる上空の雷雲は、巨大な注連縄である。大根締めとも表現される太く大きな注連縄は、雷雲を表現しているのだ。その証拠に注連縄の間からは雷の稲妻を示す白い紙垂、雨を示す縄が垂れ下がっている。

 祈願するときにお賽銭を入れる箱は契約の聖櫃アークの象徴であり、その上にある鈴は雷鳴となる音を出し、それを鳴らすための綱は、まさにイスラエル人を導いた雲柱にほかならない。

 

このように、神社における雲は、みな絶対神ヤハウェの象徴なのである。このことを示す名が「出雲」である。天津神を奉じ、天照大神の子孫と称する天孫族に対して、国津神を奉じる出雲族はスサノオ命の子孫を称す。天照大神が太陽神であるのに対して、スサノオ命は嵐を呼ぶ荒神である。それゆえ、太陽の輝きを隠す雲は、天孫族に対抗する出雲族のシンボルと見なされてきた。

 

・天照大神はイエス・キリストのことである。天照大神を天照大神たらしめる天岩戸開き神話は、イエス・キリストの死と復活の場面を描いた物語にほかならない。天岩屋にお隠れになった天照大神とは、死んで横穴式墳墓に葬られたイエス・キリストであり、常世の長鳴き鶏はペトロの鶏、裸踊りをした天鈿女命(あめのうずめのみこと)は娼婦とされたマグダラのマリアを示す。天岩戸から出てくる際、八咫鏡に写った天照大神の姿は、性的に鏡像反転した男神を暗示し、かつ、その八咫鏡を吊るした真賢木は、イエス・キリストが磔になった十字架を示しているのだ。

 これはイエス・キリストを信じるユダヤ人原始キリスト教徒である秦氏が渡来し、ユダヤ教起源の神道をフォーマットしていく過程で、かってパレスチナでも同様なことがあったように、保守的なユダヤ教徒たちが反抗。やがて、雲をヤハウェ顕現のシンボルとする出雲族と呼ばれていったのである。

 

 いずれにせよ、神社の構造は出雲族の影響を強く受けている。神殿構造を分析するに当たって、出雲というキーワードは意外なことに、かの大ピラミッドの謎も解き明かすことができるのだ。

 

<上古出雲大社と第三玄室>

・しかし、八雲をヤー雲、すなわちヤハウェの雲と考えれば、ヤハウェの神殿である大ピラミッドに関する謎かけであると想像してみたくなる。というのも、頂上部にある第三玄室と第三重力拡散の間の高さは約288メートル。そう、ちょうど、96丈なのである。

 

 しかも、第三玄室には、そこにいたる大回廊が存在しない。この世ではなく、あの世の神殿だとすれば、対応する上古出雲大社が実在しない理由も納得がいく。

 

・第一玄室を今日の出雲大社であるとすれば、古代出雲大社と上古出雲大社は、それぞれこうなる。

 

出雲大社:第一玄室御子:ヤハウェ=イエス・キリスト

古代出雲大社:第二玄室:聖霊:コクマー=ルーハ

上古出雲大社:第三玄室:御父:エル・エルヨーン=エロヒム

 

 ご覧のように、上古出雲大社は第三玄室、すなわち御父エロヒムの神殿とみなすことができる。『旧約聖書』と『新約聖書』を通じて、御父エロヒムは直接、人間と接することがない。カトリックやプロテスタントは御父をヤハウェと見なしているために、この重要なポイントがわからなくなっているが、カッバーラにおいては一目瞭然。第三玄室にいたる大回廊が存在しないのも、上古出雲大社が実在しないのも、それは御父エロヒムの神殿であるからにほかならないのである。

 

<大ピラミッドで行われた儀式と大嘗祭>

・古代エジプト人が日本人と似た思想をもっていることを指摘する吉村教授であるが、もうひとつ、三大ピラミッドを含めたギザ大地の遺跡が、伊勢神宮に似ているというコメントをしている。三大ピラミッドが定説でいうようなファラオの墓ではなく、死後の世界を再現した壮大な神殿であると主張する吉村教授は、内宮と外宮、別宮や摂社などを併せて125社から成る伊勢神宮の神域に、同じ神々の世界を見たのかもしれない。

 

・この疑問については吉村教授は、こう考える。古代エジプトでは、ファラオが死ぬと鳥のような姿をした魂カーは天空に飛翔して、オリオン座のダウトという領域にいたり、やがて神になると信じられていた。大ピラミッドは、そのための巨大な装置である。ファラオの魂が天に昇る際、玄室や大回廊、女王の間で儀式が行われた。しかも、それは東西ふたつ、両方の神殿で行われたに違いない、と。

 

<地底王国シャンバラ>

・ヒトラーが夢見たシャンバラとは、いったい何なのか。ひとことでいえば、それは理想郷である。かつて人類がなしえなかった楽園の名前である。そこに住む人々は、だれもがこの世の真理を悟り、高度なモラルのもと、争いのない社会を実現しているという。

 ただし、シャンバラは地上世界にはない。一般の人間の目から隠された聖なる場所、すなわち神々が住むヒマラヤの地下に存在し、その入り口は、はるかなる北の果てにあるといわれる。

 

・だが、しかし。こうした見解に対して、チベット密教の最高権威、ダライ・ラマ14世はシャンバラが実在すると断言する。たんなる象徴を超えて、リアルな世界として存在するというのだ。ここに密教の恐ろしさがある。

 

チベット密教とカッバーラ

・最終経典にシャンバラが説かれているように、シャンバラの存在を最初に説いたのは仏教の開祖、釈迦なのだ。釈迦は自ら、北の果てにシャンバラへの入り口があると説いた。なぜ釈迦はシャンバラの存在を知っていたのか。

 

<釈迦はセムメーソンだった!>

・神秘思想における樹木は、いうまでもなく「生命の樹」であり、カッバーラの奥義を示す象徴である。説いた教えがカッバーラの叡智と通底することを考えれば、釈迦がカッバーリストであり、預言者であったことは間違いない。神を信じ、神とまみえ、そして神の言葉を授かったフリーメーソンだったはずである。

 

 注意してほしいのは、ヤフェトメーソンではなく、セムメーソンだという点である。バラモン教はアーリア人の宗教であり、それを担ったのはヤフェトメーソンだが、釈迦はセムメーソンだった。

 

・モンゴロイドはアーリア系ではない。有色アジア系であり、ユダヤ人やアラブ人、そしてトルコ人と同じセム系なのである。したがって、釈迦がカッバーリストならば、民族的にセムメーソンだったと考えられるのだ。

 しかも、それだけではない、釈迦はシャンバラの住民と同じ血を引いていた可能性がある。鍵となるのは、釈迦族=サカ族を生みだしたスキタイにある。

 

<失われたイスラエル10士族はどこへ消えた?>

・ソロモンの死後、王国は分裂。紀元前925年、イスラエル10支族から成る北朝イスラエル王国が独立すると、残る2支族は南朝ユダ王国の樹立を宣言した。このうち、南朝ユダ王国の末裔が今日のユダヤ人である。

 問題は北朝である。北朝イスラエル王国は紀元前722年、メソポタミア地方に勢力を拡大してきたアッシリア帝国によって、あっけなく滅亡。国民は捕囚され、遠くユーフラテス河流域へ強制的に移住させられてしまう。それから約200年ほど、イスラエル10支族はメソポタミア地方に住んでいたのだが、先述したように、いつの間にか集団で姿を消してしまうのだ。

 

・さて、ここで思いだしてほしいのが釈迦族である。サカ族はスキタイ系騎馬民族の流れを汲みながらも、本流ではなかった。マガダ国の釈迦族はモンゴロイド、すなわちセム系だったことを考えると、何か見えてこないだろうか。

 そう、釈迦は失われたイスラエル10支族だったのだ。ガウタマ・シッダールタのガウタマが優れた牛を意味するように、釈迦は10支族のうち、雄牛のシンボルをもつガド族のイスラエル人だったのである。

 

 最終仏教であるチベット密教を奉じるチベット民族も、しかり。チベット人は、東に広がった失われたイスラエル10支族である。チベット系民族のチャン族やカレン族が、失われたイスラエル10支族であることは、今日、イスラエル共和国の情報機関「アミンシャーブ」の調査によって判明しているのだ。

 

<失われたイスラエル10支族の本隊がいる場所>

・スキタイによって連れ去られたイスラエル10支族とは別に、自主的に北へ向かった人々がいる。彼らこそ、実は失われたイスラエル10支族の本隊である。『旧約聖書』の外典には、こんな記述がある。

 

「彼らは、多くの異邦の民を離れて、人がまだ誰住んだことがないほかの地方に行こうと決心した。彼らはそれまで住んでいた地方では守ることのできなかった掟を、そこで守りたかったのである。彼らはユーフラテス川の狭い支流を通って入って行った。その時、いと高き方は彼らにしるしを行い、彼らが渡るまで、川のせきを止められた。その地方を通りすぎる道のりは長く、1年半に及んだ。その地方はアルザルと呼ばれている」(エズラ紀(ラテン語))第134145説)

 

・失われた10支族は、ユーフラテス河を遡行した。方角でいえば北である。北に向かって1年半、歩いた。真っ直ぐ行けば、行き着くのは北極である。極寒の北極圏にいたって、彼らは約束の地「アルザル」を見出した。そこで失われたイスラエル10支族は、神の教えを守り、大いに繁栄しているという。これに対応するかのように、『旧約聖書』には失われたイスラエル10支族に関する、こんな預言がある。

 

「見よ、わたしは彼らを北の国から連れ戻し地の果てから呼び集める」(「エレミヤ書」第308節)

 

何か変だと思わないだろうか。アルザルの記述は、まるでシャンバラのようである。理想郷であるといい、地上のどこにもない点といい、入り口は北の果てであるという話まで、シャンバラそっくり。いや、文字通りシャンバラなのだ。はっきり断言しよう。アルザルとは、まさにシャンバラのことなのだ。

 

 失われたイスラエル10支族の本隊は現在、シャンバラに住んでいる。同じ失われたイスラエル10支族の血を引く釈迦は、その事実を知っていた。北の果てに楽園への入り口があり、失われたイスラエル10支族は、そこからシャンバラに入った。釈迦はすべてを見通していたからこそ、弟子に語り、その言葉は最終経典として残された。

 

<地球内天体アルザル>

・シャンバラは神秘主義者によって、しばしば地球空洞論と結びつけられてきた。地球の内部は伽藍堂のようになっており、内側には地上と同じような環境が広がっており、そこには人が住んでいる。彼らは理想社会を実現しており、ときどき地上に現れて人類を教化、指導しているという。

 

・では、シャンバラはどういう形で存在するのか。これを現行科学で理解するには少しむずかしい。まだ一般に認められていない現象を前提とするからだ。その未知なる現象とはプラズマ・トンネルである。

 プラズマとは気体、液体、固体に続く物質第4の状態で、原子を構成する電子と原子核がバラバラになった高エネルギー状態を意味する。プラズマの研究は現在、核融合をはじめさまざまな分野で進められているが、まだまだわからないことが多い。ちょっとした条件変化によって、プラズマが消滅したり、生物のような振舞いをしたりする。

 

<秘密組織フリーメーソン>

・詳細は既刊に譲るが、結果として、人類はノアの大洪水を生き延びることができた。箱舟がアララト山に漂着し、そこから出てきた4人の男、すなわちノアと3つ子の兄弟ヤフェト、セム、ハムは、ともに神聖なる預言の鍵を手にしていた。いわば預言者である。

 預言者の組織を「フリーメーソン」という。今日、世に知られる秘密結社としてのフリーメーソンは近代フリーメーソンである。1717年にイギリスで結成されたグランドロッジから派生した組織である。もっとも、アングラの偽フリーメーソンも多々ある。最近ではマフィアのフリーメーソンもあり、儀式や秘密の文言を共有し、それだけ見て判断する限り、承認されたフリーメーソンと見分けがつかない組織も多くある。

 

・だが、そうした近代フリーメーソンとは別に、本物のフリーメーソンがある。近代フリーメーソンが成立する以前にもフリーメーソンは存在したが、それとも違う。預言者の秘密組織としてのフリーメーソンが、実はこの地球上に存在する。主に密議宗教の祭司の組織という形で継承されており、それをたどっていくと必ずノアに行き着く。

 もちろん、ノアの先もあり、エノクを経て最後はアダムに遡る。人類最古のフリーメーソンとは、「アダムメーソン」である。エノクもまたアダムメーソンだ。

 ノアに至った段階で、アダムメーソンに大きな変革が起こる。「生命の樹」の象徴に応じて、預言者の奥義が3つの流れに分かれた。すなわち、ノアの3人の息子が独自のフリーメーソンを形成したのである。

 

ヤフェトからは主に白人、アーリア系民族、コーカソイドが、セムからは主に黄色人種とユダヤ、アラブ系、モンゴロイドが。ハムからは主に黒人が派生していく。とくに、セムメーソンはカッバーラの重要な鍵を継承した。

 そして、セムの子孫からはアブラハムが生まれ、ヘブライ人が誕生した。セムメーソンは「ヘブルメーソン」となって、『旧約聖書』の預言者を輩出することとなり、『新約聖書』の時代にあってはバプテスマのヨハネはもちろん、イエス・キリストや12使徒らがカッバーラを継承し、今日に至っている。

 

古代エジプトのカッバーラと三大ピラミッド

・冥界の王オシリスは、姿を現さない至高の神エル・エルヨーンであり、慈悲の母神イシスは救世主、イエス・キリストを示し、隼の頭をもつホルスは、鳩という鳥の象徴で示される精霊ハールとなる。これを念頭に三大ピラミッドの神殿を対応させる、こうなる。

 

第一ピラミッド:慈悲の柱:御子:ヤハウェ=イエス・キリスト:イシス

 

第二ピラミッド:均衡の柱:御父:エル・エルヨーン=エロヒム:オシリス

 

第三ピラミッド:峻厳の柱:聖霊:コクマー=ルーハ:ホルス

 

おわかりのように、大ピラミッドはイシスの神殿となる。実際、大ピラミッドには「イシス神殿」が付随している。これは大ピラミッドそのものがイシスの神殿であるという認識が、古代エジプト人口にあった証拠なのだ。

 

 



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ひとりこの飛騨の牛蒡種(ごんぼだね)のみは、これらとはやや様子が違って、直ちに人間が人間に憑くと信ぜられているのである。(3)

 

『完全アセンション(次元移動・昇天)・マニュアル』 (上・下)

(ジョシュア・D・ストーン博士)(ナチュラル・スピリット)2000/11/11

 

 

 

地上に存在するエーテル体のアセンション(次元移動・昇天)したマスター

<アセンション(次元移動・昇天)>

・ 「まずヴァイワマスからの情報によれば、地上で肉体をもつアセンション(次元移動・昇天)したマスターは800人おり、うち約20~30%が女性の、約70%が男性の肉体を有しているという。さらにヴァイワマスは、地上に存在するエーテル体のアセンション(次元移動・昇天)したマスターに至っては、総勢1800人から2500人を数えると述べている。その多くは、アシュター司令部のメンバーである」

 

・ 「我々の銀河における異星人文明で、何累代も前から地球を訪れているものには、即座に思いつくだけでも、琴座星(リラ)系、ヴェガ星系、アルクトゥールス、シリウス、オリオン、プレアデス、そして言うまでもなくアシュター司令部がある。さらに将来には、異星人文明との自由な交流がごく日常になる」

 

 <第7イニシエーション>

・第7イニシエーションは、地球での生が関わる七界層の現象的生の支配から自由になることである。これは実際には宇宙レベルの物質界から、その上に引き上げられることであり、神的すなわちロゴス的意識界層との融合をいう。当のマスターの意志は、惑星ロゴスのそれと完全なる融合をみる。そして、神の息子ないし娘はみずからの源である父へと続く通路を見出すのであるが、このときの状態を「シャンバラ」という。マスターは息づく光の集中点となり、シャンバラの議事堂への出入りが許され、その視界は太陽系の「越えられざる環」をも透徹することができる。

 

 <高次の進化へと続く七つの道>

・ 我々は、アセンションの時点で、高次の進化へと続く七つの道から、どれか一つを選ぶことになる。我々の選択肢となる七つの道は、以下の通りである。

 

 1、地球での奉仕の道

 2、磁気に取り組む道

 3、惑星ロゴスとなるための修練の道

 4、シリウスへの道

 5、光線の道

 6、ロゴス自身が在る道

 7、絶対的な神の子の道

 

・人類の大半はシリウスへの道を選択するが、それはシリウスが、その一部にシャンバラを含む大学だからである。そこは訓練の場としての役割を持ち、宇宙レベルの進化における後々の時間に<人格>はそこからより高度な道へと移ることができる。

 

・私自身はシリウスへの道を選択しており、後にシリウスでの基礎訓練を終えた時点で、できれば絶対的な神の子の道へ移行したいと考えている。私は、シリウスに行く前に、今後約20年は地球に留まり、ジュワル・クールのアシュラムで働くと告げられている。私は、たいてい毎晩、睡眠中に魂体でシリウスを訪れている。

 

<都市>

・中位および上位アストラル界の都市は、車やその他の交通網もなければ、産業や汚染も存在しないため、地上界の都市よりもはるかに美しい。都市建築は車輪のように、たいがい中心から放射状に外に向けて広がるように計画されている。そうした都市の中心には、全ての信仰の聖堂である「七天球の寺院」が置かれている。

 

・そうした都市には、高次の次元からマスターたちも訪れる。芸術活動に捧げられた建物や学びのための集会場もある。高い次元に進めば進むほど、都市やその周辺部も美しさを増す。近郊に建つ家並みも最終的には筆舌に尽くし難いほど見事な見晴らしを呈する美しい邸宅街にある。そうした高次の意識階層にある魂の延長が抱く目標は、物的達成ではなく、霊的達成である。

 

 <下位アストラル界での生活>

・煉獄と地獄の上位には、ある種どっちつかずの領域とも言える一帯があり、実際そこは地上界に重なるようにして存在する。ここにいるのは自分たちにとって心の安らぐ場所を地球の近くに見出した善人たちである。そこはアストラル界に属する領域ではあるが、地上の生活がそのまま行われているというアストラル版地球といったところである。あまりに地球の生活とそっくりなので、しばしば自分が地上界を去っていることさえ自覚するのが難しいこともある。そんな<魂の延長>も、あるところまで来ると、今より好状況に憧れるようになるのである。

 

 <電気生命体との戦争>

・プレ・レムリア時代は、地球が他の惑星から来た「電気生命体」の集団に侵略戦争が仕掛けられた時代でもあった。地球人類は自己防衛を試み500年も続いたこの戦争において、最終的に勝利を収めている。その電気的存在にしても、芯からの悪者ではなく、移住のための新天地を求める科学者集団にすぎず、彼らは、実に気の遠くなるような距離を旅してやって来たのである。

 

<地上生と死後生とを比較>

・「さて、死後生が地上生とそれほど違わないということは、理解してしかるべきだろう。アストラル界、メンタル界、そしてそれらより高次の諸階層でも、地上と同じような都市、海岸、山々、住居、道路、演奏会場、図書館、社交場、クラブ、教会、寺院などを有する生活があまねく繰り広げられているのである。

 

・ 多くの“魂の延長”が、死とそれにともなう移行を迎えた後にも、死んでいることに気づかないことさえあるのだ。彼らは生前の肉体とそっくりのアストラル界をまとっている。死後生に特有な点といえば、アストラル体がマインド(心識)に従って動くということである。海岸に行きたいときには、ただ『海岸』を念じるだけで、当人はすでにその場所にいることになる。旅をするのにも車や電車や飛行機を使う必要はない。

 

・そういう状態で死後へ移行した“魂の延長”の場合、往々にしてあとに残してきた家族に思いを馳せるため、たちまちその家族のもとに現れることになる。しかし、自分が異なる次元にいることや、そのため家族には自分の姿が見えたり声が聞こえたりしないことは、まだ自覚していない。「自分が死んだことがわからない人」にとっては、このことが大きな困惑を引き起こす。

 

<アストラル界とメンタル界の住居>

・「アストラル界」では、魂の延長、全員に住まいが与えられる。このプロセスの素晴らしいところは、住居が住人の性質を反映したものになるという点である。霊性に乏しい人は、その性質をそのまま反映した家なり環境なりに住まうことになる。

 住居は、“魂の延長”が獲得するに至った霊的性質から何らかの神秘的方法で創られる。進化すれば、したぶんだけ家や環境が美しさを増す。優しさから生まれる行為、愛、周囲への奉仕活動などは、そうした作為の念が即座に当事者の環境や住居の何かしらの向上という形で具現化する。

 

・霊的世界にある家は、時間の影響を受けることがないため、腐食や瓦解の心配がない。そして、住人が必要とする間、家は、永遠に存在する。住人がそこを去り、もはや住処としての目的がなくなると家は姿を消すのである。“内にあるがごとく、外にかくあり。上にあるがごとく、下にかくあり”という概念の働きを、ここアストラル界では、如実に目にすることができる。

 

・既述の家に関するプロセスは、アストラル界での人々の服装についても同様である。アストラル界でも人は、衣服をまとっているが、その服装に関しては、地球で着ていたものであれ、アストラル界の町や地域に似つかわしいものであれ、好きに選ぶことができる」。

 

ジョシュア・D・ストーン博士は、たいてい毎晩、睡眠中に魂体でシリウスに行っている

<アセンションの座>

 1、 宇宙の核にあるメルキゼデクの黄金の室の「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 2、 銀河レベルにあるレンデュースのアシュラムの「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 3、 銀河の核にあるメルキオールのアシュラムの「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 4、 太陽の核にあるヘリオスの室の「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 5、 サナート・クマラにの原郷であるシャンバラの「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 6、 「光の統合室」と呼ばれるアルクトゥールス人の宇宙船にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 7、 「原子加速器」と呼ばれるワイオミング州のテーブル・マウンテンにある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 8、 ギザの大ピラミッド内部の王の間にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 9、 シャスタ山にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 10、 シャスタ山の地下1.6キロのところにある地下都市テロスの「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 11、 アシュター司令部の宇宙船にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 12、 アフリカにある地下に格納された異星人の宇宙船にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 13、 地球内部の空間の中心にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 14、 ルクソールにあるセラピス・ベイのアセンション(次元移動・昇天)静修地の「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 

 

 

『この本に真実は何もない しかし、それがまさに現実なのである』

ボブ・フリゼール  ナチュラルスピリット    2000/4

 

 

 

<時空を超えたドランヴァロの軌跡>

・ドランヴァロ・メルキゼデクとはいったい何者なのでしょうか。それについて述べる前に、まずはドランヴァロの5代前にあたるマキアヴィンダ・メルキゼデクについてお話ししましょう。マキアヴィンダは銀河中枢機構より地球での任務を受け、人類創造の瞬間からすでに地球上にいた存在です。

 

・「大いなる白色同胞団」と、あらゆる手法においてそれに対立するという、2つの「集合意識体」がありますが、便宜上、ここでは後者を「大いなる闇の同胞団」と呼ぶことにしましょう。マキアヴィンダの属する

 大いなる白色同胞団が人類の進化を促す支援を惜しまない一方で、大いなる闇の同胞団は、人類に怖れを植えつけ進化を遅らせるためならば、いかなる手段も厭わない立場を取っていました。

 

・我々の進化が、早すぎず遅すぎず、最も適切な時に起きるのは、それら2つの同胞団の力が相互にバランスを取り合っていたためであり、4次元以上の高次レベルから見た場合、これが意識の統合した在り方となります。この2つの同胞団というのは、調和裡に働く「一なるもの」の異なる2つの側面にすぎません。私たちは2元性を有する意識のただ中にあるため、善悪というものの見方をします。悪とは、はなはだしく無慈悲で嫌悪をもよおす物事を指しますが、それらは単なる学びの課題なのです。

 

1972年に起きた驚くべき出来事が原因で、大いなる闇の同胞団は、オリオン星系から新たに4人のメンバーを迎え入れました。彼らにはこれから先、何が起きるのかがわかっていたからです。一方で大いなる白色同胞団も、その対抗措置として自分たちの仲間を4人呼び寄せました。ドランヴァロはそのうちの1人です。彼が選ばれた理由は、13次元の領域におけるメルキゼデク聖師団での長期にわたる経験が評価されたためでした。彼はほぼその集団の結成時から、地球の歳月にして百億年間そこに留まっていたのです。彼には2元性を認識する意識がほとんどなかったので、その2元性に対する無垢を買われて地球に遣わされたのでした。

 

・ドランヴァロは「ウォーク・イン」と呼ばれる方法で地球に来ています。その準備が整うまで、彼の現在の肉体には別の存在が入っていました。その人物は、後々ドランヴァロが必要とするであろう一定の訓練や教育を前もって受けていました。それらのことも含めて、すべては合意があって初めて成立するのです。双方の合意なくして他者の肉体へ入るという行為は、いかなる理由があったとしても最高次元レベルにおける宇宙の法の道に外れます。ドランヴァロに譲り渡すべく肉体を離れた人物は、非常に特別な何かを受け取っているとのことですが、ドランヴァロはそれ以上は言及していません。

 

13次元から3次元に到着するまでの、数々の次元レベルでの体験を、ドランヴァロはどんな瞬間もほば完璧に思い出すことができます。ただし、13次元での記憶はあえて思い出さないようにしています。現時点において13次元での生活の記憶を保つのは、あまりに耐え難いことだからです。13次元という世界を完全に記憶していながら3次元で生きる術はありません。しかし彼は、もともとは13次元にいた存在だったこと、そして3次元に来ることを父なる存在から依頼されたことや、「大いなる虚空」の中を進むための移動パターンを授かったことは思い出せます。彼は長い時間をかけて、「大いなる虚空」をその移動パターンに沿って進み、この次元へやってきました。どれだけの地球時間に匹敵するのかは本人にもわかりませんが、かなりの時間であることは確かです。おそらく数百万年という歳月を要したでしょう。

 

・ドランヴァロは再び光を目にするまで進み続け、光が見えたその時その場所で、マキアヴィンダに迎えられました。それから、星雲の中心に位置し、異次元レベルへと続く主要スターゲートの一つでもある、オリオン・ベルトの真ん中の星を通過しました。我々の銀河には13の主要スターゲートがありますが、なかでもこのオリオン・ベルトの中星は、大いなる光と闇が非常に密接に関わりながら作用し合っている特別なスターゲートなのです。グレイの多くは銀河のちょうどこの辺りから出現しています。

 

・オリオン・ベルトを通り過ぎた後、ドランヴァロはプレアデス星系へと向かいました。目的地は4次元意識レベルにある、緑の環境を有した類いまれな惑星です。そこでの彼は形をまとわず、完全に目覚めた状態にあり、光の球体そのものとして存在しました。そして胎児の肉体に入り、地球時間でいう約15年の歳月をかけて生育しました。プレアデスは銀河の大学を内包していることを彼はやがて知りました。ここの人々は4次元の高位の倍音域に棲み、学びはすべて喜びと楽しみを通して行われます。あらゆる教育の手段として「遊び」が導入されていたのです。

 

・プレアデスで必要な知識のすべてを学び終えたドランヴァロは、次にシリウスBから3番目にある星へ飛びました。その惑星はほぼ全域を海でおおわれていました。シリウス人も4次元に暮らしていますが、プレアデス人よりも低い倍音域のため、同じ程度の喜びや楽しみを体験することはできません。間もなくすれば、シリウス人もそのレベルに達するでしょう。

 

・ドランヴァロは350名の乗組員と共に、すでに設定ずみの地球までの飛行パターンをたずさえて、宇宙船に乗り込みました。この飛行パターンは、シリウスBからシリウスAの中核を貫通して進むというものでした。星と同じ振動周波数に同調することで、熱さを「熱い」と感じることなく通過できるのです。そして90秒後には、太陽を通って地球に出現します。このようなことが可能なのは、私たちとシリウスが密接につながっているからに他なりません。ドランヴァロと乗組員たちはこうした操縦を展開して、金星の軌道域に到達しました。そこには太陽系で最も進化した存在、「ハトホル」と呼ばれる人種がいます。

 

・激しい硫酸雨に見舞われるなどの現実レベルでの金星の冒険を終え、ドランヴァロら一行は地球を通過し、我々の次元レベルよりも一倍音高い領域に入りました。よって私たちの目には彼らが見えません。

 ドランヴァロはシリウス人の体から脱すると、燃え立つような光の球体へと変容を遂げましたが、これも彼にとっては意識上の変化にすぎませんでした。その後に控えていた、本物の二元性を有する意識への衝撃的な参入に比べれば、すこぶる簡単なことだったのです。

 

・彼は地球の4次元レベルまで移行し、レベルを上昇させながら生き物の痕跡を探しましたが、4次元には何も見つけることができず、5次元は完全なる虚空状態でした。そして6次元の1012番目までの倍音域へ上昇したところで、ようやくマスターたちに出会うことができたのです。ドランヴァロは1819年から1850年までの間、そのマスターたちと共に生き、彼らから学びました。

 

1850年、ドランヴァロはニューメキシコ州に暮らすタオス族の女性として地上に誕生しました。そして40年間その女性として生きた後、1890年に覚醒した状態でその肉体を離れています。その時、彼はただ故意に息を止めただけで移行が実現したのです。彼は再び6次元へと戻り、今度は1972年までそこに留まりました。

 

1972410日、ドランヴァロは現在の肉体にウォーク・インしました。すべては一呼吸の間に完了しました。入れ替わりに肉体を離れた存在は、息を吐きながらそこを去り、ドランヴァロがそれに続く吸気で

 入ったのです。ウォーク・インの方法とはただそれだけの、純粋な宇宙の法に基づくものです。二人の霊はこの決行以前に78年をかけて話し合い、このことに関してすべての意識レベルからきちんと許可を得ていたのです。

 

・ドランヴァロは決して自分が特別な存在だと言いたいがために、こうした話をするのではありません。真意はむしろ正反対で、あなたがその話を聞くことにより、自分がいかに特別な存在であるかを思い出してほしいのです。なぜなら、あなた自身もまた、特別な任務を授かって地球に来ている高次元からの存在であるという可能性がないとは言えないからです。その任務遂行のためには、できるだけ人間になりきる必要があるのかもしれません。つまりそれは眠りに入って記憶を失うことであり、しかるべき時が来れば、己の真の資質が明らかにされるということです。最初に述べた人間になりきる部分に関しては、あなたは完璧にやり遂げています。

そして今や第二段階へと踏み込む時が来ているのです。

 ドランヴァロは記憶をしっかり維持しているという点で、我々と異なっています。彼が地球へ来たのは、人類に目覚めを呼びかける触媒としての役目を果たすためなのです。

 

 

 

 『エメラルド・タブレット』

(M・ドウリル)(竜王文庫)   2005/10<